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第26話 第五回戦・3

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「なあ。この壁壊せないか?」
 
「ふん!!……無理だな」
 
 馬鬼の拳は、壁の硬さによって阻まれた。
 壁はびくともせず、悠然と立ったままだ。
 
「だよな」
 
 京平が想像していた通りの結果だ。
 万が一にも壁を破壊できればショートカットができたかもしれないが、現実はそう甘くない。
 京平は、後ろをついて来ていた高校生三人の方を見る。
 現状では、京平と異なるルートを通って来ただろう三人の行動が、巨大迷宮の形を想像する唯一の手掛かりだ。
 
「貴方たちは、どんな風にここまで来たんですか?」
 
「ど、どんなふうに?」
 
「一回目の分岐を左右どっちに曲がって、二回目の分岐を左右どっちに曲がって、何回目の分岐で西洋甲冑の集団に出くわしたかって意味です」
 
「ああ、それなら」
 
 三人の高校生の辿ったルートは、京平とほぼ同じ。
 右。
 左。
 右。
 左。
 右。
 左。
 右。
 左。
 
 左。
 右。
 
「そうか……」
 
 京平は、ほんの少しだけ、巨大迷宮の通路がどこかで合流していることを期待していた。
 最初に左に曲がった人間と、最初に右に曲がった人間が、どこかで合流できる奇跡を期待していた。
 一回目の分岐点で左に曲がらずとも、どこかの分岐同士が繋がっていて、左に曲がった時のルートに合流できる可能性を。
 しかし、その可能性を手に入れることはできなかった。
 行き止まりの最奥地点で、京平は見えない未来に絶望を感じて佇んだ。
 
 
 
 
 
 
「あれ? ちょっと、行き止まりじゃないのよ!」
 
「だから言ったでしょう? 奈々の勘だと、こっちじゃないって」
 
「あーもう! 裏切り? じゃあ、誰のせいよ!? 馬鬼? 葉助? それとも東京のやつ?」
 
 そんな絶望の中、ふと耳に入った聞き覚えのある声に、京平は走った。
 
「そうか、そうだな。ここに来るのは、俺と馬鬼以外にもいる可能性があったな……!」
 
 京平が走って向かった先には、四人の代表者が立っていた。
 茨城県代表の城玖。
 栃木県代表の木野子。
 埼玉県代表の玉緒。
 神奈川県代表の奈々。
 巨大迷宮のスタート地点が同じであれば、代表者は全員、同じルートを通って同じ場所へたどり着くはずである。
 
「おいおい、突然走り出してどこへ……お?」
 
 馬鬼が追い付き、代表者六人が勢ぞろいした。
 
 木野子は、合流した京平と馬鬼を見て、頭をかきながらため息を零す。
 
「あー。これで犯人分かっちゃったね。葉助のやつが、このゲームのルールを決めた裏切者ね。……次会ったらぶん殴る」
 
「次、会えたらいいですね」
 
 木野子の愚痴を、城玖が冷静に受け止める。
 このまま脱出できなければ、六人は死に、葉助と会える機会はないのだから。
 
「え、えーっと、皆さん、何の話を……?」
 
 険悪な雰囲気の中、代表者でなく事情を知らない三人が、恐る恐る尋ねる。
 瞬間、四人の目つきが鋭くなる。
 
「ねえ、なんで部外者がここにいるの?」
 
「今の話、聞かれましたかね?」
 
「聞かれたね」
 
 木野子は、刀を持っている馬鬼をじっと見る。
 
「馬鬼、その三人ヤッて。ルール違反になっちゃう」
 
「あいよ」
 
 馬鬼は、木野子の言葉に従って、ためらいなく三人の高校生の首を跳ね飛ばした。
 
「!?」
 
 驚くのは京平ばかりだったが、周囲の五人のあまりに冷静な様子に、京平も冷静になる。
 そして、自分を落ち着かせる。
 自分も大量に人間を殺した人間であり、三人の死に動揺するのは今更である、と。
 
「ああ、よかった。この程度で動揺するなら、どうしようかと思っちゃった」
 
 表情をころころ変えた京平を、木野子は安心した様子で評価した。
 漂う血の香りなど気にも留めず、六人は円を作って向かい合う。
 
「さて、どうしますかね? 時間もあまりありません」
 
 城玖が瓶底眼鏡をくいっとあげながら言う。
 事情の説明は必要ない。
 馬鬼を除く全員は、現状を正確に理解できている。
 
「あー! うちは死にたくないんだよ! 誰か、うちの代わりにいいアイデア思いついてくれ!」
 
 木野子が両手でガシガシ自分の頭を掻きむしる。
 
「どうにもなりそうにないですね。私が葉助さんなら、今から正解のルートを一直線で駆け抜けても間に合わないように、巨大迷宮を設計します」
 
 玉緒が諦めの混じった表情で言う。
 
「だから、正解のルートは奈々ならわかります。その代わり、奈々は足が遅いので誰か負ぶってください」
 
 奈々が不満げに言う。
 
 奈々の言葉は、この場において信用に値しない。
 なぜなら、巨大迷路の正解のルートは巨大迷宮の設計者である葉助しかわかるはずもなく、代表者というだけの奈々がわかる理由を誰も思いつかないからだ。
 本来であれば。
 
