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不安要素
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「グレンザ辺境伯、娘の不始末どう責任を取るつもりだ?」
ノアベルトの背後に控える男性、グレンザ辺境伯は娘と同じく鮮やかな赤毛だ。日焼けしたがっしりとした体格で灰色の瞳は静かな色をたたえている。
「ご迷惑をおかけしたこと、幾重にもお詫び申し上げます。アマンダは陛下への忠義をはき違えてこのような愚行を犯してしまったようです」
辺境伯はすぐに腰を折り丁重に詫びの姿勢を見せた。
「ですが、聖女と噂の姫君を警戒するのは我々魔物としては致し方ないこと。陛下を心配するあまりの行動ゆえに、どうかご寛恕お願い申し上げます」
アマンダの行動を正当化するかのような言葉にノアベルトは不快げに眉をひそめている。
「陛下、私は陛下のことを――」
「黙れ。発言の許可を与えた覚えはない」
足元にすがりつくように身を投げ出したアマンダをノアベルトは即座に黙らせる。
胸元の開いたドレスと涙を浮かべた様はひどく煽情的かつ哀れみを誘うだろう。貼りつけた表情にひびが入り、アマンダは愕然とした表情を浮かべる。
あ、やっぱり色仕掛けを狙っていたのか……。
ノアベルトが欠片も相手にしなかったことが大きいが、その様子にただ呆れるばかりだ。そんな私の肩を抱き、ノアベルトは冷ややかに告げる。
「私の婚約者への非礼は許さん。辺境伯、今後娘の城への一切の立ち入りを禁ずる」
「寛大なお言葉に感謝いたします」
アマンダはショックを受けたような表情だが、辺境伯は何の痛痒も感じさせないほど平静な態度を見せている。自分の娘が二度と城に入れないということは、そんなに軽いことなのだろうか。
そもそも娘の性格を知っているなら、絶対に野放しなどしないはず……。
そんなことを考えていると、グレンザ辺境伯と目が合った。微かに揶揄うような視線を感じたが、すぐさま丁重に頭を下げられたためその意味を探りかねる。
「聖女殿、娘の非礼、謹んでお詫び申し上げる」
「いえ……」
先ほどの視線は気のせいだっただろうか。だがそうでなかったことは、去り際の一言で判明した。
「それでは御前失礼いたします。陛下は勇ましい姫君がお好みだったのですね」
リアの怒鳴り声は部屋の外にまで聞こえていたようだ。
性格悪っ!なんか一癖も二癖もありそうな癖のありそうな男だな。
令嬢としてしおらしい態度を見せていたのに、喧嘩っ早い部分を知っていながら最後に伝えてきたのだ。友好的な態度とは言い難く、聖女であることに警戒されているのだろうと察した。
余程心配だったのか、ノアベルトは辺境伯が出て行った途端に抱きしめられた。
「嫌な思いをさせてしまったな」
申し訳なさそうな声とは裏腹に力強い腕に、身体から力が抜けるのを感じて自分が緊張していたことに気づいた。
「ステラとエリザベートが守ってくれたから平気だよ」
「そうか。――よくやった。これからも励め」
思わぬねぎらいの言葉にステラの目には涙ぐみ、エリザベートも僅かに目元を緩めて一礼した。
……咄嗟のこととはいえちょっとやらかしたよな。
令嬢らしからぬ振舞いでノアベルトの評価を下げてしまったことに今更ながら気づいてしまった。
「――ノア、ごめん。せっかく令嬢らしい振る舞いを教えてもらったのに、台無しにしちゃった」
「リアが謝る必要などない。――不快な思いをさせてしまったから、私の婚約者でいることが嫌になってはないだろうか?」
そんな風に告げるノアベルトを見て、愛しさに胸が苦しいようなくすぐったいような気分になる。
言葉にする代わりにぎゅっと抱きしめると、虚を突かれた表情になった。
いつも自信満々なくせに、無防備な表情は何か可愛いな。
口に出せば、何十倍にもなって返ってくることは予想がついたので、心の裡に留めておく。
そんなことは自分だけが知っていればいいのだ。
