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焦燥
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油断していたつもりはなかった。
ダンスの際も貴族たちとの挨拶の際もリアには悟られないよう、周囲に気を配り不審な動きや悪意を向けるものを確認していた。
リアから一時たりとも離れぬようにしていたが、身支度を整えるため離席するリアを引き留めなかったのはリアが望んだ以上に、注意深くこちらを窺っている視線に気づいたためだった。
リアが席を外すと案の定、古参の貴族が注進に近寄ってきた。リアを婚約者にしたことによる貴族らの陳情をまとめたものだったが、内容はともかく魔王である自分を諫める者は少ない。死を覚悟した上での諫言だからこそ、聞く気はなくとも途中で遮るような真似はしなかった。
そろそろ頃合いかと思って声を掛けようとした瞬間、リアの気配が消えた。
何かが起きたのだ。
リアに渡した婚約指輪にはノアベルトの魔力と加護を付与していた。リアに危害が加えられた時には身を守れるようほぼ全ての攻撃が無効になる強力な加護だった。
古参の貴族たちを無視して急いでリアがいたはずの場所に向かう。
「リアは何処だ!」
呆然とした様子のヨルンを睨みつけるが、動揺しているのか視線が彷徨いすぐに答えようとしない。
代わりに答えたのは足元にへたり込んでいるステラだった。
「姫様は公爵令嬢のお連れの方によって、攫われてしまいました!役目を果たせず申し訳ございません!」
「何て言いがかりでしょう!あの者は私の連れなどではないわ。そんなことよりも陛下、あの女は陛下を謀っておりましたのよ。畏れ多いことですわ」
媚びるような口調の令嬢には目もくれず、ノアベルトはステラに詰め寄った。
「誰にどうやって攫われた?答えろ」
肩をつかむと呻き声を上げ、ヨルンが慌てて止めようとするが知った事ではない。
「陛下!ステラ嬢は姫様を庇って怪我を―」
「紺色の髪の令嬢が撒いた液体で私が怪我をしたため、姫様が令嬢を取り押さえようとした途端に、お二人の姿が消えてしまったのです」
痛みに耐えながらも答えたステラを手放し、公爵令嬢に向きなおる。
「お前の連れの令嬢は何者だ。言わねば殺す」
「ひっ…ぞ、存じません。会場で、あの女が生贄だと、教えられて…」
リアにそんな嘘を吹き込んだのか!
苛立ちが募る中、辺境伯に顔を向ける。偶然居合わせるわけなどなく、この男の関与は疑いようもなかった。
「私の婚約者に何をした」
「聖女殿は名を偽っておりました。陛下、いい加減目を覚まされてください。私には聖女殿が自ら令嬢の手を取って逃げたようにしか見えませんでした」
偽りの名前がバレたために会場に潜ませていた協力者の手を取って逃げた、そういう筋書きに仕立てたいのだろう。本名だろうが偽名だろうが、そんなことはどうでも良かった。
リアが自分の前からいなくなってしまったことだけは許せない。
移動する時間も惜しく、執務室に転移する。リアを攫ったのは十中八九エメルドの者だろう。第三王子が手を出してきた際に忠告をしておいたが、どうやら甘かったらしい。
最後通牒をしたため、魔力で転送させる。リアに危害が加えられれば、感知できるようになっているからまだ無事であることは間違いないが焦燥感は止まらなかった。
リアが吹き込まれた嘘を信じてしまったなら、自分から逃げ出したいと思うようになっても不思議ではない。
笑顔を見せてくれるようになり、好きだとさえ言ってくれたのに……。
嫌われようと泣かれようとも傍に留めておきたいと思う気持ちは変わらない。だけど、好意を返して欲しいと望み、叶えることができた。あの時の幸福感を思うと、リアに嫌われることなど想像するだけで耐え難い。
リアを取り戻すための準備をしていると、招かれざる客が来た。
「グレンザ辺境伯、そなたの処分は追って出す」
「処分される理由がありません」
「私の婚約者が攫われるのを傍観していた、その咎ゆえだ」
並行線な会話にグレンザ辺境伯は大きなため息をついた。
「ノアベルト様、あなたもまた先代陛下のような過ちを犯すのですか?」
父である先代陛下はグレンザ辺境伯の妹に心を奪われ、無理やり妻に娶り監禁したのだ。その結果、魔王としての役割を放棄したために魔王の座を追われた。
その魔力が有益なため幽閉という処分だが、ある意味死よりも残酷な処遇を言い渡したのは他ならぬノアベルトだった。
「外見の割に豪胆な娘であることは認めますが、ただそれだけです。魔王として重要な責務を果たすのに、貴方が執着するあの娘は邪魔な存在でしかありません」
ノアベルトは反論しなかったのは、自分が望んだ唯一の存在を否定されることが、ただただ不快だったからだ。グレンザ辺境伯はそのことに気づいていなかった。
そして彼は決して口にしてはならないことを告げたのだ。
「聖女殿はエメルドにくれてやればいいでしょう」
「ならば、魔王の立場などもう要らん」
苛立ちを抑えることを止めて、中指にはめた指輪を外しグレンザ辺境伯へと放り投げた。
「なっ!!何を馬鹿なことを――」
「なりたくてなったわけではない。代わりがいなかったから務めていただけのこと。欲しければくれてやる」
立場を捨てれば、リアを自由に迎えに行ける。結界や縛めのために使われていた魔力も、今や自分だけのものに使えるのだから、捜索も格段に容易になった。
