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第15話 心配

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「萌音、なんで言ってくれなかったんだよー」
 
「い、いやー。ほら、照れくさくって! 幼馴染だからこそ、言いにくいことってあるじゃん?」
 
「まー、わかるけどさー。で、いつから好きだったんだよ?」
 
「え? えーっとねー、えへへー。入学式の時、生徒会の書記として前に立ってるのを見て、一目惚れって言うかー」
 
 第二回戦から三日、京平の振る舞いはいつも通りだった。
 いつも通り幼馴染に会うために、いつも通り萌音の家を訪れ、いつも通り話をした。
 
「会長って、どんな人なんだ?」
 
「えー? えっとねー、真面目だけど優しい人だよー。えへー!」
 
 萌音の表情が緩む。
 京平がのろけ話を受け入れてくれると理解してからは、萌音の口は軽くなった。
 
「それでねー! 命を懸けてでも私を守るって言ってくれて……えへー!」
 
「さすが会長、かっこいいな! 会長に任せとけば、萌音のことも安心だ!」
 
「えへー! ありがとー! あ、もうこんな時間だ。ごめん京平、この後、はじ……会長とデートで」
 
「おう! 楽しんで来いよ!」
 
「うん!」
 
 京平と萌音は、同時に萌音の家を出る。
 まるで兄妹か夫婦のようだ。
 実状に近いのは、前者だろう。
 一との待ち合わせ場所に向おうと歩き始めた萌音が、ピタリと足を止めて、京平の方へ振り返る。
 
「あ、それと、次から会長と一緒に登校したくて……」
 
 今までずっと、京平と萌音の二人で登校してきた。
 だからこそ、萌音は申し訳なさそうな表情を作る。
 
「それは当然だろ! 俺のことは気にせず、楽しんでくれ!」
 
「うん! ありがとー!」
 
 萌音の感情は、一と会える嬉しさ半分、良い幼馴染を持ったという嬉しさ半分。
 萌音にとって、一は最も愛する相手で、京平は最も信頼できる相手だ。
 萌音は京平に手を振って、スキップ交じりに一との待ち合わせ場所に走った。
 今、萌音は幸せだ。
 殺伐としたデスゲームの渦中の中、愛する人と一緒に過ごせるのだから。
 
 
 
 自宅に戻った京平は、スマートフォンを手に取り、メッセージアプリを手に取る。
 
「なあ、生徒会長ってどんな人?」
 
「なんだ突然。いい人だよ。皆からの信頼も厚いしな」
 
「命を懸けて、誰かを助けるような?」
 
「……この状況で、命を懸けてなんて使うなよ。シャレになんねえんだから。でも、会長なら大切な人のために命の一つや二つ、懸けそうだな」
 
「へえ」
 
「いったいどうしたんだよ?」
 
「実は、萌音が会長と付き合い始めてな」
 
「マジで!?」
 
 
 
 インターフォンが鳴る。
 京平の、部屋の扉が叩かれた。
 
「何?」
 
「玄関に、京平のお友達が来てるんだけど。女の子の」
 
「女子の?」
 
 母親の言葉に、京平が真っ先に思いついたのは青澄だ。
 萌音が選択肢に存在しない以上、過去に来たことがあるという理由だけで想像した。
 
「女子って、白石さん?」
 
「白石さんって、先週来た子? 先週の子とは、違う子よ」
 
 が、即座に想像は否定された。
 いよいよ、京平には自宅に来た女子の想像ができなくなった。
 家間違いでないかとも疑ったが、京平のお友達と名指しされているため、それもない。
 
「わかった。今行く」
 
 会えばわかるだろうと、京平は外着用の服に急いで着替えて、玄関へ向かった。
 
「こんにちは。突然ごめんなさいね」
 
「副会長?」
 
「千雪よ。日生千雪。ちょっと話したいことがあって、お伺いさせてもらったの。家の場所は、西月さんに聞いたわ」
 
「また萌音か」
 
 青澄に続いて、千雪にまで。
 京平は、今度萌音に会った時は勝手に教えないように釘を刺そうと思いつつ、目の前の千雪をどうすべきかと悩む。
 話したいことがある、と言われれば、断る理由も思いつかなかった。
 
「家の中散らかってるんで、外でもいいですか?」
 
「もちろん。私が、勝手に来ちゃてるんだから」
 
「わかりました。母さーん、ちょっと出てくる」
 
 外で会話する提案は、自分の部屋でデスゲームに関連する何かを見つけられたら困るという打算もあるが、どちらかというと先週の青澄に散歩を提案されたことが大きい。
 会話と散歩のイメージが引っ付き、つい京平は口に出してしまった。
 とはいえ、京平も千雪には聞きたいことがあったため、選択としては悪くなかった。
 一のことを最もよく知るのは、千雪なのだから。
 
 家を出ていく京平を、母親は複雑そうな目で見ていた。
 四日後には死んでいるかもしれない息子と少しでも同じ空間にいたいというわがままと、儚く消えそうな残りの人生を息子の思い通りに過ごして欲しいと思う願望。
 
 
 
「西月さんのお家がお隣って聞いてるんだけど、ここがそうなの?」
 
「はい。ここが萌音の家です」
 
「東君は、ずっとここに住んでるの?」
 
「そうです」
 
「そうなんだ。私の家は電車で三駅ほど離れてるから、この辺りはあんまり歩かないのよね」
 
「毎日電車で通学してるんですか?」
 
「そう。朝は満員だから、とっても大変」
 
 青澄と違い、千雪と京平の間に、すらすら会話が現れる。
 千雪は生徒会副会長として、多くの教師や生徒と接してきており、場を繋ぐ会話などお手の物だ。
 京平がどこに千雪を連れて行こうとしているのかはわからないが、千雪にはたとえ一時間歩き続けても会話を途切れさせない自信があった。
 
 京平がやってきたのは、先週に引きずられての公園だ。
 京平は、無意識に前と同じベンチに座る。
 千雪も、京平の隣へと座る。
 
「素敵な公園ね。ここへはよく来るの?」
 
「まあ、たまに」
 
「そう」
 
 公園の様子は、以前と違って子供がいなかった。
 デスゲームのことは、とうに世間に知られ、外を歩いている子供はデスゲームに巻き込まれるだの、デスゲームに参加した高校生たちが自暴自棄になってナイフを振り回しているだの、様々な憶測が飛んだ。
 いや、後者については実在し、勾留所に入れられて登校できなかった結果、第二回戦不戦敗として死んだ。
 
「元気そうで、少し安心したわ」
 
「え?」
 
 千雪は、京平の目をまっすぐに見て言った。
 
「ゲームの後、酷い顔をしてたから。自暴自棄にでもなってたらどうしようかと思ってね。心配して来ちゃったの。……余計なお世話だったかしら?」
 
「いえ、ありがたいです」
 
 千雪は、京平の境遇を自身と重ね、本心から京平を心配していた。
 自ら、京平の家に足を運ぶ程度には。
 
「副会長、会長ってどんな人ですか?」
 
「会長ね。真面目で、優しい人よ」
 
 萌音と全く同じ回答に、京平は心がずきりと痛んだ。
 ここ三日で、京平は何人にも同じことを聞いたが、答えはいつも同じだ。
 聞けば聞くほど、一は萌音を幸せにしてくれる男子だと思わせてくれる。
 
「命を懸けて、萌音を守ってくれますか?」
 
「守ると思うわ」
 
「そうですか。安心しました」
 
 一が萌音を幸せにしてくれると、萌音を守ってくれると聞くたび、京平の感情が高鳴った。
 萌音は幸せになれると、確信していった。
 
「優しいのね」
 
「え?」
 
「普通、好きだった相手に、そこまで想えないわよ?」
 
「……幼馴染なので」
 
 和やかな時間が過ぎていく。
 その後も少し談笑して。
 たわいない話をして。
 意味もない話をして。
 
 充分に警戒が解けたと判断した千雪は、本題を斬り込んだ。
 
「ねえ、東君」
 
「はい?」
 
「第一回戦と二回戦、貴方の機転で二年三組は助かったと聞いているわ。だから第三回戦、私と……いいえ、私たちと、手を組んで欲しいの」
 
「私たち?」
 
「私と一。貴方は西月さんを助けたい、私は一と西月さんを助けたい。一も、西月さんを助けたい。貴方にとっては複雑な話かもしれないけど、西月さんを助けるために、私たちと手を組んでくれない?」
 
 千雪の言葉に、一は大きく目を見開いた。
 頭の中に、萌音への想いと一への感情がぐるぐると渦巻く。
 
 京平は、萌音を助けたい。
 萌音に、幸せになってもらいたい。
 
「わかりました」
 
 長い沈黙の果て、京平は承諾した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 時間は、第二回戦の直後にまでさかのぼる。
 一と千雪は、人目につかない場所で話していた。
 
「千雪。萌音の幼馴染、東京平を仲間に引き込んでおきたい」
 
「そういえば、西月さんが褒めてたわね。確かに彼が仲間になってくれれば、次のゲームの勝率も上がり」
 
「違う。目的は監視だ」
 
「監視?」
 
「萌音は言った。東京平は、キングのカードが資料室に飛んでいったのが見えたから、資料室に向かったと」
 
「言ってたわね」
 
「それがおかしい。あの時、俺もカードを追える限り追ったが、資料室に飛んでいったのは七のカードだ」
 
「え?」
 
「理由はわからないが、東京平は嘘を言っている」
 
「それってつまり」
 
「ああ。人が嘘をつく時は、何かを隠している時だ。東京平は、俺たちの知らない何かを知っている」
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