「グレンザ伯は私の叔父にあたる。思い入れは特にないが、辺境伯として国境を守る立場にあるから、あまり蔑ろにはできない」
ということは、アマンダ嬢はノアベルトの従妹にあたることになるのか。
うん、全然似てないな……。
そんなことを考えていたが、ノアベルトは違う意味に取ったらしい。
「やはり同じ城内にいるのは不快だろう。すぐに追い出すから少し我慢してくれ」
先ほどの騒動でいつもより輪を掛けて過保護になっているようだ。特に危ない目に遭ったわけではないが、ノアベルトの認識では違うのだろう。
「そんな簡単に追い出さないでいいよ。あんまり似てないなと思ってただけ」
「ああ、血の繋がり自体はないからな。皇太后が辺境伯の妹だったが私の母ではない。便宜上そう呼んでいるだけだ」
ノアベルトの義母にあたる人物の兄弟が辺境伯ということらしい。その辺りは詳しく聞く気持ちはないが、この世界の王族は一夫多妻制だったりするのだろうかという考えがよぎり、少し落ち着かない気分になる。
それってちょっと、かなり嫌だな……。
少し前まで全く自覚がなかったというのに、ノアベルトが他の女性といることを想像するともやもやしてしまった。
夕食はいつも通り二人きりだったので、辺境伯を招いて晩餐会など必要ないのだろうかと尋ねたがノアベルトは不要だと答えた。
だが側に控えていたヨルンの顔が少し不服そうだったため、何となく察したが黙っておく。
「昼間のようなことが起きないとも限らない。今夜は傍にいさせてくれ」
過保護な婚約者の言い分は理解できるが、だからといって同じベッドで寝るというのは、かなりハードルが高い。お互いの気持ちが分かった今、一線を越えたところで問題はないのだが心の準備が出来ていない。
「ノア、……まだちょっと早いっていうか」
「大丈夫だ、何もしない。傍で眠るだけだ」
『男の何もしない、は絶対に信用しちゃ駄目よ!』
そう力説する友人の言葉が頭をよぎる。
ノアベルトを信頼しているが、スキンシップは過剰な部分があるから安心できない。
「えっと、じゃあノアはベッド使って。私はソファーで眠る」
「そんなことさせるわけがないだろう。広いから一緒でも大丈夫だ。怖くないからおいで」
そう言われて手を引かれれば、それ以上拒否できなかった。少し距離を置いて横になるが、すぐさま抱き寄せられる。いつもは安心するのに意識してしまえば、身体が強張り心臓の音がうるさい。
ノアベルトに伝わっているだろうかと思うとますます動揺してしまい、自分だけが意識しているようで恥ずかしい。
「リア、おやすみ。良い夢を」
額にキスをして、ノアベルトは優しく頭を撫でる。眠れるはずがないと思っていたが、いつもと同じ行為に安心感を覚え、だんだん瞼が重くなってくる。
自分以外の体温が温かくて心地がよく、私はいつの間にか眠りに落ちていた。
「お父様、私のせいじゃないわ! あの娘が―」
「エリク、馬車の手配を。これの荷物は後でもいいから、即刻追い出せ」
「お父様?!」
「既にご準備しております。お嬢様、お父君に背くような真似はお控えくださいませ」
心得たように行動に移す配下の姿を確認すると、コンラート・グレンザ辺境伯は娘を一瞥することなく、先ほどの光景を思い返した。
アレがあのような表情を見せるとは……。
部屋に入る直前、聖女の怒鳴り声が聞こえた時にほんの僅かだが口元に笑みが浮かんでいた。ノアベルトを注視していなければ気づかなかっただろう。
軽率な娘に対する処分は妥当だったが、不快さを露わにし己の背後に庇う様は心底聖女を大事にしているようだった。
『陛下が聖女に心を奪われている』
聞いた時には半信半疑どころか、一笑に付してしまうような話だった。
訳知り顔で聖女の情報をもたらした男は信用できなかったが、今はそれなりに信憑性のある情報だったと分かった。確証を得るために、遠回しに煽ると愚かな娘はコンラートの思惑通りに動いてくれた。
大切な存在がこの国にとって脅威となるのか分からない。だが気にいったものに対して尋常ならぬ執着を見せるのは王の血筋か。
