令和百物語 ～妖怪小話～

玖拾捌 ヒダル神

　生存本能と欲望は直結している。
　
　人間の三大欲は、食欲、睡眠欲、性欲。
　
　食欲により、体が必要としているエネルギーを取り込む。
　睡眠欲により、取り込んだエネルギーを正常に循環させる。
　性欲により、自身のエネルギーを切り離して新たな生命を生み出す。
　
　人間は、欲なしでは生きられない。
　それは、神も同じ。
　
　ヒダル神は、飢餓に苦しむ鬼神たちを眺めながら、不気味に笑う。
　
「おどれ……なんの……恨みがあって……こんな……」
　
　恨みがましい鬼神たちの視線も、ヒダル神はどこ吹く風。
　あるのは支配者としての余裕。
　
「この世は弱肉強食。弱者が淘汰され、強者が蹂躙する。お前さんたちも、人間という種を淘汰することで、地上を蹂躙しようとしたんじゃろ？　ならば、儂が同じことをやろうとも、文句を言われる筋合いはないのう」
　
　ヒダル神は、飢餓を与える神。
　自信の食欲に従って、他者の食欲を食することで、腹を満たす。
　食欲を奪われた生物は、空腹感に苦しみながら、ゆっくりと餓死していく。
　
　ヒダル神にとって、人間も鬼神も、食欲という食料を提供してくれる餌でしかない。
　
　旱害。
　冷害。
　風害。
　水害。
　震害。
　虫害。
　疫病。
　そして戦争。
　
　生物の歴史は、飢餓と共にあって、飢餓を克服することから始まる。
　
　獣を狩る。
　魚を狩る。
　米を作る。
　野菜を作る。
　
　村を作る。
　国を作る。
　
　飽食の時代を作り、環境問題を叫ぶ余裕ができるまで、生物は進化を続けざるを得ないのだ。
　
「百年後か千年後にまた来るよ」
　
　ヒダル神は、そう言い残していずこへと消えた。