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おまけ②

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(たった一年離れていただけなのに……)

懐かしい風景に気分が高揚するのが分かる。故郷を離れても寂しさをほとんど感じることがなかったのに、自分でも意外なほどに郷愁の念を抱いていた。

窓から見える風景に釘付けになるサーシャだったが、背中に重さと温もりを感じて僅かに口元を綻ばせる。しかしここは番の存在が広く認知されているシュバルツ国ではない。あちらでの生活にすっかり染まってしまったことを感じつつ、サーシャは苦言を呈することにした。

「エリアス様、ご自重くださいませ。傍から見て少々はしたない振る舞いですわ」
「サーシャが景色にばかり見惚れているから寂しくなったんだ。この辺りはまだ人気が少ないだろう?少しだけ大目に見てくれ」

流れるような仕草でサーシャの手の甲に口づけを落とし、乞うような眼差しで見つめられると、うっかり頷いてしまいそうだ。

「ランドール国にいる間はこちらに合わせていただくというお話でしたよね?」

サーシャの意思が固いと見るや、エリアスは両手を上げ降参のポーズを取った。サーシャだけでなく母親である王妃殿下からも口を酸っぱくして言われているのだ。告げ口するつもりはないが、サーシャだけでなくレンや侍女たちの目もある。帰国して早々母子喧嘩に巻き込まれるつもりはない。

(それに……私も甘やかされ過ぎて変な行動をしそうで怖いのよね……)

竜を祖先に持つと言われているシュバルツ国は番に関して非常に寛大な国だ。竜は愛情深い生き物であり、その血を引く王族が番と出会うことで国の発展に多大な影響を与えるとされている。

番を感知できるのは優秀な王族が多く、また番のために暮らしやすい国にしようと奮励するのだそうだ。
番と出会ってしばらくは番以外目に入らないぐらいの執着を見せるが、それが収まれば番を慈しみつつも王族としての責務をしっかりと果たすようになるらしい。

幸いエリアスは早い段階で落ち着いてくれたものの、サーシャに対する求愛行動がなくなったわけではない。愛する人に愛を乞い伝え続けるのは当然のことだという認識なのだ。

シュバルツ国に戻ってからはそれが顕著になり、エリアスからの愛情表現を受け止めきれず、王妃殿下に何度相談したか分からない。
おかげで将来の義母との仲は良好で、サーシャも徐々にエリアスの愛情を戸惑うことなく受け入れられるようになっていた。

少しずつ王太子妃教育を受けながら、シュバルツ国の生活にもすっかり慣れた頃、ランドール国第二王子のアーサーと侯爵令嬢であるソフィーの結婚式の招待状が届いたのだ。
次期王太子妃として制限されることも多いが、今回ばかりは正式な招待ということもあり、里帰りも兼ねて二週間の滞在することになっている。

(皆様にお会いできるのが楽しみだわ)

そんな風に浮かれていたサーシャは、エリアスが不安そうな眼差しを向けていることに全く気付いていなかったのだ。

「サーシャ!よく来てくれたわね」

形式的な挨拶を終え使用人たちが下がると、ソフィーは満面の笑みを浮かべて言った。学生時代と変わらない親しみのこもった声に、サーシャも声を弾ませる。

「ソフィー様、お招きくださりありがとうございます。ますますお綺麗になられましたね」
「……ありがとう。嬉しいわ」

僅かに目元を染めながら答えると、アーサーがくすくすと楽しそうに笑っている。

「ソフィーは本当にサーシャ嬢が好きだね。僕が褒めてもそんな可愛い顔を見せてくれないのに。招待状を送るときも何度も内容を推敲していたし、客室の準備も――」
「あ、アーサー様!――王太子妃としての最初の仕事ですもの!万全を期して当然ですわ」

笑っているのに内心面白く思っていないらしく、関心を自分に向けさせるためにソフィーの密かな努力を暴露するのはいかがなものだろうか。相変わらず腹黒いというか狭量さを見せるアーサーだが、懸命に弁明するソフィーを見つめる眼差しは優しい。

隣のエリアスに視線を向けると、同じような眼差しが返ってきて愛されているが故のことだとよく分かる。

(きっとこれからも仲睦まじく過ごされるのでしょうね)

そんな風に考えながら微笑ましく見守っていると、ソフィーから恨めし気に睨まれた。

「そんな余裕も今だけよ。明日のお茶会ではシュバルツ国での生活をしっかり聞かせてもらうんだから」

手紙でもどんな風に過ごしているか話しているが、暮らしてみないと知らないことも多い。聞き役であることが多かったサーシャは、身に付けた知識と経験を伝えられるよう頑張ろうと心に決めたのだが――。


「さあ、それでは教えてちょうだい。サーシャはシュバルツ王太子殿下にどんな風に溺愛されているの?」

まさかの質問にサーシャは紅茶を吹き出しそうになった。

「あら、ぜひ聞かせてくださいな。自国に戻られてからあの方が羽目を外し過ぎていないか心配しておりましたの」

ゆったりとした口調で柔らかな笑みを浮かべるアヴリルが、追い打ちをかけるように言った。助けを求めるようにミレーヌに視線を向ければ、きらきらと輝く瞳と目が合って、サーシャは味方がいないことを悟った。
昨日の意趣返しなのだとようやく思い至り、必死の抵抗を試みる。

「ま、まだ婚約者ですし普通かと。その、アヴリル様のお話のほうが参考になるのではないでしょうか?」

アヴリルは3ヶ月ほど前にユーゴと結婚している。溺愛というならば新婚生活真っ最中であるアヴリルに聞いた方が参考になるのではないかとサーシャは話を逸らそうとしたが、そんなことで騙されてくれるソフィーではない。

「シュバルツ王太子殿下にどれだけ溺愛されているかによって、サーシャが向こうでどんな待遇を受けているか判断できると思うのよ。どうしても手紙は検閲が入ってしまうし、こんな機会でもないと聞けないでしょう?」

心配しているという表情を浮かべているが、わざとらしくにやりとしているので台無しだ。これは言うまで解放してもらえそうにない。

「……でも、本当に普通ですよ?その、一緒にいる時はよく抱きしめられたり、何度も愛を囁かれたりはしますが、ふ、触れ合いも口づけだけでまだ……夫婦のようなことはしておりませんので」

顔が火照ったように熱くなるのを感じつつ、サーシャは何とか言葉を紡ぐ。

「お膝の上に乗せられたりしませんの?」
「あ、しますね」
「お菓子を互いに食べさせあったり?」
「ええ、どちらかと言えば食べさせられることのほうが多いですが」

アヴリルとミレーヌの質問に答えれば、三人は顔を見合わせのち、何やら頷いているではないか。

「……甘いわね。お菓子じゃなくセイボリーが必要だったかしら?」
「シモン様には内緒にしておいたほうが良さそうですが、サーシャ様が幸せそうで何よりですわ」
「ええ、勉強になりましたわ」

婚姻前の男女としては親密過ぎる触れ合いだったと気づき、羞恥に悶えるサーシャを友人たちは慈愛に満ちた表情で見守るのだった。
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