令和百物語　～妖怪小話～

はの

文字の大きさ

大中小

60 / 100

陸拾　いそがし

しおりを挟む

「ああ、忙しい忙しい」
　
　いそがしは町を走り回る。
　お腹がすいてはいるが、忙しいのでご飯を食べる暇はない。
　舌をベロンと出して空気を味わうことで空腹を紛らわせる。
　
「ああ、忙しい忙しい」
　
　いそがしは町を走り回る。
　服が乱れているが、忙しいので鏡の前に立つ暇はない。
　袖を通しただけで肩までかかっていない上着のまま放置する。
　
「ああ、忙しい忙しい」
　
　いそがしは町を走り回る。
　隙間時間に勉強をしたいが、忙しいのでスマホで勉強をする暇はない。
　仲間外れにされない様にＳＮＳのコメントに即レスする。
　
「ああ、忙しい忙しい」
　
　いそがしは町を走り回る。
　今日が締め切りの仕事はあるが、忙しいので自分の仕事をする暇はない。
　上司から依頼された雑用を終わらせて残業時間での自分の仕事をこなす。

「ああ、忙しい忙しい」
　
　いそがしは町を走り回る。
　残業の疲れを癒したいが、忙しいので体を休める暇はない。
　残業したからと言って翌日の始業時間は変わらないので急いで会社に向かう。
　
「ああ、忙しい忙しい」
　
　いそがしは町を走り回る。
　周囲の人間を忙しくさせる能力がどれだけ人間に影響を与えたか確認したいが、忙しいので周囲を見回す暇はない。
　忙しい忙しいと言いながら目の前の忙しいこと以外が見えていない。
　
　
　
「ああ、忙しい忙しい」
　
　人々は町を走り回る。
　自分の忙しい理由を知りたいが、忙しいので現状を分析する暇はない。
　思い描く普通にたどり着けない絶望を感じながら無心で体を動かす。

しおりを挟む