令和百物語 ~妖怪小話~

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陸拾伍 赤手児赤足

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 スマートフォンで検索サイトを開き、文字を入力していく。
 
 『赤ちゃん 捨て方』
 
 どうやら、一定の需要はあるようで、検索結果に該当するサイトが出力される。
 女は、一番上にあるリンクをクリックし、内容を確認する。
 
 監視カメラのないロッカー。
 草木が生い茂った茶畑。
 人通りの少ない道の近くにある公園。
 女の目的に適した場所が、次々と見つかる。
 
 女は、適度に家から離れたロッカーを選択した。
 茶畑や公園だと、野良犬にでも見つければ終わり。
 ロッカーであれば、あわよくばロッカーを利用する誰かに発見されるだろう。
 そんな、罪悪感に蓋をするための贖罪を考えていた。
 
 サイトには、ご丁寧に運び方の注意点も書いてあった。
 女は急いでホームセンターに走り、必要なものを買った。
 一つの店ですべての道具そろえると不審がられるので、いくつもの店をはしごした、
 
 準備は完璧。
 
 深夜。
 人々が寝静まった頃に、女はそっと家を出た。
 大切な我が子を抱えて。
 
 道を歩きながら、ずっとずっと正当性を考えた。
 ただの大学生でしかない自分には育てることなどできないと。
 責任をとると言い続けて土壇場で逃げた男が悪いと。
 自分はあくまでも被害者だと。
 だからこれは、仕方のないことだと。
 
 家を出てから目的地にたどり着くまで、女の目から涙は止まらなかった。
 間違っていないと自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど、涙は溢れた。
 
 誰にも会うことなく、女はロッカーの前に立った。
 
 ロッカーの扉を開けて、すやすやと眠る我が子を抱える。
 これが最後に見る我が子の姿だと、目に焼き付け、ロッカーへと手を伸ばす。
 
 瞬間、女の両手両足が、無数の手によって掴まれた感触を得る。
 女はビクリと身を震わせ、自分の両手両足を見る。
 そこには、真っ赤な手形が無数についていた。
 
「ひっ!?」
 
 思わずしりもちをつく。
 が、両手両足の感触はなおもまとわりつく。
 
 まるで女の体の形を確かめるように、ペタペタと。
 
「あ……」
 
 恐怖で声の出ない女の耳に。
 
「ごめんなさい」
 
 誰かの声が聞こえた。
 
「ごめんなさい」
 
「ごめんなさい」
 
「ごめんなさい」
 
 女は我が子を抱えたまま、ガタガタと震える。
 無意識に、我が子を抱きかかえた。
 守るように。
 
 声は、なおも響く。
 
「ごめんなさい」
 
「ごめんなさい」
 
「ごめんなさい」
 
 
 
 
 
 
「生まれてきて、ごめんなさい」
 
 最後の言葉に、女は思わず顔を上げる。 
 よくよく目を凝らしてみてみれば、両手両足につく手形はすべて、大人のそれと比べると小さ過ぎる。
 ちょうど、我が子の手と同じくらい。
 
「あ……」
 
 女は理解した。
 この手は、この声は、すべて捨てられた赤ちゃんたちのものなのだと。
 女はハッと我が子を見る。
 これから起こることを何も知らず、すやすやと眠る我が子の顔を見ると、また涙があふれてきた。
 我が子も、同じことを考えるのではないかと。
 例え助かっても、永劫の呪いに捕らわれるのではないかと。
 
 女は思う。
 自分は悪くない。
 同時に思う。
 我が子も悪くない。
 
「あ……ごめ……ごめんな……さい……」
 
 ぐちゃぐちゃになった感情のまま、ただただ我が子への愛だけで、我が子を抱きしめた。
 一度我が子を捨てようとした身。
 すでに母たる資格はないかもしれないと考えつつ、それでも愛だけで抱きしめ続けた。
 
 女の両手両足を掴んでいた手は、聞こえていた声は、いつの間にか消え失せていた。
 
 女はそのまま家に戻り、翌日両親の元を訪れて頭を下げた。
 こっぴどく叱られて、大学の退学の危機にも陥り、思い描いていた将来設計はめちゃくちゃになった。
 それでも。
 
「あー」
 
「はーい、よしよし。ママですよー」
 
 ただ一つ、大切な我が子だけは、今もその両手に抱きかかえている。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 後日。
 
「ちっ! 手ごろな女だったのに……。マジで産むやつがあるかよ!」
 
 血縁上の父である男は。
 
「はーあ……。またてきとうに見つけねえとなぁ。しばらくは、夜の店で済ませるかぁ……」
 
 酒を呑んだ帰り道に。
 
「はーあ……。ん? なんだこりゃ? 手足が誰かに掴まれ……」
 
 両手両足を無数の赤い手に掴まれて。
 
「なんだなんだなんだ!? あああああああああああああ!?」
 
 赤ちゃん一人が入れる程度のロッカーへと引きずり込まれ。
 
「ああああぎゅぐごごえええぐげぎゃぎぎがああああ」
 
 肉も骨も無理やり折りたたまれて。
 
「………………………………」
 
 パタンとロッカーの扉を締められた。
 
 その翌日、血が流れているロッカーを発見した一般人が警察に通報し、不審死の事件の被害者として、その名を全国ニュースで流された。
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