令和百物語 ~妖怪小話~

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玖拾弐 犬神

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 種の破滅を感じた時、人間は果たして何をするのだろうか。
 
 勝てぬと分かりながらも抵抗をするのか。
 逃げられぬと分かりながらも逃亡をするのか。
 それとも、神に祈るのか。
 
 とある建物の敷地では、首寄り下が地面に埋められた犬たちが、元気なく吠えていた。
 すでに犬たちは、一週間も水と食料を与えられていない。
 元気などあろうはずもない。
 
 しかし、近づいてくる死を前に、吠えるという最期の抵抗をしていた。
 
 その周囲を人間たちが囲む。
 非情な目。
 憐れむような目。
 縋るような目。
 
「ごめん……ポチ……。ごめん……」
 
 一匹の犬の飼い主であったろう人間が、涙を流しながら、弱り切った犬の頭を撫でる。
 
「かあああああつ! ごめんなどと言うでない! この犬たちは死ぬわけではない! 犬神様となり、我々をお救いになるのだあああああ!!」
 
 叫んだ人間の目は、真剣そのもの。
 自分が生きるために。
 否、人間が生きるために。
 真剣に邪法へと縋った。
 
 妖怪には妖怪を。
 オカルトにはオカルトを。
 
 平安時代、禁止令が発行された呪術である犬神の憑依が、現代に再現されようとしていた。
 
 犬の頭部のみを出して生き埋めにする。
 そして、首を伸ばしても届かない場所に食料を置き、食料への執念で伸びきったその首を、餓死寸前に斬り落とす。
 そうすれば、犬は切断された頭部だけで食料にかぶりつく。
 生物を超え、神となる。
 犬神となる。
 
 最期に犬神を焼き、骨を祭ることで、人間は犬神を自身に憑依させ、人ならざる力を得ていた。
 
 非人道的で悪魔的な所業。
 
 だがしかし、人間はそれを選んだ。
 鬼神から人間を守るために。
 魔を持って、魔を制することを選んだ。
 
「そろそろじゃ。皆、刃を持てい!」
 
 一人の人間の号令で、たくさんの人間たちが包丁だの刀だのを手に取り、犬の首の前に近づいていく。
 犬たちの恨みがましそうな視線を受けながら、刃を振りかぶる。
 
「やれえええええい!!」
 
 そして一斉に振り下ろす。
 食料を求めて伸びきった、その首に。
 
 その後は地獄絵図。
 集まった人間たちは、武士でもなければ殺人鬼でもない。
 極めて普通の、なんでもない一般人。
 生きたいだけの一般人。
 一撃で首を斬り落とせた人間など、ごく僅か。
 
 残りの人間たちは、涙を流しながら、口から吐しゃ物を吐き出しながら、何度も何度も切りつけた。
 犬の首が落ちる、その時まで。
 
 しかして、すべての首が地に落ちた。
 
 食料に噛みついた首は、ゼロ。
 
「ば、馬鹿な!? 犬神様!? 犬神様あああああ!?」
 
 予想と異なる結末に、号令をかけた人間は狼狽する。
 信じていたのだ。
 本気で。
 
 科学によって否定された呪術を。
 
「お、ここにもいた」
 
「へあ??」
 
 そしてそのまま、鬼神に全員叩きつぶされ、絶命した。
 
「犬の首が斬り落とされとうのう。人間がやったのか? なんのために? 人間のやることはわからんのう」
 
 人間と犬の死体だけが残された庭を見ながら、鬼神は首をかしげたが、三秒後には興味を失ってそんな光景も記憶から消えた。
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