上 下
36 / 57

違和感

しおりを挟む
シモンの警告が効いたのか、あれ以来エマは生徒会室に姿を見せなくなり、サーシャに絡むこともなくなった。
だが時折様子を窺うような視線は感じている。目が合えばすぐに逸らされるし、何度か気になって声を掛けようとしたが逃げられてしまう。

エマに自分も転生者であることを告げるつもりはない。
この世界の予備知識もなく前世の記憶や知識もお菓子作り以外に発揮できていないし、何よりエマがどう受け取るか分からないので下手に刺激したくなかった。

微妙な緊張感が生まれていたが、気にしないよう心掛けることにした。
元々距離を置く予定だったし、何か迷惑を掛けられているわけじゃないと自分に言い聞かせて。

「これ美味しいわね。今度作り方を教えてちょうだい」
ソフィーがそういう時はかなり気に入ってくれた証拠である。嬉しくてもちろん快諾すると、アヴリルがくすくすと声を立てて笑った。

「殿下がお好きそうなお菓子ですものね」
その言葉に顔を真っ赤にするソフィーをみんなが温かい眼差しで見ていた。穏やかな昼下がりに開かれたお茶会はいつものメンバーの気楽なものだ。

「アヴリルこそユーゴ様に差し入れでも持っていけばいいじゃない。新入りは雑務も多いし、宰相の甥だから何でも出来て当然とか思われてそうだし。愛しの婚約者から手作りのお菓子が届けばきっと疲れも取れるでしょうよ」
冷やかされたソフィーがお返しとばかりに告げると、アヴリルの頬が薄く色づく。

「実は、先日お届けしたの。直接お渡しできなかったけど、お礼に綺麗な花束を戴いたわ」
「まあ素敵ですわ」
「ユーゴ様もさぞお喜びだったでしょうね」
歓声が上がると、ますますアヴリルは顔を染めて俯いた。ユーゴとは滅多に会えないようだが仲の良い様子にサーシャも微笑ましく思う。

「あの、サーシャ様……私にもお菓子作りを教えてくれますか?」
おずおずと申し出たのはレイチェルだ。断る理由などなくサーシャはもちろん了承する。

「まあ、ジョルジュ様もお喜びになりますわね」
以前のぎくしゃくした時期を知っているベスが嬉しそうに声を掛けるが、レイチェルは首を横に振った。

「ジョルジュ様のためではなく、生徒会の皆様とのティータイム用に準備したいと思いましたの。サーシャ様のように美味しくできないかもしれませんが……」
一瞬沈黙が下りたが、躊躇うことなく疑問を口にしたのはソフィーだった。

「どうして婚約者に渡さないの?もう愛想を尽かしてしまったのかしら?」
遠慮のない口調に怯えることもなく、レイチェルはすぐさま首を横に振る。一緒に仕事をする中でソフィーのはきはきとした性格にも慣れたのだろう。

「私は今までずっとジョルジュ様に嫌われないことばかり考えてきました。でも生徒会で仕事をするようになって、会長もソフィー様も褒めてくださるし、私なんかの意見にもきちんと耳を傾けてくれるのがとても嬉しいのです。だから日頃のお礼も込めて作りたいなと思って」
レイチェルの言葉に昨年までの姿が頭をよぎった。ずっとジョルジュに認めてほしくて、相応しい婚約者になろうと一生懸命な様子を覚えている。

「ジョルジュ様しか見ていなくて視野が狭くなっていました。もちろんジョルジュ様も大切ですが、もっと堂々と側にいられるように私も成長したいのです。ですから、これからもよろしくお願いします」
そう告げたレイチェルの瞳は輝いていて、肩の力が抜けたように見える。そのことが何だかとても嬉しい。自分に価値を感じずいつも不安そうなレイチェルだが、自分の能力を発揮する場所を得たことで自信がついたようだ。

「レイチェル様、素敵ですわ。私も何か出来ることがないか考えてみたいと思います」
「シモン様に甘えてあげたらいいんじゃない。サーシャはそういうの苦手みたいだけど」
ソフィーの言葉に少し引っ掛かるものを感じたものの、そのまま別の話題に移ったこと、レイチェルの変化に気を取られていたことでサーシャは僅かな違和感をそのまま流してしまった。


期末試験が終わり、学園全体もどこかそわそわとした空気に変わっている。試験明けで、しかも1年で最も長い休暇が目前なのだから無理もない。
以前より頻度は減ったものの手伝いのためサーシャが生徒会室に着くと、シモンとミレーヌの姿があった。