その対象が聖女であることが、今後どう影響してくるのかは未知数だが不安要素は早々に排除するのが鉄則だろう。
ノアベルトの背後に控える男性、グレンザ辺境伯は娘と同じく鮮やかな赤毛だ。日焼けしたがっしりとした体格で灰色の瞳は静かな色をたたえている。
「ご迷惑をおかけしたこと、幾重にもお詫び申し上げます。アマンダは陛下への忠義をはき違えてこのような愚行を犯してしまったようです」
辺境伯はすぐに腰を折り丁重に詫びの姿勢を見せた。
「ですが、聖女と噂の姫君を警戒するのは我々魔物としては致し方ないこと。陛下を心配するあまりの行動ゆえに、どうかご寛恕お願い申し上げます」
アマンダの行動を正当化するかのような言葉にノアベルトは不快げに眉をひそめている。
「陛下、私は陛下のことを――」
「黙れ。発言の許可を与えた覚えはない」
足元にすがりつくように身を投げ出したアマンダをノアベルトは即座に黙らせる。
胸元の開いたドレスと涙を浮かべた様はひどく煽情的かつ哀れみを誘うだろう。貼りつけた表情にひびが入り、アマンダは愕然とした表情を浮かべる。
あ、やっぱり色仕掛けを狙っていたのか……。
ノアベルトが欠片も相手にしなかったことが大きいが、その様子にただ呆れるばかりだ。そんな私の肩を抱き、ノアベルトは冷ややかに告げる。
「私の婚約者への非礼は許さん。辺境伯、今後娘の城への一切の立ち入りを禁ずる」
「寛大なお言葉に感謝いたします」
アマンダはショックを受けたような表情だが、辺境伯は何の痛痒も感じさせないほど平静な態度を見せている。自分の娘が二度と城に入れないということは、そんなに軽いことなのだろうか。
そもそも娘の性格を知っているなら、絶対に野放しなどしないはず……。
そんなことを考えていると、グレンザ辺境伯と目が合った。微かに揶揄うような視線を感じたが、すぐさま丁重に頭を下げられたためその意味を探りかねる。
「聖女殿、娘の非礼、謹んでお詫び申し上げる」
「いえ……」
先ほどの視線は気のせいだっただろうか。だがそうでなかったことは、去り際の一言で判明した。
「それでは御前失礼いたします。陛下は勇ましい姫君がお好みだったのですね」
リアの怒鳴り声は部屋の外にまで聞こえていたようだ。
性格悪っ!なんか一癖も二癖もありそうな癖のありそうな男だな。
令嬢としてしおらしい態度を見せていたのに、喧嘩っ早い部分を知っていながら最後に伝えてきたのだ。友好的な態度とは言い難く、聖女であることに警戒されているのだろうと察した。
余程心配だったのか、ノアベルトは辺境伯が出て行った途端に抱きしめられた。
「嫌な思いをさせてしまったな」
申し訳なさそうな声とは裏腹に力強い腕に、身体から力が抜けるのを感じて自分が緊張していたことに気づいた。
「ステラとエリザベートが守ってくれたから平気だよ」
「そうか。――よくやった。これからも励め」
思わぬねぎらいの言葉にステラの目には涙ぐみ、エリザベートも僅かに目元を緩めて一礼した。
……咄嗟のこととはいえちょっとやらかしたよな。
令嬢らしからぬ振舞いでノアベルトの評価を下げてしまったことに今更ながら気づいてしまった。
「――ノア、ごめん。せっかく令嬢らしい振る舞いを教えてもらったのに、台無しにしちゃった」
「リアが謝る必要などない。――不快な思いをさせてしまったから、私の婚約者でいることが嫌になってはないだろうか?」
そんな風に告げるノアベルトを見て、愛しさに胸が苦しいようなくすぐったいような気分になる。
言葉にする代わりにぎゅっと抱きしめると、虚を突かれた表情になった。
いつも自信満々なくせに、無防備な表情は何か可愛いな。
口に出せば、何十倍にもなって返ってくることは予想がついたので、心の裡に留めておく。
そんなことは自分だけが知っていればいいのだ。
「グレンザ伯は私の叔父にあたる。思い入れは特にないが、辺境伯として国境を守る立場にあるから、あまり蔑ろにはできない」
