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第22話 日常

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 インターフォンが鳴る。
 しばらくして、京平の部屋の扉が叩かれた。
 
「誰か来た?」
 
「ええ。前に来てた女の子のお友達が」
 
「すぐ行く!」
 
 財布とモバイルバッテリーと折り畳み傘。
 必需品が詰め込まれた鞄を持って、京平は部屋を出た。
 トン、トン、トンと軽快なリズムで階段を降り、玄関へ一直線に向かう。
 
「青澄さん!」
 
「あ、京平君。おはよう」
 
 京平は、玄関に立つ青澄に笑顔を向けて、青澄もまた笑顔で返す。
 
「母さん、ちょっと出てくる!」
 
 二人で家を出て、二人で歩き始める。
 萌音の家には視線さえ向くことはない。
 二人の視界には、互いしか映らない。
 
 京平の手が、青澄の手に触れるか触れないかの位置まで動いて、元の場所に戻るを繰り返す。
 まるで振り子のように。
 つないでいいのか、いけないのか、距離を測る行ったり来たり。
 
 京平の手の動きに気づいた青澄は、手を少しだけ京平側に寄せる。
 さっきと同じ距離感で手を動かした京平の甲が、青澄の手の甲に触れる。
 
「あ」
 
「あ」
 
 第三回戦では、手錠によって千雪と触れていた京平の手の甲。
 今は、手錠もなしに青澄の手の甲と触れている。
 京平の手は一瞬離れ、その後ゆっくりと近づき、二人の手の甲がぴったりと引っ付いた。
 京平の手は、そのまま青澄の手の上を這うようにもぞもぞと動き、京平の掌と青澄の掌が触れる。
 指と指とが絡まって、手錠のようにがっちりと結びつく。
 
 互いに言葉を発しない。
 京平も青澄も、話すことが得意なわけではない。
 しかし今は、互いに言葉を発したくない。
 京平も青澄も、純粋に体温だけを味わっていたい気持ちだ。
 
 
 
 東京は、壊れていた。
 第四回戦東京鬼ごっこでは、走って逃げる者、電車に乗って逃げる者、タクシーを呼んで逃げる者、実に様々な方法を駆使して高校生たちは逃げた。
 結果、鬼も様々な方向へと動いた。
 渋谷の交差点から始まった鬼ごっこは東京全土へと広がり、東京全体を傷つけた。
 
 巻き込まれた大人の死亡。
 電車の故障による運休。
 清掃作業による道路の封鎖。
 都道府県単位で行われたデスゲームによって、各都道府県は混乱を極めていた。
 
 それでも、人は働く。
 店は開く。
 チェーン店は休業しているが、個人店は意外にも開いている。
 
 カランコロンとドアベルを鳴らし、京平と青澄の二人は喫茶店に入る。
 喫茶店の主人が趣味でやっている小さな喫茶店では、未だに喫煙可能席が残っており、扉を開くとともにニコチンの香りが二人の鼻を叩いてくる。
 
「二人?」
 
「二人です」
 
 とはいえ、血の匂いよりははるかにマシ。
 京平と青澄は席に案内され、コーヒーとケーキセットを注文する。
 店内はガラガラで、多くの都民が恐怖とトラウマで家に籠っていることが容易に想像できる。
 
「どうぞ」
 
 テーブルに、黒いコーヒーと手作り感あふれるショートケーキが置かれる。
 京平はコーヒーをブラックのまま飲もうとしたが、一口で諦め、ミルクと砂糖をつっこんだ。
 
「コーヒー、苦手?」
 
 青澄は、ブラックのままコーヒーを三分の一飲み、カチャリとカップを置く。
 
「……苦手」
 
 平然と飲む青澄に少し負けた気分になりながら、京平は言う。
 
「最初は、苦く感じるよね」
 
 くすくすと笑いながら、青澄は二口目を飲む。
 
 京平と青澄は、思い出話に花を咲かせる。
 高校一年生の頃の思い出に。
 思い出話の中に、萌音やデスゲームが始まった後のことは登場しない。
 綺麗な思い出の中に、二人で沈んでいく。
 
 喫茶店を出れば、町を歩く。
 デスゲームの主役である高校生というだけで好奇の視線にさらされるが、二人は周りなど見ない。
 そんな余裕はない。
 
「今日は、ありがとう。またね」
 
「うん、また」
 
 楽しい時間は、あっという間に終わる。
 青澄の家の前で口づけを交わし、二人は別れる。
 
 別れが惜しいという感情が、京平の中で強く渦巻く。
 もっと一緒にいたいという欲望が暴れる。
 
 叶えるためには、デスゲームをクリアするしかない。
 
 
 
 京平は、白い床の上。
 神は、まだ来ていないようだ。
 京平は、第四回戦では沈黙していたが、第五回戦ではきちんとルールを考えて来ていた。
 京平と青澄が、生き残るためのルールを。
 二度と同じ失敗は繰り返さないと心に決め、京平は神を待つ。
 
