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伯爵令息の婚約者
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食堂に着く手前、周囲に聞こえないよう注意を払ってサーシャはジョルジュに話しかけた。
「ジョルジュ様、申し訳ございませんが私はこちらで失礼いたします」
あくまでサーシャはシモンたちから離れられればそれで良かったし、攻略対象候補と食事をする気はない。
「あれ、OKしてくれたかと思ったんだけど?」
「一緒に食堂に行こうと誘われたので、ここまでご一緒しただけです。婚約者がいらっしゃる方と親しくして不名誉な噂を立てられたくありませんので」
あくまで他意はないことを伝えつつも、きっぱりと断る。サーシャ自身はどうでもよいが、ガルシア子爵令嬢として家名に汚すわけにはいかない。
「あー、それなら問題ない。俺の婚約者も一緒だから」
「…それなら余計に私は遠慮すべきなのですが」
同性ならいざ知らず、婚約者が別の女性を伴ってくるなど不快でしかないだろう。
「あいつは大丈夫だ。俺、サーシャ嬢に聞きたいことがあるからさ」
食堂の入り口で不安そうに周囲を見渡していた少女が、ジョルジュを見るなりほっとしたような表情を浮かべる。
「サーシャ嬢、こっちがレイチェル・ブルトン侯爵令嬢だ」
「お初にお目にかかります。ガルシア子爵令嬢のサーシャと申します」
随分と家格が離れているが、学園内のルールにのっとり軽い会釈だけで挨拶をする。
「よ、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げた後、レイチェルは縋るような目でジョルジュを見つめている。そんなレイチェルを気にすることなく、ジョルジュはさっさと食堂に向かう。
「レイチェル様、ご不快でしたら私は失礼いたしますので」
「……いえ、大丈夫です」
目を合わせず答えるレイチェルにサーシャはため息をつきたくなった。
食堂は多くの生徒でにぎわっていたが、全校生徒を収容できる広さがあるようで相席することなく3人でテーブルについた。
「なあ、サーシャ嬢が殿下を狙ってるっていう噂、あれ本当?」
席に着くなりジョルジュが発した直截的な問いかけに、サーシャよりもレイチェルがぎょっとした顔になる。おかげで冷静になったサーシャは落ち着いて返答した。
「殿下に関しては敬意以外の感情は持ち合わせておりません」
「だよな。昨日会った時にそんな感じがしなかったし。将来騎士団に入れば王族の警護も含まれるし、一応確認しといたほうがいいって言われてさ。――レイチェルは頭がいいけど考えすぎなんだよ」
ジョルジュの言葉にレイチェルはびくりと肩を震わせ、小柄な体をますます小さくしている。その言葉から考えれば噂の真偽を確かめるようジョルジュに進言したのはレイチェルらしい。
貴族同士の、特に高位になればなるほどその繋がりや情報は重要で、王族に関しては噂程度でもパワーバランスにも大きく影響しかねない。普通の令嬢ならば不快に思うのかもしれないが、流石切れ者と名高いブルトン侯爵の一人娘だなとサーシャは逆に感心してしまった。
「そういえばレイチェル様は首席入学でいらっしゃいましたね」
昨日の入学式で新入生代表を務めていたのは記憶に新しく、気まずそうなレイチェルのために話題を変えることにした。
「前日までさんざんやりたくないって駄々こねてたんだ、こいつ。人前で話すの苦手でもいい加減慣れないとな」
レイチェルの頬が朱に染まる。言葉のやり取りからも二人が長い付き合いであることを察することができたし、レイチェルは人見知りなのだろう。
だから放っておけばよかったのだが、サーシャはつい言ってしまった。
「ジョルジュ様、初対面である私の前でそのような言い方はレイチェル様に失礼ではありませんか。レイチェル様に謝って下さい」
二人は揃って驚きの表情でサーシャを見つめている。
「……あー、ちょっと言い過ぎた。悪かったな」
「い、いえ!私のほうこそ余計なことを……」
お互いにぎこちなくも気遣う様子が微笑ましい。同い年だが前世の記憶からお姉さん目線でサーシャは二人の会話を見守っていた。
和やかな雰囲気のもと食事を済ませ、教室に戻る前にジョルジュはサーシャに向きなおって言った。
「サーシャ嬢は感情が表に出ないけどいいやつだな。……あんたみたいな令嬢、初めてだ」
タイミングを狙ったわけでもないのだろうが、幸か不幸かレイチェルは席を外していた。無邪気な笑顔を向けられたサーシャはその言葉に戸惑った。
(他の女性とは違う、なんて言葉はフラグの定番でしょう!)
