令和百物語 ~妖怪小話~

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捌拾伍 角椀漱

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「消しゴムを貸してくれないか?」
 
 角椀漱は、隣の席の少年から消しゴムを借りた。
 返すことはなかった。
 
「シャー芯を貸してくれないか?」
 
 角椀漱は、隣の席の少年からシャー芯を借りた。
 返すことはなかった。
 
「ノートを一ページ貸してくれないか?」
 
 角椀漱は、隣の席の少年からノートを一ページ破って借りた。
 返すことはなかった。
 
「ノートを貸してくれないか?」
 
 角椀漱は、隣の席の少年からノートを一冊借りた。
 返すことはなかった。
 
「教科書を貸してくれないか?」
 
 角椀漱は、隣の席の少年から教科書を一冊借りた。
 返すことはなかった。
 
 気の弱い少年は、貸したら返ってこないと知りつつも、嫌だと言えずに貸し続けた。
 
「お金を貸してくれないか?」
 
 角椀漱は、隣の席の少年から千円を借りた。
 返すことはなかった。
 
「お金を貸してくれないか?」
 
 角椀漱は、隣の席の少年から千円を借りた。
 返すことはなかった。
 
「お金を貸してくれないか?」
 
 角椀漱は、隣の席の少年から千円を借りた。
 返すことはなかった。
 
 少年の母は、今までほとんどお金を使うことがなかった我が子が何度もお小遣いを増やしてほしいと頼むのを不思議に思い、少年を問い詰めたところ、角椀漱の行動を知った。
 
 少年の母は怒り、すぐに学校へと電話をかけた。
 
 教師三人と、少年と、少年の母と、角椀漱、合計六人。
 応接室で話し合いが繰り広げられた。
 
「うちの子から、色んなものをとってるって聞いたんだけど?」
 
「違います。借りているだけです」
 
「今まで貸したもの、一つたりとも返って来てないって言ってるんだけど?」
 
「まだ借りてるだけです。使い終えたら返します」
 
「いつ使い終えるの?」
 
「わかりません」
 
 初年の母の怒声もどこ吹く風。
 角椀漱はのらりくらりと受け流す。
 教師は両者の意見を聞きつつ、しかし大事にしたくないのか、まあまあといなす。
 
 一日。
 二日。
 三日。
 
 何回話しても、一向に進展しなかった。
 
「お金を貸してくれないか?」
 
 その間にも、角椀漱は、隣の席の少年から千円を借りた。
 色々なものをを借りた。
 返すことはなかった。
 
 
 
 そして卒業式を迎えた。
 
 貸したものは何一つ返ってこなかった。
 
 
 
 少年の母もとっくに諦め、「今回は勉強代だと思って我慢しましょう」と、少年に必要なものを追加で買い与えていた。
 少年は、必ずしも正義が勝てるわけではないのだと悟った。
 
 こうして少年は、また一つ大人になった。
 
 
 
 角椀漱は十年後、闇金でお金を借り過ぎ、突如として音信不通になった。
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