「おーい? もっしもーし?」
 
 そんな京平の緊張は、甲高い声によってゆるむ。
 
「え?」
 
「あー、今回は気づいてくれた! おはよう、東京代表?」
 
 甲高い声の正体は、栃木県代表だった。
 金髪のツインテールを揺らして、京平を見上げながら手を振る。
 陽キャのオーラを全身から出しており、百四十五センチメートルしかない低身長にもかかわらず、圧倒的な存在感が京平に二回りほど大きく見せた。
 キノコが先端に生えるチェーンのピアスを人差し指でちょいちょいと触り、ピアスを揺らす。
 
「えっと、誰?」
 
「木野子。栃平木野子(とちひらきのこ)よ? 第四回戦の前にも声かけたのに、ちっとも反応してくれないんだもん」
 
 京平は木野子の顔をまじまじと見つめる。
 
「……何? そんなにじっと見つめてきて? 告白? ごめんなさい」
 
「いや違う。やっぱり、見覚えがないなって思って」
 
「でしょうね。あんた、完全に死んでたもん」
 
 木野子は京平の手を掴んで、京平を引っ張っていく。
 
「ちょ、どこへ?」
 
「皆んとこ! もう、関東は全員揃ってるわよ!」
 
 木野子の引っ張っていった先には、五人の男女が立っていた。
 
 茨城県代表、茨木城玖(いばらききずく)。
 水色の短髪に瓶底眼鏡をかけた少年。
 
 群馬県代表、群地馬鬼(ぐんじばき)。
 黒髪短髪のくせ毛に、筋骨隆々の巨体を持つ少年。
 
 埼玉県代表、埼園寺玉緒(さいおんじたまお)。
 艶やかな黒髪ロングを持ち、上品な雰囲気を醸し出す少女。
 
 千葉県代表、千原葉助(ちはらようすけ)。
 金髪の上に黒髪を乗っけたようなインナーカラーの短髪で、自信満々の表情をしている少年。
 
 神奈川県代表、神村奈々(かみむらなな)。
 白髪の癖毛に寝ぐせも加わって髪が大暴走しており、ポケッとしている少女。
 
 京平と木野子を含め、関東地方のそれぞれの代表者が一か所に揃った。
 京平が辺りを見渡してみると、他の地方もそれぞれ、一か所に集まっている。
 単独行動をしていたのは自分だけだったのかと、京平はようやく気付いた。
 
「で、なんで俺は呼ばれたんだ?」
 
 とはいえ、単独行動を咎められる理由も思いつかず、京平は率直な疑問を口にする。
 それに対して木野子は、信じられないと言った表情をする。
 
「え、嘘、マジ? そんなこともわからないの? よく今まで生きてこれたね。それとも、混乱から覚めたばっかで頭回ってない?」
 
「まあまあ。俺から説明するよ」
 
 そんな木野子を制して、葉助が一歩前に出る。
 
「千葉県代表の、千原葉助だ。よろしく」
 
「東京都代表、東京平」
 
「うん、京平君だね。よろしく。さて本題だが、京平君は今まで第四回戦までのデスゲームを戦い抜いてきたと思うけど、回を重ねるごとに何か変わったことはなかったかい? 法則はなかったかい?」
 
「法則?……ああ、殺し合う場所の範囲が広がっていった」
 
「その通り!」
 
 第一回戦は、クラス単位。
 第二回戦は、学校単位。
 第三回戦は、市区町村単位。
 第四回戦は、都道府県単位。
 
「つまり次は、おそらく地方単位での対戦となる。すっとばかして日本単位って可能性もなくはないけどね」
 
「ああ、それでルールの変化に対応するため、事前に相談しようって話か」
 
「おお、頭が回り始めたようだね」
 
 京平は、ようやく関東地方の代表たちが集まった意味を理解した、
 第四回戦までは、東京都代表である京平がルールを決めていた。
 しかし、第五回戦は今までと違う、
 一つのゲームに、ルールを決めていた都道府県の代表者が複数人存在する。
 その場合、ルールは誰が決めるのか、今までのデスゲームからは読み取れない。
 可能性としては三つ。
 一つ目は、神が勝手に決める。
 二つ目は、代表者の誰かが決める。
 三つ目は、代表者の合議で決める。
 ただし、神が勝手に決めることは、ルールを決めるのに飽きた神の性格を考えてあり得ないだろうというのが全員の総意。
 一つ目である可能性は低い。
 
「そこで、関東地方では、事前にデスゲームのルールを決めておきたい。誰か一人が決めることになっても、全員で決めることになっても、同じルールになるようにね」
 
 葉助は、悪だくみをする子供のようにニヤッと笑った。
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