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第23話 相談

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「この提案、乗るかい?」
 
 葉助が京平に問うと、京平は他の代表者を見た。
 
「うちは乗ったよ。ここにいる全員が生き残れるルールって条件付きだけどねー。うちは、死にたくないの」
 
 栃木県代表の木野子が手をひらひらとさせながら言う。
 
「ぼくも乗りました。常識的に考えて、それが一番勝率が高いので」
 
 茨城県代表の城玖が、眼鏡をくいっとあげる。
 
「俺もだ。頭を使うゲームにでもなっては敵わん」
 
 群馬県代表の馬鬼が、頭をガリガリと掻く。
 
「私も乗りました。大切なのは勝つことです」
 
 埼玉県代表の玉緒が、静かに言う。
 
「奈々も乗りました。いずれにせよ、奈々は勝つので」
 
 神奈川県代表の奈々が、明後日の方向を見ながら言う。
 
 
 
 全員の意見が出そろったところで、葉助が改めて京平に問う。
 
「どうだい?」
 
「乗る」
 
 京平は即答した。
 ルールに干渉できるとできないでは、ゲームの勝率はまるで違う。
 ここで京平が単独行動をすると、ルールを思い通りにできる確率は七分の一に落ちる。
 であれば、協力したほうが良いとの判断だ。
 
「そうか、良かった。実は先週、既にルールも決めているんだ。京平君にも声をかけたんだけど、気づいてくれなくてね」
 
 先週の京平は、萌音を失ったことで茫然自失していた。
 ふと、神以外の誰かに声をかけられたことを思い出すが、ぼんやりとした人型が浮かぶのみで、顔も見えない。
 
「では、共通のルールを説明する。巨大迷路だ」
 
「巨大迷路?」
 
「そう、巨大迷路。道を間違えれば死のリスクがある、恐ろしい迷路だ」
 
 葉助の言葉に、京平は首を傾げた。
 京平が把握する限りの七人の要望を合わせると、全員が生き残ることができ、かつ頭を使わないゲームだ。
 一般的な巨大迷路は、当たりの道とはずれの道を頭の中で記憶しつつ道をしらみつぶしに進んでいく、あるいは巨大迷路の中にある謎を解くことでヒントを得る、といった体力、記憶力、思考力の勝負だ。
 京平の中で、七人の要望と結びつかなかった。
 仮に巨大迷路の地図を代表者だけが持つとしても、地図を持っているのがバレれば終わり。
 難易度は高い。
 同時に、頭を使うゲームを拒否している馬鬼も乗っている以上、容易に攻略するためのからくりがあるのだろうとも考えた。
 
 葉助には京平の考えていることがわかったようで、言葉を補足する。
 
 「そして巨大迷路のポイントは、分かれ道は右と左の二択のみ、かつスタート地点から右、左、右、左、の順に進めばゴール地点へたどり着けると言うことだ」
 
「なるほど」
 
 葉助の説明は、京平を十分に納得させるものであった。
 葉助の示した攻略法を達するために必要なことは、最初の分かれ道を右に曲がるか左に曲がるか、覚えておけばいいだけ。
 高度な記憶力も思考力もいらない。
 
 となれば、京平が気になるのは一つ。
 万が一、間違った道に行った時、どうなるか。
 
「もしも」
 
「集合」
 
 が、唐突に現れた神によって、言葉は遮られた。
 
「ん? なんでお前ら固まってんの?」
 
 神は親指と人差し指で、落ちているごみでも拾い上げるように指を動かした。
 瞬間、全代表者が消え、四十七人の神の前にそれぞれ瞬間移動した。
 
「お、目が生き返ったな?」
 
 京平の前で横になる神は、興味がなさそうに言った。
 
「おかげさまでな」
 
「?」
 
 神には、京平の言葉の意図はわからない。
 わからないし、興味もない。
 欠伸を一つし、足で京平を指す。
 
「あー、なんとなく気づいてると思うが、第五回戦は地方対抗。お前のとこは、関東地方の七人がぶつかることになる。で、だ。七人全員のルールを使うことはできないから、代表の一人のルールを採用することにする。お前のじゃない」
 
 京平にとっては想像通りの展開。
 驚きはしない。
 が、確認だけはしておきたい。
 
「ちなみに、誰のルールを採」
 
「じゃ、お疲れ」
 
 
 
 神と話す時間は、実に十五秒。
 京平は、自宅のベッドの上に送り返された。
 
「……あの野郎!」
 
 そして、一人で最悪の事態を考え始めた。
 
 つまり、神へルールを伝える誰かもわからぬ代表者が、万一にも裏切り、七人で合意したルール以外のルールを設定する可能性を。
 茨木城玖。
 栃平木野子。
 群地馬鬼。
 埼園寺玉緒。
 千原葉助。
 神村奈々。
 六人の誰一人、京平は人間性を知らない。
 僅かな時間だけ接した程度では、嘘をつくのが得意な人間か否かはわからない。
 
「一番確実なのは、単独行動をするやつがいないか見張ることだが、数が多いと見つけ出すのが難しそうだ」
 
 とはいえ、判断基準は明確だ。
 右、左、の順に巨大迷宮を進もうとしない代表者がいれば、裏切り者だ。
 難しいのは手段。
 右、左、の順に巨大迷宮を進もうとしない代表者を、見つけ出す手段が最も難しい。
 
 名を叫んだところで、聞こえるとは限らない。
 初対面のはずの相手の名を呼べば、周囲から不審がられる。
 偶然全員顔見知りという言い訳ができなくはないが、その相手がそれぞれ別の都道府県出身という偶然があれば、疑いの目は必須。
 
「いっそ、相談をする体で全員の足を止めさせて……いや駄目だ。さすがに、止まる人数じゃないだろ」
 
 京平は確実を積み上げようと、必死に思考する。
 考えれば考えるほど、気分が悪くなり、第三回戦の光景がフラッシュバックする。
 ベッドを飛び降り、ゴミ箱を掴む。
 幸い吐き出す者はなかったが、ゲエゲエと乾いた空気が何度も出てくる。
 
「考えろ。考えろ。青澄を、殺すな」
 
 大人数が足を止める行動とは何か。
 不自然に思われない行動とは何か。
 京平なら、目の前で何が起きれば足を止めるか。
 
「……いや、叫べばいいんだ」
 
 辿り着いた結論は、自分の名前を叫ぶこと。
 
 京平がつい足を止める行動は、電車の中で、あるいは道端で突然叫び出す人間がいた時。
 反射的に声のする方向を見てしまうが、すぐに目を逸らす。
 極力、意識の外に出ようとする。
 つまり、京平が叫んだところで、積極的に京平のことを記憶に残そうとする人間はいない。
 スマホを持って撮影をする人間もいるが、ことデスゲームの会場でそんな余裕がある者はいないだろう。
 
 また、他の代表者の名前ではなく自分の名前を叫ぶことで、他の代表者との繋がりも隠すことができる。
 たまたま発狂している人間がいたから、たまたま心配で声をかけた、そんな人間の中に異なる都道府県の人間がいたところで、違和感は持たれにくい。
 万が一、京平に気づきながらも合流しようとしない代表者がいれば、そいつが裏切り者だ。
 
 当然、ゲーム開始時点で他の代表者には何一つ伝わっていないが、同じ代表者の京平が叫んでいれば察してくれるだろうとは、京平の都合のいい想像である。
 しかし、可能性は十分にある。
 
 この作戦、しいて失うものがあるとすれば京平のプライドくらいだろう。
 
 が、京平にはプライド以上に守る者が存在する。
 恐れることはなかった。
 一つを除いて。
 
「……青澄には、何も言わず見守ってもらおう」
 
 青澄にドン引きされることを除いて。
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