93 / 100
玖拾参 後神
しおりを挟む
「死にたい」
「死にたい」
「死にたい」
流行語と言うには、ネットで当たり前に使われ過ぎている言葉。
時に、死にたいを意味する。
時に、今の環境を変えたいを意味する。
時に、しばらく休みたいを意味する。
現代日本において、軽々に死にたいという言葉が使われるのは、日本が命の危険が少ない国であるというポジティブな象徴であり、日本がSNSの発展によって自分より幸福な他人と自分を比較し不幸を感じやすいというネガティブな象徴である。
夢を失くす。
自信を失くす。
やる気を失くす。
後神は、そんな何かを失くした人間の後ろ髪を引いて、夢と自信とやる気をさらに失くさせ、最後には生きる気力を失くさせた。
それが後神の仕事。
それが後神の役目。
つい先日までは。
後神は、ビルの屋上から町を見下ろし、退屈そうに鼻をほじっていた。
「おおうい、後神じゃあ、ありゃあしやせんかあ」
屋上の扉が開き、中から現れた鬼神の声を聞いても、顔すら向けない。
「ああーい」
退屈そうに、欠伸とも返事ともとれる言葉を返すだけだった。
「なんじゃあ、退屈そうじゃのお」
後神の態度に、鬼神は不思議そうな顔を向ける。
「おまえらのせいだよ」
後神は、鬼神の言葉を不服そうな表情で迎え撃つ。
「わしら?」
「そうだよ。吾輩は、夢とか自信とかがなくなって、死にたい死にたいと嘆く人間をそのまま地獄へ落としてやるのが仕事……だった」
「ほお」
「だが、お前らが暴れまくってるせいで、人間たちは今日を生きるので精いっぱい。そんな状況じゃあ、夢とか自信とか考えて落ち込む人間なんていなくなるんだよ。本当に死にたいやつは、勝手に一人で死んでしまうし」
「がっはっは! そりゃあすまんかった!」
笑う鬼神。
恨む後神。
互いに仕事をする者同士。
時にぶつかり合うことがある故に、口論程度で場は収まる。
「あー……。もうやりたいことなくなったわ。人間たちが絶滅する以上、吾輩にできる仕事はありませーん。はいはい」
「後神、おぬしが自身もやる気もなくしてどうすりゃあ」
「はー、死にたい」
「おぬし……」
町が壊れていく。
逃げ惑う人間は鬼神につぶされていく。
周囲の建物は鬼神によって壊されていく。
世界が変わっていく。
ゆっくり。
ゆっくりと。
未だに世界が形を保っているのは、鬼神が観光がてら、遊びがてら、ゆっくりとことを成しているからにすぎない。
「そういえば、何か用があったんじゃないのか?」
後神はひとしきり弱音を吐いた後、わざわざ屋上まで来ていた鬼神に、理由を訊いた。
鬼神はパーを作った左手に、グーを作った右手を落とした。
「ほうじゃ。忘れとったわ。このビル叩き壊すから、巻き込まれとうなかったら、立ち去ったほうがええぞ」
「おい。めちゃめちゃ重要なこと言い忘れてんじゃねえよ」
「まあ、おぬしさっき死にたい言うとったし、おぬしごと殺してやるのも構わんが」
「誰が死ぬか馬鹿。生きるわ。生きて、次にできることを探しますよーだ」
後神はそそくさと起き上がり、ビルからぴょんと飛び降りて、どこかへ去っていった。
「はっはっは。命ある者は皆、生き卑しいものよのお!!」
鬼神は手に持った棍棒を振り上げ、屋上の床に思いっきり叩きつけた。
ビルが崩れ落ちた。
「死にたい」
「死にたい」
流行語と言うには、ネットで当たり前に使われ過ぎている言葉。
時に、死にたいを意味する。
時に、今の環境を変えたいを意味する。
時に、しばらく休みたいを意味する。
現代日本において、軽々に死にたいという言葉が使われるのは、日本が命の危険が少ない国であるというポジティブな象徴であり、日本がSNSの発展によって自分より幸福な他人と自分を比較し不幸を感じやすいというネガティブな象徴である。
夢を失くす。
自信を失くす。
やる気を失くす。
後神は、そんな何かを失くした人間の後ろ髪を引いて、夢と自信とやる気をさらに失くさせ、最後には生きる気力を失くさせた。
それが後神の仕事。
それが後神の役目。
つい先日までは。