「奈々……さん? 正解のルートが分かるって言ってるのは、どうして?」
 
 が、京平は先程、馬鬼の戦闘力を見た。
 特殊能力とも言えるほど、人知を超えた力を。
 それゆえ、奈々の言葉も冗談として流すことができなかった。
 
「おお! ようやく話が分かりそうな人が!」
 
 奈々は目を輝かせ、京平の元へちょこちょこ歩く。
 百二十九センチメートルというという低身長を命一杯伸ばし、両手を京平の方へと伸ばす。
 
「教えるから負ぶってください! 奈々の足はもう限界です!」
 
 京平は一瞬、青澄の顔が脳裏によぎる。
 自分の体に恋人以外の女性を預けていいのだろうかという罪悪感が。
 しかし、奈々の話を聞くためと割り切って、しぶしぶ奈々を受け入れた。
 奈々は京平の背中の上で、満足そうな表情を浮かべる。
 四人の視線が、一斉に京平と奈々に向く。
 
「奈々はね、ラッキーガールなんです!」
 
 視線を浴びた奈々は、自信満々にそう言った。
 
「ラッキーガール?」
 
「そうです! 奈々は生まれてこの方、選択問題を外したことがありません! 宝くじも百発百中、六億円もの大金を得た大富豪なのです!」
 
「宝くじが百発百中なら、なんで六億円しか持ってないのよ?」
 
「二連続当てた時、運営さんから遠慮してくださいって泣かれました!」
 
「あっそう」
 
 奈々の自信の根拠はわかったうえで、五人の表情は半信半疑。
 
「では、ちょっと試してみますか」
 
 とはいえ、半信は、奈々に機会を与える。
 城玖がコインを一枚取り出して、背中で奈々に見えない状態で握りこみ、握った左右の手を突き出した。
 
「奈々さんから見て、どちらにコインは入ってますか?」
 
「右!」
 
 結果は、正解。
 城玖は再び両手を背中に隠し、コインを握りこむ。
 
「次は?」
 
「また右!」
 
「これは?」
 
「今度は左!」
 
「どうでしょう?」
 
「んー? 右でも左でもなさそうなので、両方空か、両方ともコインが入ってるかのどちらかですね」
 
「……正解です。これは、信じてもいいのかもな」
 
 両手を開き、空っぽの両手を見せながら、城玖は言う。
 目の前で見せられた奈々の能力に、五人は驚き、しかし感情は一致した。
 
「信じるぞ?」
 
「当然です! 奈々だって、死にたくはないですからね」
 
 奈々を担いだ京平を先頭に、六人は走り始めた。
 
「どの分岐まで戻ればいい?」
 
「最初。あの時点から、違和感は感じてたので」
 
 京平の確認に、奈々は平然と答える。
 戻るまでに五十分。
 そこから、一回目の分岐を左へ曲がり、最奥まで五十分。
 奈々の能力で一本も道を間違えることなく最奥に辿り着くと仮定しても、余裕はニ十分しかない。
 
 空に浮かぶ雲は、丁度『2:00:00』を指していた。
 
 
 
「一時間が経過しました。巨大迷宮にミノタウロスが放たれます。皆さん、気を付けてください」
 
 
 
 同時に、ゲームの難易度アップの知らせが響いた。
 
「葉助、殴る。三発、殴る」
 
 木野子が拳を力強く握ると同時に、六人の視界に登場したばかりにミノタウロスが映る。
 牛の顔に、筋骨隆々な人間の体。
 藁で編んだ短パンだけを着用し、手に持った斧を振り回している。
 
「ブモオオオオ!!」
 
 六人を見つけると、ミノタウロスは六人に向かって突進してきた。
 
「ちょ、やばっ!?」
 
「馬鬼、倒せる?」
 
 焦る木野子とは対照的に、京平は冷静に馬鬼へ尋ねた。
 
「任せろ」
 
 京平は走る速度を落とし、馬鬼は逆に上げた。
 京平を抜かし、馬鬼が先頭へと踊りだす。
 
「ブモオオオ!!」
 
 斧を振り上げるミノタウルスの懐に、馬鬼は容易にもぐりこんだ。
 
「遅い!!」
 
 そして、首下から一発。
 脳を揺らして、ミノタウルスの思考力と行動力をそぐ。
 緩んだ拳から斧を無理やり抜きとって、馬鬼はミノタウロスの脳天に斧を叩き込んだ。
 
「ブモ……!?」
 
 血が噴き出し、体がぐらつくミノタウロスを、馬鬼は右から殴り飛ばす。
 ミノタウロスは横の壁へとぶつかり、そのまま壁伝いにずるずると崩れ落ち、ピクリとも動かなくなった。
 
「つっよ……。やっぱ、代表者に選ばれるやつって普通じゃないわ。うち以外」
 
 六人は、巨大迷宮を駆け抜ける。
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