令和百物語 ~妖怪小話~

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玖拾陸 稲荷神

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 信ずるものは、救われる。
 
「なんじゃあこれは!」
 
「入れんどお!」
 
 ガンガンガン。
 
 鬼神たちは、何度も何度も棍棒を振り下ろす。
 何度も見えない壁にぶつかって、何でもはじき返される。
 
 見えないから、壁が傷を負っているのかもわからない。
 息が乱れるまで振り下ろし続けた後、呼吸を整えるために腕を下ろす。
 
「くっそお! なんで人間さ守る! 稲荷神!」
 
 鬼神たちの目の前に立つのは、巨大な赤い鳥居。
 
 本来、神社の出入り口の役目を果たす鳥居は、今は見えない壁によって何物の侵入をも受け付けない、鉄壁の要塞となっている。
 むろん、鳥居の外も、神社全体を囲むように見えない壁がそびえたち、鬼神たちは神社の中に入るすべを持たない。
 
 鳥居越しに見える、神社の中で怯える人間たちを、悔しそうに見るだけである。
 
「答えんかい! ことと次第によっちゃ、きさんもタダではすまさ」
 
 一柱の鬼神が叫ぶと同時に、鬼神の口内からイネが生える。
 
「むぐ……むごご!?」
 
 イネはめきめきと育っていき、鬼神が呼吸する隙間もないほどに、口内を満たす。
 イネの先っぽには黄金色のもみが成る。
 鬼神の生命力を吸い取っているように、鬼神は瘦せ、稲は大きくなっていく。
 
 しばらくすると鬼神は仰向けにひっくり返り、ぴくりとも動かなくなった。
 他の鬼神たちが、怯えたようにそれを見て、数歩後ずさる。
 
「人間の味方をするのか……?」
 
 稲荷神は答えない。
 
「人間を守って、おまんに何の得がある?」
 
 稲荷神は答えない。
 
「おい!!」
 
 稲荷神は答えない。
 
「……っ! おい、いくぞ!」
 
 しかし鬼神たちは、しびれを切らして去っていった。
 
 人間が唯一、生存可能な楽園。
 稲荷神の加護の元、一部の人間たちは鬼人の支配する世界で、生き延びることに成功した。
 
 
 
「ありがとうございます、稲荷神様」
 
 穀物と野菜。
 
 自然の恵みと共に。
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