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エメルド国の王子

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立ち眩みのように視界が一瞬くらりと揺れた。遠くからの喧騒に意識が戻り、瞬きをするとそこは屋外でどこかの路地裏のようだった。

「今はこれが精一杯だ。安全なところまで移動しよう」

そう言いながら再び腕を引く青年の手を思い切り振りほどく。呆気に取られた様子の青年は悪気がないのだろうが、人の話を聞かない上に思い込みが激しすぎる。
突然勝手に連れて来られて付いて行くとでも思っているのか。

「貴方は誰ですか?味方と言われても初対面のはずですが」
「これは失礼。僕はエメルド国第三王子のルカだ。君は異世界から召喚された聖女、そうだろう?」

眉をひそめ険しい表情になった私を見て、そこに良い感情が含まれていないことを悟ったのだろう。忙しない口調ながらもルカは簡単に事情を説明してくれた。

聖女召喚の儀式を行ったものの、不完全な状態で最初は失敗したものだと思われていた。しかしながら、祭具は聖女の存在を示していることが確認され、所在を探すとイスビルにいることが判明。
慌てて使者を送るが追い返され、少しでも情報を得るためにルカはイスビルに潜入したのだと言う。

「街にいても聖女の情報が全く手に入らず焦っていたとこだったが、君に会えたのは本当に僥倖だった」
「……何で私が聖女だと思ったんですか?」

そんな疑問にルカは胸元からペンダントを取り出して答えた。

「これは祭具の一部なのだけど、君と擦れ違った時に熱を帯びたんだ。それに君の髪の色は聖女の特徴とも一致している。魔物に捕らえられながらも毅然とした態度でいるなんて、さすが聖女だね」

ルカは全く悪気ない様子で称賛の言葉を口にするが、嫌な感情がじわじわと湧き上がってくる。

「私は聖女ではありません。――失礼します」

淡々と告げて背を向けてその場を去ろうとするが、驚きの表情を浮かべたルカに進路を塞がれる。

「さっきの魔物に脅されているんだね?確かに強い魔力を持っていたけど、僕が守るから大丈夫――」
「聖女を召喚したのは貴方ですか?」

遮るような質問に目を丸くしつつも、ルカは律義に答えた。

「いや、僕付きの魔導士、アレクセイだ。聖女の召喚も彼でなければ難しかっただろう」

得意げな表情に不快さが増した。見た目だけでいえば同じぐらいの年代だが、ルカの言動は子供のように無邪気で傲慢だ。

召喚直後に処分されかけたと知らなくとも、魔物が危険視する聖女が現れて彼らがどんな行動に出るのか想像できないのだろうか。
単純に助かったのは、単に運が良かっただけだ。ふつふつと込み上げる怒りを抑えることなど出来なかった。

「勝手に連れてこられて放置された挙句に守るとか言われても、ふざけんなとしか思わねえよ」

言葉遣いを変えて吐き捨てるように言うと、ルカは驚きつつもようやくこちらの不機嫌な理由の一端に思い至ったらしい。

「それは、……すまない。だけど君がいれば罪のない人々が救われる。どうかその力を貸してほしいんだ、僕の聖女」

ルカは仰々しい態度でリアの手を取ったまま跪き唇を落とそうとするが、ぞわりと嫌悪感に肌が粟立つ。

「触るな!」

乱暴に振りほどかれて、ルカは唖然とした表情でこちらを凝視している。

「さっきから勝手なことばっかり言っているが、お前らの都合を押し付けるな!私は聖女なんかじゃない!」

リアの言葉に固まっていたルカの表情が変わる。先ほどまでの穏やかな様子が一変し、不穏な雰囲気に相手にせずさっさと逃げ出せば良かったと少し後悔した。

「混乱してるんだね。悪いけどちょっと大人しくしていてもらうよ」

足元に投げつけられた小さな瓶が、かしゃんという軽い音を立てて割れる。それを認識すると同時に甘い匂いに眩暈がして、立っていられない。倒れそうになるリアの肩をルカが掴む。

「離せ……!私に、触れていいのは……お前じゃないっ!」

声を振り絞るが、視界が定まらず自分の物ではないかのように身体に力が入らない。悔ししさのあまり涙がにじむが、こんな奴の前では絶対に泣きたくない。

「――容赦しないと、伝えたはずだ」

冷ややかな声が聞こえたと同時に雷が落ちたような轟音が鳴り響く。力が抜けて崩れ落ちる寸前で、抱き留められた。
慣れ親しんだ匂いと力強い腕に、必死で抗っていた眠気に逆らうのを止める。

「遅くなってすまない」

返事の代わりにぎゅっとノアベルトの腕を握り締めて、私は意識を手放した。
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