令和百物語 ~妖怪小話~

はの

文字の大きさ
上 下
16 / 100

拾陸 貧乏神

しおりを挟む
 平均給与の低下。
 幸福度の低下。
 現代の日本はかつての勢いを失い、国民たちの大半が重い足取りで現実を生きている。
 将来に希望を持てず、何も生み出さない不平不満をまき散らし、今日を生きている。
 
 一方で、大半に属さない国民もいる。
 上級国民というレッテルを貼られる国民たちは、暗いニュースと国民たちの不平不満を酒のつまみに、今日も騒ぐ。
 六本木。
 勝ち組の集合体であるこの場所に夜はなく、彼らの未来を表すようにギラギラと輝き、今日も歌って踊って騒ぎつくす。
 
「お客様、お待たせいたしました。ゆあちゃんです」
 
 黒服に包まれた男性スタッフが、一人の女性――ゆあを連れてくる。
 
「失礼します、ゆあです」
 
 ゆあはソファに腰かける老人に笑顔で会釈し、その隣へと腰掛ける。
 
「ほっほう、なかなかの別嬪さんじゃないか」
 
 老人は顎髭を撫でながら、なめるような目でゆあの全身を見回す。
 愛くるしい顔と、胸元が大きく開いた黒を基調としたドレス姿は、老人のお眼鏡にかなったらしい。
 老人は、笑顔でゆあを迎え入れる。
 
 老人の身なりは、高級なものに包まれ、一目で裕福であることがわかる。
 この店は高級店に属するため、そもそも客全員がそれなりの裕福層ではあるのだが、他の客と比べても、身につけるものが頭二つ分飛びぬけていた。
 
「何か、飲みたいものはあるか?」
 
 老人はゆあへドリンクメニューを渡す。
 
「え、いいんですか? じゃあ、これを」
 
「なんだぁ、そんな安物でいいのか?」
 
「え、じゃあ、こっちを」
 
「ほっほっほ。なかなか謙虚よのう」
 
 ゆあとしては、決して安物を頼んだつもりは毛頭なかった。
 
「これくらい、いこうじゃないか」
 
 老人は、躊躇いなく店で一番高いドリンクを指差した。
 金銭感覚が完全に別世界。
 ゆあの表情が一瞬固まり、隣で見守っていた黒服も動揺を隠せないまま、ドリンクをとりに店の奥へ急いだ。
 届いたドリンクをグラスに注ぎ、老人とゆあは乾杯をする。
 
「はぁ~、今日も酒がうまいわい~」
 
 老人は、満足という感情を凝縮したような表情で、どんどん飲み進めていく。
 決して、勢いよく飲むようなドリンクではない。
 ゆあはちびちびと飲み進める。
 滅多に飲めない高級な味を楽しみながら。
 
「人の不幸で酒がうまいわい~」
 
 次の老人の言葉で、ゆあの手が止まった。
 老人は、邪悪な笑みを浮かべていた。
 
「わしは、貧乏神じゃ」
 
 ほろ酔い状態になった老人――貧乏神は、上機嫌で語り始める。
 
「昔はな、みんな幸せそうじゃった。だからわしは、あらゆる手を尽くして人々を貧乏にして、不幸にしてきた。しかし、いくら貧乏にしても不幸を感じぬ人間が多くて、苦労したもんじゃ。だが、今はどうじゃ。人々が、勝手に不幸だと思い込み、勝手に幸せな人間の足を引っ張り、勝手に不幸が増えていく」
 
 貧乏神は、さらにもう一本、ドリンクを注文する。
 
「いい時代じゃあ。わしが何もしなくても、こうして皆が不幸になり、わしは美味い酒を飲める。いい時代じゃ」
 
 ご機嫌にがぶがぶと飲む貧乏神の姿と、自分のグラスに注がれた人の不幸の結晶を交互に見ながら、ゆあはそっとグラスを置いた。
 
「なんじゃ、もういらんのか?」
 
「ちょっと今日は飲み過ぎてました」
 
「ほーか」
 
 
 
 その日、店舗は過去最大の売り上げを記録した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ルッキズムデスゲーム

はの
ホラー
『ただいまから、ルッキズムデスゲームを行います』 とある高校で唐突に始まったのは、容姿の良い人間から殺されるルッキズムデスゲーム。 知力も運も役に立たない、無慈悲なゲームが幕を開けた。

視える棺2 ── もう一つの扉

中岡 始
ホラー
この短編集に登場するのは、"視えてしまった"者たちの記録である。 影がずれる。 自分ではない"もう一人"が存在する。 そして、見つけたはずのない"棺"が、自分の名前を刻んで待っている——。 前作 『視える棺』 では、「この世に留まるべきではない存在」を視てしまった者たちの恐怖が描かれた。 だが、"視える者"は、それだけでは終わらない。 "棺"に閉じ込められるべきだった者たちは、まだ完全に封じられてはいなかった。 彼らは、"もう一つの扉"を探している。 影を踏んだ者、"13階"に足を踏み入れた者、消えた友人の遺書を見つけた者—— すべての怪異は、"どこかへ繋がる"ために存在していた。 そして、最後の話 『視える棺──最後の欠片』 では、ついに"棺"の正体が明かされる。 "視える棺"とは何だったのか? 視えてしまった者の運命とは? この物語を読んだあなたも、すでに"視えている"のかもしれない——。

黄昏時のジャバウォック

鳥菊
ホラー
その正体を、突き止める術はなかった。 ※本作は小説家になろう様でも投稿しております。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

りんこにあったちょっと怖い話☆

更科りんこ
ホラー
【おいしいスイーツ☆ときどきホラー】 ゆるゆる日常系ホラー小説☆彡 田舎の女子高生りんこと、友だちのれいちゃんが経験する、怖いような怖くないような、ちょっと怖いお話です。 あま~い日常の中に潜むピリリと怖い物語。 おいしいお茶とお菓子をいただきながら、のんびりとお楽しみください。

百物語 厄災

嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。 小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。

File■■ 【厳選■ch怖い話】むしごさまをよぶ  

雨音
ホラー
むしごさま。 それは■■の■■。 蟲にくわれないように ※ちゃんねる知識は曖昧あやふやなものです。ご容赦くださいませ。

ヴァルプルギスの夜~ライター月島楓の事件簿

加来 史吾兎
ホラー
 K県華月町(かげつちょう)の外れで、白装束を着させられた女子高生の首吊り死体が発見された。  フリーライターの月島楓(つきしまかえで)は、ひょんなことからこの事件の取材を任され、華月町出身で大手出版社の編集者である小野瀬崇彦(おのせたかひこ)と共に、山奥にある華月町へ向かう。  華月町には魔女を信仰するという宗教団体《サバト》の本拠地があり、事件への関与が噂されていたが警察の捜査は難航していた。  そんな矢先、華月町にまつわる伝承を調べていた女子大生が行方不明になってしまう。  そして魔の手は楓の身にも迫っていた──。  果たして楓と小野瀬は小さな町で巻き起こる事件の真相に辿り着くことができるのだろうか。

処理中です...