これ以上ジョルジュと親しくなってはいけない、そう直感したサーシャは別れの挨拶もそこそこに教室へと向かった。
「サーシャ様、ごめんなさい!」
席に戻るなり、ミレーヌが駆け寄ってきて頭を下げる。
「私、お会いしたことがあると勘違いしておりましたの。あれからシモン様に殿下とお会いした経緯も伺いましたわ」
高位貴族にも関わらず、ミレーヌは自分の非を認め躊躇いもなく謝罪した。思い込みが激しいが、素直で善良な娘なのだろう。
「いいえ、気にしておりません。わざわざありがとうございます」
「……本当ですか?いえ、サーシャ様は表情を表に出さない方とシモン様がおっしゃってましたものね」
殿下との噂を否定するだけでなく、サーシャの性格についてもフォローしてくれるシモンの気遣いに感謝の気持ちが込み上げてくる。
(このまま噂が収まってくれれば良いのだけど)
ミレーヌと和解したことはクラスメートには伝わったようだが、依然としてサーシャが話しかけられることはなかった。
「ジョルジュ様、申し訳ございませんが私はこちらで失礼いたします」
あくまでサーシャはシモンたちから離れられればそれで良かったし、攻略対象候補と食事をする気はない。
「あれ、OKしてくれたかと思ったんだけど?」
「一緒に食堂に行こうと誘われたので、ここまでご一緒しただけです。婚約者がいらっしゃる方と親しくして不名誉な噂を立てられたくありませんので」
あくまで他意はないことを伝えつつも、きっぱりと断る。サーシャ自身はどうでもよいが、ガルシア子爵令嬢として家名に汚すわけにはいかない。
「あー、それなら問題ない。俺の婚約者も一緒だから」
「…それなら余計に私は遠慮すべきなのですが」
同性ならいざ知らず、婚約者が別の女性を伴ってくるなど不快でしかないだろう。
「あいつは大丈夫だ。俺、サーシャ嬢に聞きたいことがあるからさ」
食堂の入り口で不安そうに周囲を見渡していた少女が、ジョルジュを見るなりほっとしたような表情を浮かべる。
「サーシャ嬢、こっちがレイチェル・ブルトン侯爵令嬢だ」
「お初にお目にかかります。ガルシア子爵令嬢のサーシャと申します」
随分と家格が離れているが、学園内のルールにのっとり軽い会釈だけで挨拶をする。
「よ、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げた後、レイチェルは縋るような目でジョルジュを見つめている。そんなレイチェルを気にすることなく、ジョルジュはさっさと食堂に向かう。
「レイチェル様、ご不快でしたら私は失礼いたしますので」
「……いえ、大丈夫です」
目を合わせず答えるレイチェルにサーシャはため息をつきたくなった。
食堂は多くの生徒でにぎわっていたが、全校生徒を収容できる広さがあるようで相席することなく3人でテーブルについた。
「なあ、サーシャ嬢が殿下を狙ってるっていう噂、あれ本当?」
席に着くなりジョルジュが発した直截的な問いかけに、サーシャよりもレイチェルがぎょっとした顔になる。おかげで冷静になったサーシャは落ち着いて返答した。
「殿下に関しては敬意以外の感情は持ち合わせておりません」
「だよな。昨日会った時にそんな感じがしなかったし。将来騎士団に入れば王族の警護も含まれるし、一応確認しといたほうがいいって言われてさ。――レイチェルは頭がいいけど考えすぎなんだよ」
ジョルジュの言葉にレイチェルはびくりと肩を震わせ、小柄な体をますます小さくしている。その言葉から考えれば噂の真偽を確かめるようジョルジュに進言したのはレイチェルらしい。
貴族同士の、特に高位になればなるほどその繋がりや情報は重要で、王族に関しては噂程度でもパワーバランスにも大きく影響しかねない。普通の令嬢ならば不快に思うのかもしれないが、流石切れ者と名高いブルトン侯爵の一人娘だなとサーシャは逆に感心してしまった。
「そういえばレイチェル様は首席入学でいらっしゃいましたね」
昨日の入学式で新入生代表を務めていたのは記憶に新しく、気まずそうなレイチェルのために話題を変えることにした。
「前日までさんざんやりたくないって駄々こねてたんだ、こいつ。人前で話すの苦手でもいい加減慣れないとな」
レイチェルの頬が朱に染まる。言葉のやり取りからも二人が長い付き合いであることを察することができたし、レイチェルは人見知りなのだろう。
だから放っておけばよかったのだが、サーシャはつい言ってしまった。
「ジョルジュ様、初対面である私の前でそのような言い方はレイチェル様に失礼ではありませんか。レイチェル様に謝って下さい」
二人は揃って驚きの表情でサーシャを見つめている。
「……あー、ちょっと言い過ぎた。悪かったな」
「い、いえ!私のほうこそ余計なことを……」
お互いにぎこちなくも気遣う様子が微笑ましい。同い年だが前世の記憶からお姉さん目線でサーシャは二人の会話を見守っていた。
和やかな雰囲気のもと食事を済ませ、教室に戻る前にジョルジュはサーシャに向きなおって言った。
「サーシャ嬢は感情が表に出ないけどいいやつだな。……あんたみたいな令嬢、初めてだ」
タイミングを狙ったわけでもないのだろうが、幸か不幸かレイチェルは席を外していた。無邪気な笑顔を向けられたサーシャはその言葉に戸惑った。
(他の女性とは違う、なんて言葉はフラグの定番でしょう!)
これ以上ジョルジュと親しくなってはいけない、そう直感したサーシャは別れの挨拶もそこそこに教室へと向かった。
「サーシャ様、ごめんなさい!」
席に戻るなり、ミレーヌが駆け寄ってきて頭を下げる。
「私、お会いしたことがあると勘違いしておりましたの。あれからシモン様に殿下とお会いした経緯も伺いましたわ」
高位貴族にも関わらず、ミレーヌは自分の非を認め躊躇いもなく謝罪した。思い込みが激しいが、素直で善良な娘なのだろう。
「いいえ、気にしておりません。わざわざありがとうございます」
「……本当ですか?いえ、サーシャ様は表情を表に出さない方とシモン様がおっしゃってましたものね」
殿下との噂を否定するだけでなく、サーシャの性格についてもフォローしてくれるシモンの気遣いに感謝の気持ちが込み上げてくる。
(このまま噂が収まってくれれば良いのだけど)
ミレーヌと和解したことはクラスメートには伝わったようだが、依然としてサーシャが話しかけられることはなかった。
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