「サーシャ様、ちょうど良いところにいらっしゃいましたわ」
シモンのために出来ることして、ミレーヌは先月から生徒会の仕事を手伝っていた。サーシャが生徒会への出入りを控えたのは、こんな風に二人の時間を作ってあげたいという思いもあったからだ。

「夏休みはシモン様と一緒にダラス領に遊びにいらっしゃいませんか?湖畔の別荘にご招待いたしますわ」
きらきらとオレンジ色の瞳が輝き、ミレーヌは無邪気な笑みを浮かべている。その様子に微笑ましさと少しの申し訳なさを感じながらサーシャは答えた。

「素敵ですわね。でも私、お義母様のお手伝いがありますの。お義兄様、イリアも来年は社交界デビューですし、連れて行っても大丈夫ではないでしょうか?」
マノンの手伝いは嘘ではないが、将来的に貴族の身分を捨てる予定のサーシャが他領を訪問するのは控えたほうがいいだろう。ミレーヌとは親しくさせてもらっているが、家同士の交流を図るなら話は別だ。
一方で婚約者であるシモンだけが訪問するのは外聞が悪いので、妹であるイリアを同行者の候補に挙げた。サーシャにしてみればそこに何の他意もなかった。

「あ…、ごめんなさい。サーシャ様の都合も考えずに誘ってしまいました」
先ほどまでの興奮が嘘のように落ち込むミレーヌを見て、シモンが庇うように言った。

「サーシャ、ミレーヌ嬢はサーシャに遊びにきてほしいと誘ったんだ。イリアが代わりになるわけないだろう」
シモンの言葉にどこか責めるような響きを感じ取って、サーシャは何故か傷ついたような気持ちになった。間違ったことを言ったつもりではなかったし、シモンだってサーシャが将来平民になることを知っているのだ。

だがミレーヌを悲しませたことは事実だったため、そんな気持ちを抑えて謝罪の言葉を口にする。
「ミレーヌ様、せっかく誘っていただいたのに申し訳ございません」

何となく気まずい雰囲気になったが、アーサーとソフィーが姿を見せたため、気をとりなおして生徒会の仕事に取り掛かることになった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したら推しに捨てられる婚約者でした、それでも推しの幸せを祈ります

みゅー
恋愛
 私このシーンや会話の内容を知っている。でも何故? と、思い出そうとするが目眩がし気分が悪くなってしまった、そして前世で読んだ小説の世界に転生したと気づく主人公のサファイア。ところが最推しの公爵令息には最愛の女性がいて、自分とは結ばれないと知り……  それでも主人公は健気には推しの幸せを願う。そんな切ない話を書きたくて書きました。 ハッピーエンドです。

【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。

yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~) パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。 この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。 しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。 もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。 「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。 「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」 そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。 竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。 後半、シリアス風味のハピエン。 3章からルート分岐します。 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。 表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。 https://waifulabs.com/

断罪ルートを全力で回避します~乙女ゲームに転生したと思ったら、ヒロインは悪役令嬢でした~

平山和人
恋愛
平凡なOLの私は乙女ゲームのヒロインに転生した。貧乏な男爵家の娘ながらも勉強を頑張って、奨学生となって学園に入学したのだが、蓋を開ければ、悪役令嬢が既にハーレムを作っていた。どうやらこの世界は悪役令嬢がヒロインのようで、ざまぁされるのは私のようだ。 ざまぁを回避すべく、私は徹底して目立たないようにした。しかし、なぜか攻略対象たちは私に付きまとうようになった。 果たして私は無事にざまぁを回避し、平穏な人生を送ることが出来るのだろうか?

完 モブ専転生悪役令嬢は婚約を破棄したい!!

水鳥楓椛
恋愛
 乙女ゲームの悪役令嬢、ベアトリス・ブラックウェルに転生したのは、なんと前世モブ専の女子高生だった!? 「イケメン断絶!!優男断絶!!キザなクソボケも断絶!!来い!平々凡々なモブ顔男!!」  天才で天災な破天荒主人公は、転生ヒロインと協力して、イケメン婚約者と婚約破棄を目指す!! 「さあこい!攻略対象!!婚約破棄してやるわー!!」  ~~~これは、王子を誤って攻略してしまったことに気がついていない、モブ専転生悪役令嬢が、諦めて王子のものになるまでのお話であり、王子が最オシ転生ヒロインとモブ専悪役令嬢が一生懸命共同前線を張って見事に敗北する、そんなお話でもある。~~~  イラストは友人のしーなさんに描いていただきました!!

