令和百物語 ~妖怪小話~

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玖拾伍 夜刀神

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「お前の……お前のせいだ!」
 
 とある町の一角で、夜刀神は人間たちに殺意を向けられていた。
 棒。
 包丁。
 フライパン。
 人間たちが自信の身を守るために持ち出した小手先の凶器と共に。
 
 夜刀神はそんな人間たちの様子を眺め、クスリと笑う。
 蛇の頭から角が生えたような顔は、その笑みを一層不気味に演出した。
 人間たちがごくりと息を飲む。
 
「な……何がおかしい……!」
 
「ふんふふふん。いえいえ失礼。こういう、どうにもならないときは、ついつい誰かのせいにしたくなるものですよねぇ……」
 
 夜刀神は、人間たちに向かって一歩進む。
 人間たちが手に持つ凶器など、みじんも恐れていない。
 丸腰のまま、二歩目を踏み出す。
 
「……っ!?」
 
 人間たちは、一歩後ずさりする。
 
「あれでしょう? 私の持つ伝説のせいでしょう?」
 
 夜刀神は祟り神。
 その姿を見た者は、一族もろとも滅んでしまうという曰くつきの神。
 
 人間たちは、現在の逃れられない不幸を、夜刀神によるものだと考えていた。
 思い込んでいた。
 
「そ、そうだ! お前が現れなければ、俺たち人間は……!」
 
「ふんふふふん。馬鹿ですねぇ」
 
 夜刀神の口角が上がり、笑みはより凶暴なそれへと変わる。
 
「私に、そんな力はありませんよ」
 
「……は?」
 
「私に、目にしたものを滅ぼす能力なんてありません」
 
 突然の夜刀神の言葉に、人間たちは目を丸くする。
 半信半疑のまま、もしかしたら救いがあるのかという一縷の希望を得た目で、夜刀神を見る。
 
「私には、これから滅ぶものが見えるだけです」
 
 が、次の言葉で、産まれたばかりの一縷の希望も消えてなくなる。
 
「……は?」
 
「ふんふふふん」
 
 夜刀神は歩く。
 唖然とした人間の目の前に立ち、その顔を覗き込む。
 
「私は、ほんのちょっとだけ、人間たちより目がいいだけなのですよ」
 
「な、何を言って」
 
「気づいてないわけないでしょう?」
 
 夜刀神の目が、ギラリと光る。
 
「人間の町に溶け込む妖怪。妖怪に殺される人間。そんな、人間にとって不都合な現実が、ちゃんとあなたにも見えていたはずですよ。……ずっと前からね」
 
 人間の額に、汗がにじむ。
 
 気づいていた。
 その一言が出なかった。
 口を開こうとしたが、脳がとめた。
 
「ふんふふふん。あなただけではありませんよ? あなた達もです」
 
 顔をあげ、夜刀神は周囲の人間たちを嘗めるように見回す。
 人間たちは夜刀神と視線が合わない様に、顔を背ける。
 顔ごとうつむく。
 
「兆候はあった。予想もできていた。回避する方法は、いくらでもあった。それでも、見て見ぬふりをしていたのはお前らだ」
 
 人間は、腰が抜けてその場にへたり込んだ。
 
「自分には関係ない。誰かが何とかしてくれる。国が何とかしてくれる。なんにもなんにもしなかったのはお前らだ。全部全部、お前らが招いたことだ」
 
 へたりこんだ人間の横を、夜刀神は悠然と通り過ぎた。
 
「ゆっくりと、眺めさせていただきますよ。人間の終わりを、ね。ふんふふふん」
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