後神は、ビルの屋上から町を見下ろし、退屈そうに鼻をほじっていた。
「おおうい、後神じゃあ、ありゃあしやせんかあ」
屋上の扉が開き、中から現れた鬼神の声を聞いても、顔すら向けない。
「ああーい」
退屈そうに、欠伸とも返事ともとれる言葉を返すだけだった。
「なんじゃあ、退屈そうじゃのお」
後神の態度に、鬼神は不思議そうな顔を向ける。
「おまえらのせいだよ」
後神は、鬼神の言葉を不服そうな表情で迎え撃つ。
「わしら?」
「そうだよ。吾輩は、夢とか自信とかがなくなって、死にたい死にたいと嘆く人間をそのまま地獄へ落としてやるのが仕事……だった」
「ほお」
「だが、お前らが暴れまくってるせいで、人間たちは今日を生きるので精いっぱい。そんな状況じゃあ、夢とか自信とか考えて落ち込む人間なんていなくなるんだよ。本当に死にたいやつは、勝手に一人で死んでしまうし」
「がっはっは! そりゃあすまんかった!」
笑う鬼神。
恨む後神。
互いに仕事をする者同士。
時にぶつかり合うことがある故に、口論程度で場は収まる。
「あー……。もうやりたいことなくなったわ。人間たちが絶滅する以上、吾輩にできる仕事はありませーん。はいはい」
「後神、おぬしが自身もやる気もなくしてどうすりゃあ」
「はー、死にたい」
「おぬし……」
町が壊れていく。
逃げ惑う人間は鬼神につぶされていく。
周囲の建物は鬼神によって壊されていく。
世界が変わっていく。
ゆっくり。
ゆっくりと。
未だに世界が形を保っているのは、鬼神が観光がてら、遊びがてら、ゆっくりとことを成しているからにすぎない。
「そういえば、何か用があったんじゃないのか?」
後神はひとしきり弱音を吐いた後、わざわざ屋上まで来ていた鬼神に、理由を訊いた。
鬼神はパーを作った左手に、グーを作った右手を落とした。
「ほうじゃ。忘れとったわ。このビル叩き壊すから、巻き込まれとうなかったら、立ち去ったほうがええぞ」
「おい。めちゃめちゃ重要なこと言い忘れてんじゃねえよ」
「まあ、おぬしさっき死にたい言うとったし、おぬしごと殺してやるのも構わんが」
「誰が死ぬか馬鹿。生きるわ。生きて、次にできることを探しますよーだ」
後神はそそくさと起き上がり、ビルからぴょんと飛び降りて、どこかへ去っていった。
「はっはっは。命ある者は皆、生き卑しいものよのお!!」
鬼神は手に持った棍棒を振り上げ、屋上の床に思いっきり叩きつけた。
ビルが崩れ落ちた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
コ・ワ・レ・ル
本多 真弥子
ホラー
平穏な日常。
ある日の放課後、『時友晃』は幼馴染の『琴村香織』と談笑していた。
その時、屋上から人が落ちて来て…。
それは平和な日常が壊れる序章だった。
全7話
表紙イラスト irise様 PIXIV:https://www.pixiv.net/users/22685757
Twitter:https://twitter.com/irise310
挿絵イラスト チガサキ ユウ様 X(Twitter) https://twitter.com/cgsk_3
pixiv: https://www.pixiv.net/users/17981561
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ツギハギ・リポート
主道 学
ホラー
拝啓。海道くんへ。そっちは何かとバタバタしているんだろうなあ。だから、たまには田舎で遊ぼうよ。なんて……でも、今年は絶対にきっと、楽しいよ。
死んだはずの中学時代の友達から、急に田舎へ来ないかと手紙が来た。手紙には俺の大学時代に別れた恋人もその村にいると書いてあった……。
ただ、疑問に思うんだ。
あそこは、今じゃ廃村になっているはずだった。
かつて村のあった廃病院は誰のものですか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる