令和百物語 ~妖怪小話~

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陸拾捌 否哉

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 コミュニケーション能力がないことに悩んでいた男は、ナンパをすることにした。
 
 ナンパ。
 つまり、道端を歩く女に声をかけ、遊びに誘うこと。
 遊びがご飯だけなのか、ベッドまで共にするのかは、定かではない。
 
 男は、さっそく人通りの多い場所へと立ち、自分好みの女が通りかかるのを待った。
 さすがに人通りの多いだけあり、すぐに好みの女が通りかかった。
 男はすぐに声をかけようとした。
 が、気持ちに反して、足が動かなかった。
 元来の人見知りな性格に加え、往来で見知らぬ女に話しかけるという行為。
 男にとって、想像以上の抵抗感であった。
 
 男は、手を僅かに動かすのが精いっぱい。
 いつもよりも深い呼吸をしている男の前を、女は気づかず通り過ぎた。
 
 結局、その後も三十分立ち続けたが、同じことが繰り返され、ナンパに成功するどころか、声をかけることさえできなかった。
 近くで、同じくナンパ待ちしているだろう男が、さっさとナンパに成功し、二人で立ち去っていくのを指くわえて眺めるだけだった。
 
 余談だが、ナンパをしようとして、緊張と恐怖で突っ立っているだけになってしまう人間のことを、地蔵と呼ぶ。
 
 男はこの日の出来事を恥じて、怒りと嫉妬で燃え上がった。
 
 何故声をかけることができなかったのか考えて、自分に自信がないからだと結論付けた。
 もし自分がイケメンならば、もし自分が有名芸能人並みの容姿を持っていたならば、こんなことは起きなかっただろうと考えた。
 だが、成り代わることはできないので、僅かでも近づこうと努力した。
 
 まずは服を変えた。
 流行りの服を調べて、女受けする服と呼ばれる服を買った。
 お気に入りだった服はゴミ箱に捨てた。
 
 次に髪型を変えた。
 十分千円の千円カットに別れを告げて、お洒落な美容院へと入った。
 人生初の指名をし、一万円が飛んだ。
 
 さらに筋トレを始めた。
 すぐに体つきが変わることはなかったが、苦しい筋トレを継続しているという結果が、自信につながった。
 
 男は徐々に、自信がついていった。
 
 そして、再びナンパに挑む。
 
 少しずつ話しかけるようになり、ついに一人目のナンパに成功した。
 喫茶店で話すだけの、小さな一歩だったが、男にとっては大きな一歩だった。
 一つの成功は、さらに男の自信につながった。
 
 毎日百人に声をかけ、一人のナンパに成功し始めた。
 応じてくれる女と応じてくれない女、服装、場所、表情などから、わかるようになってきた。
 
 このあたりで、独学に限界を感じた。
 
 さらなる高みを目指して、ナンパの講習会へと通い始めた。
 自分と同じ志を持つナンパ師たちと出会い、ノウハウを交換して、男のナンパ成功率はどんどん上がっていった。
 ナンパを本業とすべく、会社に退職届を出した。
 
 既に、一日数人のナンパに成功するのは当たり前。
 成功は自信へと変わり、自信は傲慢へと変わった。
 
「そこの彼女ー、今暇?……あ、はずれだ。すんません、人違いでした」
 
 後ろ姿だけで声をかけ、振りむいた姿に逆に断ることもし始めた。
 
 
 
 自信は傲慢へと変わる。
 
「そこの彼女ー、今暇? え!?」
 
 そして傲慢は不幸へと変わる。
 
 いつも通り、美しい女の後姿に声をかける
 が、振りむいたその顔は、老人そのもの。
 
 否哉は、にやりと笑って男の顔面を鷲掴みする。
 
「この辺で、碌でもないナンパ野郎がいると聞いてね」
 
 そのまま男の全身から、年齢を奪っていく。
 
「あ……ご……があ……!?」
 
 若い若い男の顔には深い深い皴が刻み込まれた。
 
「別に、ナンパが悪いって言ってるわけじゃないんだよ。いい年した男と女だ。出会いの形なんて、何でもいいと思ってる」
 
 男の髪は真っ白に染まり、顔の至る所にシミが現れる。
 
「でも、最低限の礼節ってもんが必要だと思わないかい?」
 
 男の手足からも体からも、筋肉も脂肪も搾り取られ、骨から強度を奪っていく。
 
「はい。もうこれで、ナンパできないね。さよならろくでなし」
 
 否哉が去った後の場所には、自力で立ち上がることもできない、小さな老人が座り込んでいた。
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