「陛下!!」
呼び止める声を気に掛けることなく、ノアベルトはリアの元へと向かった。
ダンスの際も貴族たちとの挨拶の際もリアには悟られないよう、周囲に気を配り不審な動きや悪意を向けるものを確認していた。
リアから一時たりとも離れぬようにしていたが、身支度を整えるため離席するリアを引き留めなかったのはリアが望んだ以上に、注意深くこちらを窺っている視線に気づいたためだった。
リアが席を外すと案の定、古参の貴族が注進に近寄ってきた。リアを婚約者にしたことによる貴族らの陳情をまとめたものだったが、内容はともかく魔王である自分を諫める者は少ない。死を覚悟した上での諫言だからこそ、聞く気はなくとも途中で遮るような真似はしなかった。
そろそろ頃合いかと思って声を掛けようとした瞬間、リアの気配が消えた。
何かが起きたのだ。
リアに渡した婚約指輪にはノアベルトの魔力と加護を付与していた。リアに危害が加えられた時には身を守れるようほぼ全ての攻撃が無効になる強力な加護だった。
古参の貴族たちを無視して急いでリアがいたはずの場所に向かう。
「リアは何処だ!」
呆然とした様子のヨルンを睨みつけるが、動揺しているのか視線が彷徨いすぐに答えようとしない。
代わりに答えたのは足元にへたり込んでいるステラだった。
「姫様は公爵令嬢のお連れの方によって、攫われてしまいました!役目を果たせず申し訳ございません!」
「何て言いがかりでしょう!あの者は私の連れなどではないわ。そんなことよりも陛下、あの女は陛下を謀っておりましたのよ。畏れ多いことですわ」
媚びるような口調の令嬢には目もくれず、ノアベルトはステラに詰め寄った。
「誰にどうやって攫われた?答えろ」
肩をつかむと呻き声を上げ、ヨルンが慌てて止めようとするが知った事ではない。
「陛下!ステラ嬢は姫様を庇って怪我を―」
「紺色の髪の令嬢が撒いた液体で私が怪我をしたため、姫様が令嬢を取り押さえようとした途端に、お二人の姿が消えてしまったのです」
痛みに耐えながらも答えたステラを手放し、公爵令嬢に向きなおる。
「お前の連れの令嬢は何者だ。言わねば殺す」
「ひっ…ぞ、存じません。会場で、あの女が生贄だと、教えられて…」
リアにそんな嘘を吹き込んだのか!
苛立ちが募る中、辺境伯に顔を向ける。偶然居合わせるわけなどなく、この男の関与は疑いようもなかった。
「私の婚約者に何をした」
「聖女殿は名を偽っておりました。陛下、いい加減目を覚まされてください。私には聖女殿が自ら令嬢の手を取って逃げたようにしか見えませんでした」
偽りの名前がバレたために会場に潜ませていた協力者の手を取って逃げた、そういう筋書きに仕立てたいのだろう。本名だろうが偽名だろうが、そんなことはどうでも良かった。
リアが自分の前からいなくなってしまったことだけは許せない。
移動する時間も惜しく、執務室に転移する。リアを攫ったのは十中八九エメルドの者だろう。第三王子が手を出してきた際に忠告をしておいたが、どうやら甘かったらしい。
最後通牒をしたため、魔力で転送させる。リアに危害が加えられれば、感知できるようになっているからまだ無事であることは間違いないが焦燥感は止まらなかった。
リアが吹き込まれた嘘を信じてしまったなら、自分から逃げ出したいと思うようになっても不思議ではない。
笑顔を見せてくれるようになり、好きだとさえ言ってくれたのに……。
嫌われようと泣かれようとも傍に留めておきたいと思う気持ちは変わらない。だけど、好意を返して欲しいと望み、叶えることができた。あの時の幸福感を思うと、リアに嫌われることなど想像するだけで耐え難い。
リアを取り戻すための準備をしていると、招かれざる客が来た。
「グレンザ辺境伯、そなたの処分は追って出す」
「処分される理由がありません」
「私の婚約者が攫われるのを傍観していた、その咎ゆえだ」
並行線な会話にグレンザ辺境伯は大きなため息をついた。
「ノアベルト様、あなたもまた先代陛下のような過ちを犯すのですか?」
父である先代陛下はグレンザ辺境伯の妹に心を奪われ、無理やり妻に娶り監禁したのだ。その結果、魔王としての役割を放棄したために魔王の座を追われた。
その魔力が有益なため幽閉という処分だが、ある意味死よりも残酷な処遇を言い渡したのは他ならぬノアベルトだった。
「外見の割に豪胆な娘であることは認めますが、ただそれだけです。魔王として重要な責務を果たすのに、貴方が執着するあの娘は邪魔な存在でしかありません」
ノアベルトは反論しなかったのは、自分が望んだ唯一の存在を否定されることが、ただただ不快だったからだ。グレンザ辺境伯はそのことに気づいていなかった。
そして彼は決して口にしてはならないことを告げたのだ。
「聖女殿はエメルドにくれてやればいいでしょう」
「ならば、魔王の立場などもう要らん」
苛立ちを抑えることを止めて、中指にはめた指輪を外しグレンザ辺境伯へと放り投げた。
「なっ!!何を馬鹿なことを――」
「なりたくてなったわけではない。代わりがいなかったから務めていただけのこと。欲しければくれてやる」
立場を捨てれば、リアを自由に迎えに行ける。結界や縛めのために使われていた魔力も、今や自分だけのものに使えるのだから、捜索も格段に容易になった。
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