令和百物語 ～妖怪小話～

参拾 手洗鬼

　一人ひとりができる感染症対策は、大きく三つ。
　三つの密の回避。
　咳エチケット。
　そして手洗い。
　
「あ～～～～～どっこらせえ～～～～～」
　
　手洗鬼も政府からの要請に従って、手を洗う回数を増やした。
　
　足を大きく広げて、三里（約十二キロメートル）の山を跨ぎ、腰を曲げて両手を海へザバンと突っ込む。
　そして、右の掌と左の掌をこすり合わせるように動かす。
　次は手の甲。
　次は指先。
　次は爪の間。
　次は指の間。
　次は親指。
　最後に手首。
　
　じゃぶじゃぶ洗う。
　じゃぶじゃぶ海が波立つ。
　
　手洗鬼が手を洗う間は、大きな波が発生するため、船は運休だ。
　また、巨大な手洗鬼が立つことで日光が遮られ、周囲の家には大きな影が落ちる。
　タワーマンションだからと安心していた人々も、影の影響を受けた。
　
　およそ一時間に一回。
　手洗鬼は手を洗う。
　
　政府からの要請をきっちり守るのだ。
　
　
　
「手洗い鬼を何とかしてくれー！」
　
「このままじゃ漁業が全滅するー！」
　
「洗濯物が乾かないわー！」
　
「タワマンから太陽を奪うなー！」
　
「なんとかしろ政府ー！」
　
　日に日に増える抗議の電話に、政府関係者は頭を抱えていた。