不機嫌な悪役令嬢〜王子は最強の悪役令嬢を溺愛する?〜

晴行
恋愛
 乙女ゲームの貴族令嬢リリアーナに転生したわたしは、大きな屋敷の小さな部屋の中で窓のそばに腰掛けてため息ばかり。  見目麗しく深窓の令嬢なんて噂されるほどには容姿が優れているらしいけど、わたしは知っている。  これは主人公であるアリシアの物語。  わたしはその当て馬にされるだけの、悪役令嬢リリアーナでしかない。  窓の外を眺めて、次の転生は鳥になりたいと真剣に考えているの。 「つまらないわ」  わたしはいつも不機嫌。  どんなに努力しても運命が変えられないのなら、わたしがこの世界に転生した意味がない。  あーあ、もうやめた。  なにか他のことをしよう。お料理とか、お裁縫とか、魔法がある世界だからそれを勉強してもいいわ。  このお屋敷にはなんでも揃っていますし、わたしには才能がありますもの。  仕方がないので、ゲームのストーリーが始まるまで悪役令嬢らしく不機嫌に日々を過ごしましょう。  __それもカイル王子に裏切られて婚約を破棄され、大きな屋敷も貴族の称号もすべてを失い終わりなのだけど。  頑張ったことが全部無駄になるなんて、ほんとうにつまらないわ。  の、はずだったのだけれど。  アリシアが現れても、王子は彼女に興味がない様子。  ストーリーがなかなか始まらない。  これじゃ二人の仲を引き裂く悪役令嬢になれないわ。  カイル王子、間違ってます。わたしはアリシアではないですよ。いつもツンとしている?  それは当たり前です。貴方こそなぜわたしの家にやってくるのですか?  わたしの料理が食べたい? そんなのアリシアに作らせればいいでしょう?  毎日つくれ? ふざけるな。  ……カイル王子、そろそろ帰ってくれません?

【完結】転生したら少女漫画の悪役令嬢でした〜アホ王子との婚約フラグを壊したら義理の兄に溺愛されました〜

まほりろ
恋愛
ムーンライトノベルズで日間総合1位、週間総合2位になった作品です。 【完結】「ディアーナ・フォークト! 貴様との婚約を破棄する!!」見目麗しい第二王子にそう言い渡されたとき、ディアーナは騎士団長の子息に取り押さえられ膝をついていた。王子の側近により読み上げられるディアーナの罪状。第二王子の腕の中で幸せそうに微笑むヒロインのユリア。悪役令嬢のディアーナはユリアに斬りかかり、義理の兄で第二王子の近衛隊のフリードに斬り殺される。 三日月杏奈は漫画好きの普通の女の子、バナナの皮で滑って転んで死んだ。享年二十歳。 目を覚ました杏奈は少女漫画「クリンゲル学園の天使」悪役令嬢ディアーナ・フォークト転生していた。破滅フラグを壊す為に義理の兄と仲良くしようとしたら溺愛されました。 私の事を大切にしてくれるお義兄様と仲良く暮らします。王子殿下私のことは放っておいてください。 ムーンライトノベルズにも投稿しています。 「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

“用済み”捨てられ子持ち令嬢は、隣国でオルゴールカフェを始めました

古森きり
恋愛
産後の肥立が悪いのに、ワンオペ育児で過労死したら異世界に転生していた! トイニェスティン侯爵令嬢として生まれたアンジェリカは、十五歳で『神の子』と呼ばれる『天性スキル』を持つ特別な赤子を処女受胎する。 しかし、召喚されてきた勇者や聖女に息子の『天性スキル』を略奪され、「用済み」として国外追放されてしまう。 行き倒れも覚悟した時、アンジェリカを救ったのは母国と敵対関係の魔人族オーガの夫婦。 彼らの薦めでオルゴール職人で人間族のルイと仮初の夫婦として一緒に暮らすことになる。 不安なことがいっぱいあるけど、母として必ず我が子を、今度こそ立派に育てて見せます! ノベルアップ+とアルファポリス、小説家になろう、カクヨムに掲載しています。

【完結】もったいないですわ!乙女ゲームの世界に転生した悪役令嬢は、今日も生徒会活動に勤しむ~経済を回してる?それってただの無駄遣いですわ!~

鬼ヶ咲あちたん
恋愛
内容も知らない乙女ゲームの世界に転生してしまった悪役令嬢は、ヒロインや攻略対象者たちを放って今日も生徒会活動に勤しむ。もったいないおばけは日本人の心! まだ使える物を捨ててしまうなんて、もったいないですわ! 悪役令嬢が取り組む『もったいない革命』に、だんだん生徒会役員たちは巻き込まれていく。「このゲームのヒロインは私なのよ!?」荒れるヒロインから一方的に恨まれる悪役令嬢はどうなってしまうのか?

処理中です...