ということは、アマンダ嬢はノアベルトの従妹にあたることになるのか。
うん、全然似てないな……。
そんなことを考えていたが、ノアベルトは違う意味に取ったらしい。
「やはり同じ城内にいるのは不快だろう。すぐに追い出すから少し我慢してくれ」
先ほどの騒動でいつもより輪を掛けて過保護になっているようだ。特に危ない目に遭ったわけではないが、ノアベルトの認識では違うのだろう。
「そんな簡単に追い出さないでいいよ。あんまり似てないなと思ってただけ」
「ああ、血の繋がり自体はないからな。皇太后が辺境伯の妹だったが私の母ではない。便宜上そう呼んでいるだけだ」
ノアベルトの義母にあたる人物の兄弟が辺境伯ということらしい。その辺りは詳しく聞く気持ちはないが、この世界の王族は一夫多妻制だったりするのだろうかという考えがよぎり、少し落ち着かない気分になる。
それってちょっと、かなり嫌だな……。
少し前まで全く自覚がなかったというのに、ノアベルトが他の女性といることを想像するともやもやしてしまった。
夕食はいつも通り二人きりだったので、辺境伯を招いて晩餐会など必要ないのだろうかと尋ねたがノアベルトは不要だと答えた。
だが側に控えていたヨルンの顔が少し不服そうだったため、何となく察したが黙っておく。
「昼間のようなことが起きないとも限らない。今夜は傍にいさせてくれ」
過保護な婚約者の言い分は理解できるが、だからといって同じベッドで寝るというのは、かなりハードルが高い。お互いの気持ちが分かった今、一線を越えたところで問題はないのだが心の準備が出来ていない。
「ノア、……まだちょっと早いっていうか」
「大丈夫だ、何もしない。傍で眠るだけだ」
『男の何もしない、は絶対に信用しちゃ駄目よ!』
そう力説する友人の言葉が頭をよぎる。
ノアベルトを信頼しているが、スキンシップは過剰な部分があるから安心できない。
「えっと、じゃあノアはベッド使って。私はソファーで眠る」
「そんなことさせるわけがないだろう。広いから一緒でも大丈夫だ。怖くないからおいで」
そう言われて手を引かれれば、それ以上拒否できなかった。少し距離を置いて横になるが、すぐさま抱き寄せられる。いつもは安心するのに意識してしまえば、身体が強張り心臓の音がうるさい。
ノアベルトに伝わっているだろうかと思うとますます動揺してしまい、自分だけが意識しているようで恥ずかしい。
「リア、おやすみ。良い夢を」
額にキスをして、ノアベルトは優しく頭を撫でる。眠れるはずがないと思っていたが、いつもと同じ行為に安心感を覚え、だんだん瞼が重くなってくる。
自分以外の体温が温かくて心地がよく、私はいつの間にか眠りに落ちていた。
「お父様、私のせいじゃないわ! あの娘が―」
「エリク、馬車の手配を。これの荷物は後でもいいから、即刻追い出せ」
「お父様?!」
「既にご準備しております。お嬢様、お父君に背くような真似はお控えくださいませ」
心得たように行動に移す配下の姿を確認すると、コンラート・グレンザ辺境伯は娘を一瞥することなく、先ほどの光景を思い返した。
アレがあのような表情を見せるとは……。
部屋に入る直前、聖女の怒鳴り声が聞こえた時にほんの僅かだが口元に笑みが浮かんでいた。ノアベルトを注視していなければ気づかなかっただろう。
軽率な娘に対する処分は妥当だったが、不快さを露わにし己の背後に庇う様は心底聖女を大事にしているようだった。
『陛下が聖女に心を奪われている』
聞いた時には半信半疑どころか、一笑に付してしまうような話だった。
訳知り顔で聖女の情報をもたらした男は信用できなかったが、今はそれなりに信憑性のある情報だったと分かった。確証を得るために、遠回しに煽ると愚かな娘はコンラートの思惑通りに動いてくれた。
大切な存在がこの国にとって脅威となるのか分からない。だが気にいったものに対して尋常ならぬ執着を見せるのは王の血筋か。
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