短気な聖女はヤンデレ魔王のお気に入り

浅海 景

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向けられる想い

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「そろそろご休憩されますか?」

いくつかお店を回ってウインドウショッピングを楽しんだあと、ステラからそう声を掛けられた。初めての外出は見る物全てが珍しく、すっかり夢中になってしまい、気づけば結構な時間が経っている。

カフェの個室に案内されて腰を下ろすと、無意識に溜息が漏れたことで思いの外疲れていたことに気づく。散策とはいえ、しばらく運動しておらず歩き回ったのだから当然だった。
ずっと繋がれていた手が離れて、ノアベルトが労わるように頭を撫でてくる。

「疲れたか?午後は抱きかかえて移動するとしよう」

想像するだけで恥ずかしいが、ノアベルトの過保護具合から考えると本気だろう。

「疲れてない!楽しいから全然平気!!――っと、それよりノアは退屈じゃない?」

慌てて否定した後に、楽しんでいるのは自分だけではないかと心配になった。私にとっては珍しくとも、ノアベルトにとっては見慣れた物ばかりだっただろう。
ただ見て回るだけなのはきっと退屈だっただろうし、女性の買い物に付き合うのは男性にとって面倒だとも聞く。それなのに嫌な素振りを見せず、それどころか店に寄るたびに何かを買い与えようとしてくれていた。

物欲がないわけではないが居候の身でお金を持っていないし、だからといってノアベルトに買ってもらうのは嫌だった。ノアベルトからすれば大した金額でもないかもしれないが、これ以上甘えたくないと思ってしまうのだ。

「いや。リアと一緒にいるだけで楽しい」

髪に口づけを落としながら優しく微笑まれて、顔が熱を帯びるのが分かる。揶揄われているわけではないと分かっているだけに、さらりと告げた一言はまるで口説き文句のようではないか。
隙あらば甘やかそうとするノアベルトが見せる愛おしげな表情に、ひどく動揺してしまった。

落ち着いて、私!あれはただの社交辞令、ペットへの過度な愛情表現なだけだから!!

「これを受け取ってくれれば、嬉しいのだが」

そう言ってノアベルトは小さな包装紙を目の前に置いた。
開けてみると、細いシルバーのチェーンにアメジストをちりばめたブレスレットが入っていた。
先ほど立ち寄った雑貨屋に置いていたものだ。可愛いなと思って見ていたのはわずかな時間だったはずなのに、そんなに物欲しそうな顔をしてしまったのだろうか。

いつ買ったんだよ。本当によく見てる……。

喜ぶよりも羞恥が勝って、顔が再び熱くなり心臓も何だか変な音を立てている。

「高価な宝石はあまり好まないだろうが、これなら気にならないだろう?私の色を身に着けておいて欲しい」

高額な物なら固辞するところだがそんな私の思考を読んだ上に、気に入っていたと思われる物を選んでくれたらしい。控えめな言葉とともに渡されれば断りづらいと感じるものの、それでも本当に受け取っていいのかと躊躇ってしまう。

「別の物が良ければ、後で買いに行こう。近くに宝飾店があったはず――」
「いらない、これがいい!」

咄嗟に返せばノアベルトは満足そうに口の端を上げて、ブレスレットを付けてくれた。

「……ノア、ありがとう。その、ブレスレットもだけど、連れてきてくれたことも色んなお店に付き合ってくれて、すごく嬉しかった」

喜びを素直に表現すると、ノアベルトは口元を押さえて視線を逸らしている。

何度かそうしているのを見たことあるけど、もしかして照れてる?

意外に可愛い一面があるのだと思えば、思わず笑みが零れた。

「リアの笑顔は愛らしいな」

笑い声に反応したのか、ノアベルトは嬉しそうに頬を撫でてくる。いつもは硬質的な光を帯びた瞳が、蕩けるように柔らかくなり熱を帯びている。

あ、これ何だかマズいかも……。

反射的に距離を取ろうとするが、いつの間にか左手を絡め取られていて身動きが取れない。

「今日はずっとリアが笑顔で嬉しい。それが私に向けられるものだったらいいのに……」

反対側の手を取ると、ノアベルトは手の甲に口づけを落とす。顔を上げたノアベルトは先ほどまでの柔らかい表情から、切実さを帯びたものに変わっている。

あ……。

何か言わなければと思うのに、その眼差しから目が逸らすことができず、頭が真っ白になって何も浮かばない。
ノアベルトの顔が近づいてきて思わず目を閉じた時、コンコンとドアをノックする軽やかな音がして、一瞬時が止まった。

っ、今だ!

本能的にそう感じてノアベルトの手を振りほどくと、ソファーの端へと移動して距離を取った。ドクドクと激しい鼓動を感じながらも、取り敢えず落ち着くよう自分に言い聞かせる。

「お待たせいたしま――ひっ」

悲鳴を上げかけてしまったものの、高級感あふれる銀のトレーを落とさなかった店員を褒めてあげたい。それほどまでにノアベルトは冷え切った瞳で店員を睨んでいる。

「ありがとうございます!そのまま置いていて下さい。ステラ、いる?」
「はい、お嬢様」

部屋の外で控えていたステラがすぐに顔を見せる。

「化粧室に行きたいんだけど」

案内しようとするステラを押しとどめ、代わりにお茶の準備をするよう頼んで部屋を出て行った。本来は店員の仕事だが、あの状態ではまともに入れられると思えない。
何より一人の時間が必要だった。

大きな鏡の前で大きく溜息を吐くと、鏡の中の自分は不安そうな顔つきでこちらを見返してきた。

だって仕方ないだろう……。

まったく気づかなかったわけじゃない。
だけど異性として見られていると思うのは自意識過剰ではないかと思ってしまうほど、ノアベルトは立場を盾に理不尽なことを強要しなかったし、どこまでもただ優しかったのだ。

何を考えているか分からないところもあるし、怒らせるとかなり怖いが、過保護な雇用主でいてくれた。

左手のブレスレットをそっと撫でる。

熱を帯びた眼差しも、切実な表情もペットに向けるものではない。

もしかしてと思いながらも、気のせいだと見ない振りをしていたことに、そろそろ向き合わないといけないのだろう。
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