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伍拾参 山姫
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「はあ……はあ……この先か……」
男は、山奥を目指していた。
そこは、地元の人間でさえ近づかない山。
ましてや、山奥には間違っても入らない。
山奥には、山姫が出るから。
山姫にあった人間は、血を吸われて死んでしまうから。
事実、肝試しと称して山奥に入った人間は全員、帰ってきていない。
男は、それを承知の上で、山奥を目指した。
友達にも地元の人間にも、何度も何度も止められたが、男の決意は変わらなかった。
ザクザクと、人間の踏み入った形跡のない荒れた山道を進んでいく。
木々に覆われて真っ暗だった道は、突然開けて、明るい空間に出た。
そこには、山女がいた。
十二単を纏った、美しい姿。
地面に着くほど長い髪は、つやつやと輝いている。
さらには、美女という言葉でさえ陳腐に感じられるほど美しいその容姿に、男は一目惚れした。
「あ……」
男は、あまりの美しさに、全てを忘れて呆然と立ち尽くした。
山姫は、優雅な仕草で立ち上がり、男の方へと歩いてきた。
その動きはゆっくりで、しかし一瞬で男の側に立っていた。
吸い込まれそうな笑顔のまま、その顔をゆっくりと男に近づけて、男の首へと噛みついた。
血を吸うために。
「あ……あ……」
その瞬間、男は、歓喜に震えていた。
これほどに美しい人間の唇を、自分が手にしたことに。
男は、思えばみじめな人生だったと思い返す。
生まれながらの醜悪な容姿は、男から女を遠ざけた。
たった一度の恋愛もできない自分に絶望し、その絶望は男をさらに醜悪な容姿へと叩き落し続けた。
ただただ恋人や配偶者のいる他人を羨み続ける自分が嫌になり、精神が壊れ、生きる気力を失った。
そして、自殺を決めた時、聞いたのが山姫の存在だ。
血を吸って人間を殺す、絶世の美女妖怪の噂。
どうせ死ぬなら、一度くらい女に触れてから死にたいと。
男は死に場所を決めた。
つまり、男の夢は叶ったのだ。
男は、力の抜けていく両手で、山姫を抱く。
山姫には、その行動の意味は分からない。
血を吸う獲物の最後の抵抗にしては大人しいなと感じた程度である。
「あ……りが……と……」
そのまま男は絶命した。
しかし、男は確かに、幸せだったのだ。
自分が渇望していた、女の中で死ねたのだから。
男は、山奥を目指していた。
そこは、地元の人間でさえ近づかない山。
ましてや、山奥には間違っても入らない。
山奥には、山姫が出るから。
山姫にあった人間は、血を吸われて死んでしまうから。
事実、肝試しと称して山奥に入った人間は全員、帰ってきていない。
男は、それを承知の上で、山奥を目指した。
友達にも地元の人間にも、何度も何度も止められたが、男の決意は変わらなかった。
ザクザクと、人間の踏み入った形跡のない荒れた山道を進んでいく。
木々に覆われて真っ暗だった道は、突然開けて、明るい空間に出た。
そこには、山女がいた。
十二単を纏った、美しい姿。
地面に着くほど長い髪は、つやつやと輝いている。
さらには、美女という言葉でさえ陳腐に感じられるほど美しいその容姿に、男は一目惚れした。
「あ……」
男は、あまりの美しさに、全てを忘れて呆然と立ち尽くした。
山姫は、優雅な仕草で立ち上がり、男の方へと歩いてきた。
その動きはゆっくりで、しかし一瞬で男の側に立っていた。
吸い込まれそうな笑顔のまま、その顔をゆっくりと男に近づけて、男の首へと噛みついた。
血を吸うために。
「あ……あ……」
その瞬間、男は、歓喜に震えていた。
これほどに美しい人間の唇を、自分が手にしたことに。
男は、思えばみじめな人生だったと思い返す。
生まれながらの醜悪な容姿は、男から女を遠ざけた。
たった一度の恋愛もできない自分に絶望し、その絶望は男をさらに醜悪な容姿へと叩き落し続けた。
ただただ恋人や配偶者のいる他人を羨み続ける自分が嫌になり、精神が壊れ、生きる気力を失った。
そして、自殺を決めた時、聞いたのが山姫の存在だ。
血を吸って人間を殺す、絶世の美女妖怪の噂。
どうせ死ぬなら、一度くらい女に触れてから死にたいと。
男は死に場所を決めた。
つまり、男の夢は叶ったのだ。
男は、力の抜けていく両手で、山姫を抱く。
山姫には、その行動の意味は分からない。
血を吸う獲物の最後の抵抗にしては大人しいなと感じた程度である。
「あ……りが……と……」
そのまま男は絶命した。
しかし、男は確かに、幸せだったのだ。
自分が渇望していた、女の中で死ねたのだから。
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