令和百物語 ~妖怪小話~

はの

文字の大きさ
上 下
92 / 100

玖拾弐 犬神

しおりを挟む
 種の破滅を感じた時、人間は果たして何をするのだろうか。
 
 勝てぬと分かりながらも抵抗をするのか。
 逃げられぬと分かりながらも逃亡をするのか。
 それとも、神に祈るのか。
 
 とある建物の敷地では、首寄り下が地面に埋められた犬たちが、元気なく吠えていた。
 すでに犬たちは、一週間も水と食料を与えられていない。
 元気などあろうはずもない。
 
 しかし、近づいてくる死を前に、吠えるという最期の抵抗をしていた。
 
 その周囲を人間たちが囲む。
 非情な目。
 憐れむような目。
 縋るような目。
 
「ごめん……ポチ……。ごめん……」
 
 一匹の犬の飼い主であったろう人間が、涙を流しながら、弱り切った犬の頭を撫でる。
 
「かあああああつ! ごめんなどと言うでない! この犬たちは死ぬわけではない! 犬神様となり、我々をお救いになるのだあああああ!!」
 
 叫んだ人間の目は、真剣そのもの。
 自分が生きるために。
 否、人間が生きるために。
 真剣に邪法へと縋った。
 
 妖怪には妖怪を。
 オカルトにはオカルトを。
 
 平安時代、禁止令が発行された呪術である犬神の憑依が、現代に再現されようとしていた。
 
 犬の頭部のみを出して生き埋めにする。
 そして、首を伸ばしても届かない場所に食料を置き、食料への執念で伸びきったその首を、餓死寸前に斬り落とす。
 そうすれば、犬は切断された頭部だけで食料にかぶりつく。
 生物を超え、神となる。
 犬神となる。
 
 最期に犬神を焼き、骨を祭ることで、人間は犬神を自身に憑依させ、人ならざる力を得ていた。
 
 非人道的で悪魔的な所業。
 
 だがしかし、人間はそれを選んだ。
 鬼神から人間を守るために。
 魔を持って、魔を制することを選んだ。
 
「そろそろじゃ。皆、刃を持てい!」
 
 一人の人間の号令で、たくさんの人間たちが包丁だの刀だのを手に取り、犬の首の前に近づいていく。
 犬たちの恨みがましそうな視線を受けながら、刃を振りかぶる。
 
「やれえええええい!!」
 
 そして一斉に振り下ろす。
 食料を求めて伸びきった、その首に。
 
 その後は地獄絵図。
 集まった人間たちは、武士でもなければ殺人鬼でもない。
 極めて普通の、なんでもない一般人。
 生きたいだけの一般人。
 一撃で首を斬り落とせた人間など、ごく僅か。
 
 残りの人間たちは、涙を流しながら、口から吐しゃ物を吐き出しながら、何度も何度も切りつけた。
 犬の首が落ちる、その時まで。
 
 しかして、すべての首が地に落ちた。
 
 食料に噛みついた首は、ゼロ。
 
「ば、馬鹿な!? 犬神様!? 犬神様あああああ!?」
 
 予想と異なる結末に、号令をかけた人間は狼狽する。
 信じていたのだ。
 本気で。
 
 科学によって否定された呪術を。
 
「お、ここにもいた」
 
「へあ??」
 
 そしてそのまま、鬼神に全員叩きつぶされ、絶命した。
 
「犬の首が斬り落とされとうのう。人間がやったのか? なんのために? 人間のやることはわからんのう」
 
 人間と犬の死体だけが残された庭を見ながら、鬼神は首をかしげたが、三秒後には興味を失ってそんな光景も記憶から消えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

奇怪未解世界

五月 病
ホラー
突如大勢の人間が消えるという事件が起きた。 学内にいた人間の中で唯一生存した女子高生そよぎは自身に降りかかる怪異を退け、消えた友人たちを取り戻すために「怪人アンサー」に助けを求める。 奇妙な契約関係になった怪人アンサーとそよぎは学校の人間が消えた理由を見つけ出すため夕刻から深夜にかけて調査を進めていく。 その過程で様々な怪異に遭遇していくことになっていくが……。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

『忌み地・元霧原村の怪』

潮ノ海月
ホラー
とある年の五月の中旬、都会から来た転校生、神代渉が霧野川高校の教室に現れる。彼の洗練された姿に女子たちは興味を示し、一部の男子は不満を抱く。その中、主人公の森月和也は、渉の涼やかな笑顔の裏に冷たさを感じ、彼に違和感を感じた。 渉の編入から一週間が過ぎ、男子達も次第に渉を受け入れ、和也の友人の野風雄二も渉の魅力に引き込まれ、彼の友人となった。転校生騒ぎが終息しかけたある日の学校の昼休み、女子二人が『こっくりさん』で遊び始め、突然の悲鳴が教室に響く。そしてその翌日、同じクラスの女子、清水莉子が体調不良で休み、『こっくりさん』の祟りという噂が学校中に広まっていく。その次の日の放課後、莉子を心配したと斉藤凪紗は、彼女の友人である和也、雄二、凪沙、葵、渉の五人と共に莉子の家を訪れる。すると莉子の家は重苦しい雰囲気に包まれ、莉子の母親は憔悴した姿に変わっていた。その異変に気づいた渉と和也が莉子の部屋へ入ると、彼女は霊障によって変わり果てた姿に。しかし、彼女の霊障は始まりでしかなく、その後に起こる霊障、怪異。そして元霧原村に古くから伝わる因習、忌み地にまつわる闇、恐怖の怪異へと続く序章に過ぎなかった。 《主人公は和也(語り部)となります》

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。 「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか? 誰がこの「呪い」を生み出したのか? そして彼らはなぜ、呪われたのか? 徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。 その先にふたりが見たものは——。

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

逢魔ヶ刻の迷い子3

naomikoryo
ホラー
——それは、閉ざされた異世界からのSOS。 夏休みのある夜、中学3年生になった陽介・隼人・大輝・美咲・紗奈・由香の6人は、受験勉強のために訪れた図書館で再び“恐怖”に巻き込まれる。 「図書館に大事な物を忘れたから取りに行ってくる。」 陽介の何気ないメッセージから始まった異変。 深夜の図書館に響く正体不明の足音、消えていくメッセージ、そして—— 「ここから出られない」と助けを求める陽介の声。 彼は、次元の違う同じ場所にいる。 現実世界と並行して存在する“もう一つの図書館”。 六人は、陽介を救うためにその謎を解き明かしていくが、やがてこの場所が“異世界と繋がる境界”であることに気付く。 七不思議の夜を乗り越えた彼らが挑む、シリーズ第3作目。 恐怖と謎が交錯する、戦慄のホラー・ミステリー。 「境界が開かれた時、もう戻れない——。」

処理中です...