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第14話 誤算

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「はーい! ゲームクリアした皆は、これにて解散です! お疲れ様でしたー! 次のゲームは、一週間後! 来週またこの場所でー! ばいちゃ!」
 
 グラウンドに置かれていたテーブルが、ロケットのように上空へ向けて発射される。
 テーブルの上に浮かんでいたすかい君は、自身に向ってきたテーブルの上へ華麗に着地し、そのまま上へ上へと昇って雲の中に消えた。
 そして、すかい君の後を追う様に、学校中からカードが空に向かって飛び立った。
 残されたのは、血だまりのグラウンド。
 
「ふう。今回も生き残った」
 
 京平は、血だまりのグラウンドに近づいていく。
 京平にとっては、想定していた結末だ。
 何故なら、トランプのカードの枚数を決めたのもまた、京平だったからだ。
 二年三組のカードの入手速度を考えると、他のクラスの分が不足すると早々に予測でき、しかし止める理由も止めるための理由も思いつかず、ゲーム中盤で早々に惨劇を覚悟した。
 ゲーム終盤では、如何にグラウンドに近づかないかだけを考えた。
 自身の責任を、直視しないように。
 
 とはいえ、血と吐しゃ物の混じるグラウンドは、覚悟をした京平にもきついものがあった。
 まるで、生者と死者の怨念が混じった匂い。
 喉の奥からこみ上げてくる気持ち悪さを、京平は必死に飲み込んだ。
 
「二年三組、無事にゲームクリア。グラウンドにいない人は、できれば来ない方がいいかな」
 
 京平は、慧一に代わってグループチャットへ警告を書いた。
 グラウンドにいる二年三組の生徒は、カードを持っていた生徒たち。
 その中に萌音がいないことが、京平にとっては幸いだ。
 
「ごめんな。辛い役割を与えちまった」
 
 うずくまる慧一を遠くから見て、京平は小声で謝る。
 誰にも聞こえない声で。
 死ぬ直前の生徒たちに恨まれ、怒鳴られ、最も損な役割だったのが慧一だ。
 しばらくは、トラウマを抱えるだろうことは、容易に想像ができた。
 
 誰を殺して、誰を生かすか。
 そんなことを考え続けた京平の心は、とっくに歪み始めていた。
 
 過酷な現実から目を背けるように、京平はグラウンドから目を背け、校舎本館の方を見る。
 
「え?」
 
 そして、萌音がグラウンドに向かって走ってきているのが見えた。
 京平は思わず、グラウンドの方へと振り向く。
 そこにあるのは惨劇。
 萌音には見て欲しくない惨劇。
 すぐに、萌音の方へと向き直る。
 
「萌音! こっち来ちゃ駄目だ!」
 
 思わず叫んで、萌音の方へと走り始める。
 が、萌音の進む方向は、京平の方でもグラウンドの方でもなかった。
 徐々に逸れていく萌音を、京平は自然と目で追った。
 
 
 
「先輩!」
 
「萌音!」
 
 萌音は、同じく萌音に駆け寄っていた生徒会長、一の胸に飛び込んだ。
 
「……え?」
 
 京平には、何が起きたかわからなかった。
 萌音は、人との距離が近い方だ。
 女子同士であればハグなどしょっちゅうしているし、その都度京平はハグされるのが自分であればと何度も羨ましがった。
 男子に対しても勢いでぎゅっと手を握ることもあり、その回数が男子の中でダントツに多いことを密かに誇っていた。
 自分は萌音の特別なのだと思っていた。
 
 だから、目の前の光景は、京平は理解できない。
 理解したくない。
 萌音が、京平よりも近くに、一を受け入れている現実を。
 
「ううー! せんぱーい! 生きててよかったですー!」
 
「ああ。萌音、君もね」
 
「ううー……。今の、ダジャレですかー?」
 
「いや、違う」
 
 一もまた、萌音を受け入れていた。
 萌音と一。
 二人の振る舞いは、どうみても友人以上であり、同じ生徒会の役員以上であった。
 京平の喉に、漢字二文字がつっかえる。
 すぐにでも出てきそうなそれを、京平は必死に押しとどめた。
 口にしてしまったら、何かが壊れる気がしたから。
 
 京平が二人に向ける視線は、血だまりのグラウンドを見た時よりも、どす黒かった。
 
「萌音? どうして?」
 
「あの二人、付き合い始めたらしいわよ」
 
 京平の心をを決壊させたのは、生徒会副会長の千雪だった。
 京平の様子に気が付き、一に選ばれなかった人間として、萌音に選ばれなかった京平を慰めに来たのだ。
 
 今この瞬間、千雪は誰よりも京平の気持ちを理解している自覚があった。
 京平が、どんな理不尽でも周囲にぶつける可能性も理解していた。
 だからこそ、あえて京平に接触した。
 
「は?」
 
「先週、萌音さんから一に告白したらしいわ」
 
「は?」
 
「一も、それを受け入れたらしいわ」
 
 京平は、呆然と千雪の顔を見る。
 千雪は、京平が発狂して自身に八つ当たりしてくる可能性も、行き場のない感情を涙に変えて自身に抱き着いてくる可能性も考え、受け入れる姿勢を整えていた。
 
 が、京平は、何秒経っても、何十秒経っても、動かなかった。
 京平の視線はいつの間にか、千雪から、萌音と一に映っている。
 
 グラウンドの様子を見せないようにと一が目隠しをしつつ、萌音をグラウンドの外へ連れて行こうとしたとき、京平と萌音の目が合った。
 
「あ、京平! 無事でよかった!」
 
 萌音は京平の姿を見つけると、駆け寄って来て京平の両手をグッと握った。
 
「ありがとうー! また京平のおかげで助かったよ!」
 
「あ、ああ」
 
 京平は、いつもの笑顔を作っていた。
 萌音にとっては、いつも通りの京平。
 一方で、先程までの京平の表情を見ていた千雪は、その変わり様に、いっそ恐怖が走った。
 
「彼のおかげとは、どういうことなんだ?」
 
 萌音の後ろをついてきた一が、興味深そうに萌音に問う。
 
「えっとですね! キングのカード、京平が見つけたんです! ゲームが始まる前にカードがばらばらーって飛んでった時、京平はキングが資料室に飛んでいくのを見つけて、ゲームが始まってすぐに資料室へ行って!」
 
「それはすごい。彼は、優秀なんだね」
 
「はい! 優秀で大切な、私の幼馴染です!」
 
 萌音の褒める言葉も、京平には届かない。
 手から伝わってくる萌音の体温も、京平には届かない。
 優秀、大切、幼馴染。
 いつもなら、萌音から言われて嬉しい言葉が、今の京平には空虚に聞こえた。
 優秀で、大切で、幼馴染なだけの、自分の存在に絶望した。
 ここから家に帰るまでの間、京平に記憶はない。
 
 
 
 
 
 
「ただいま」
 
「ああ、京平! よく生きて」
 
「ごめん、疲れてる。一人にさせて」
 
 帰宅した京平は、両親を見ることもなく自室に戻り、布団の中にくるまった。
 
 
 
「どうして?」
 
 
 
 呟いた。
 
 
 
「どうしてなんだよ! なんで! なんであいつなんだ!? 生徒会長がそんなに偉いのか!? 告白ってなんだよ! なんでお前からしてんだよ! お前と生徒会長が過ごした時間なんて、一年ぽっちじゃねえか! 俺とお前は! 十六年! いや十七年! 生まれた時からずっと! ずっと一緒にいたのに! なんで! どうして! どうして!! どこまでしたんだ? ハグか? キスもしたのか? もしかして、最後まで……! いや、そんなはずはない! 萌音は、そんな奴じゃない! そう簡単に体を許すわけ……! いやでも、萌音は気心知れた相手の前なら、下着姿なんて気にしなくて……。俺の前だと、何度も……。あれ? あの日見た新しい下着って、もしかして? 会長のため? そうなのか、萌音!? そうなのか!? 会長の前でも、会長の前でも!? そういえば、なんだか今朝の萌音、少しだけ大人びてなかったか? なんか、大人の階段を上ったような、一皮むけたような。……そういうことか? そういうことなのか!? 萌音! 嘘だろ! 嘘だと言ってくれ! 違うよな! お前は、そんなやつじゃ! そんなやつじゃ!! あ……ああああああああああ!?」
 
 京平の脳裏に蘇る、萌音の姿。
 一歳の萌音。
 二歳の萌音。
 三歳の萌音。
 四歳の萌音。
 五歳の萌音。
 六歳の萌音。
 七歳の萌音。
 八歳の萌音。
 九歳の萌音。
 十歳の萌音。
 十一歳の萌音。
 十二歳の萌音。
 十三歳の萌音。
 十四歳の萌音。
 十五歳の萌音。
 十六歳の萌音。
 現在の萌音。
 
 京平の脳裏に住む萌音の隣には、誰もいない。
 一などいない。
 
 
 
「ああ、そうか。生徒会長がいなければいいんだ。そうすれば、元に戻る」
 
 
 
 苦しみの果てに京平が出した結論は、あまりにも単純だった。
 
 グループチャットに、一通のメッセージが届く。
 
「大量の人を殺したぼくが、のうのうと生きることはできない。皆、今までありがとう。ごめん」
 
 そんな慧一からの遺書にも、京平の心は何一つ動かなかった。
 ただ、人間が一人死んだだけなのだ。
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