短気な聖女はヤンデレ魔王のお気に入り

浅海 景

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聖女というよりただの生贄

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いつもと変わらぬ日常のはずだった。大学からそのままバイトに直行して家に帰る、何度も繰り返してきた日々。

「――リア!!!」

悲鳴のような友人の声が耳障りなブレーキ音にかき消され、ヘッドライトの光に目が眩む。
ああ、死ぬんだ。
真っ白になった頭の中で冷静にそう思った。

眩しさに思わず閉じた瞼の裏には、勢いよく自分の方向に向かってくる大型トラック。あれでは即死は免れないだろう。
強い衝撃を感じたものの、覚悟していたような痛みが一向にやってこない。
痛みを感じる前に死んでしまったのだろうか。
違和感を覚えて目を開けると、くらりと眩暈がした。

「…………っ」

目の前に広がる深紅色が血だまりに見えて一瞬身体が強張るが、よく見ればそれは部屋に敷き詰められた絨毯だ。

「え?何で??」

気づけば知らない場所に座り込んでいる。車に轢かれそうになっていたはずなのにどういうことなのだろうか。混乱しながらも慎重に身体を起こすと痛みはない。室内は薄暗くどこか不気味な雰囲気である。

「……走馬灯にしては心当たりがなさすぎだし、夢とか?」

思いつくままに口にするがどこか空々しく、自分でも信じていないことがよく分かる。声は出るし身体を確認しても怪我はなく、現実とは思えないほど不可解な状況だ。
何だか嫌な予感がする。
それが的中したのは、その直後だった。

状況の異常さに気を取られていたせいか、周囲への注意が散漫になっていたらしい。

「――

低い囁きのような声がはっきり耳に届いて、驚きながら周りを見渡すと少し離れた場所に、いつの間にか一人の男性が立っていた。

薄暗い室内の中で輝くような銀色の髪が目を引くが、その鋭い目つきと僅かにひそめられた眉に、男の不機嫌さが見て取れる。恐ろしいほどに整った顔立ちだが表情が乏しく、雰囲気と相まって男の酷薄さを示しているようだ。
迂闊に話しかけたい相手ではないが、先程の一言から恐らくは事情を把握しているらしい。気は進まないものの状況が分からない以上、話しかけないという選択はないだろう。

「あの、ここはどこですか?」

申し訳そうな顔で丁寧に尋ねてみたが、男は無言のまま視線を扉の方に向ける。

……無視かよ!

天然パーマでふわふわとしたセミロングの髪型と、中学生と間違えられるほど童顔な自分の外面は庇護欲をそそると理解している。この場合それが有利に働くと思ったのだが、当てが外れてしまった。
言葉を返してくれないのならどうすべきかと考えていると、騒々しい足音が聞こえ、勢いよく扉が開かれた。

「陛下!」
「――遅い」
「――っ、申し訳ございません、陛下」

膝をつき、ひれ伏せんばかりに頭を下げる金髪の男とのやり取りを見るに、この二人は主従関係にあるのだろう。
問題は彼らが何者なのか、そしてここが何処なのかということだ。

陛下って国王とか皇帝に使う敬称だよね?そんな偉い人がいる場所ってどこ?ああ、もうどういう状況なんだよ、これは?!

一向に目は覚めないし、何なら意識がはっきりしている自覚もある。
訳の分からない状況と無視され続けている状態に、困惑が徐々に苛立ちに変わってくる。

「ヨルン、これを処分しておけ」

陛下と呼ばれた男は、用が済んだとばかりに背を向ける。反射的に追いかけようと一歩踏み出しところで、右腕を強く掴まれた。

「痛っ!?離してよ!」

振りほどこうとするがびくともせず、苛立ちが更に募る。金髪の男――ヨルンは不快そうな表情を隠しもしない。

「うるさい。陛下の御前を汚すわけにはいかないからな。さっさと来い、小娘」

小娘呼ばわりにカチンときた。自覚はあれどコンプレックスを刺激する容姿に関する言葉は禁句なのだ。

「あ゛?誰が小娘だ、気安く触ってんじゃねえよ!」

一転して低い声音と粗雑な言葉づかいに変えると、ヨルンは唖然とした表情を浮かべる。
その隙を見逃さず掴まれた手を乱暴に振りほどくと、私は鬱憤を晴らすかのように声高に告げた。

「さっきから黙って聞いてりゃ随分勝手なことばかり言ってくれるよな。気づいたらここにいただけなのに、一方的に処分とかふざけんなよ!邪魔だって言うなら出て行くし、不法侵入だって言うならどうやってここまで来たのか、ちゃんと事情ぐらい聞くべきなじゃないのか?そもそも処分しなきゃいけないほど、都合が悪いことでもあるのかって話だよな。私がここにいる原因はお前らのせいなんじゃないか?」

半ばこじつけのようなセリフにヨルンの顔は朱に染めて怒鳴り返してきた。

「よくもそんな恥知らずなことを!元凶はのほうだろう!」
「はぁ?……お前ら?」

周囲を見渡しても他に人の姿は見当たらず、どういう意味かと首を捻る。

「ヨルン、説明してやれ」

こちらの様子を観察するように見つめていた男が、淡々とした声で告げる。
何を考えているか分からない表情は先ほどと全く変わらないが、ほんの僅かだが態度が変わったような気がするのは気のせいだろうか。渋々といった様子でヨルンは説明を始めたが、それは想像を超えるとんでもない話であった。


フェイナン大陸には二つの大きな国が存在する。
それが人が治めるエメルド国と魔王が統治するイスビルだ。

鬱蒼とした森や暗がりを好む魔物に対して平地や開放的な海沿いに住まう人と生活エリアが異なるため、大規模な戦争まで発展することはそう多くない。小さな諍いは日常茶飯事だが、国を挙げての戦争は過去にも数度だけ。
一度始まればお互い被害が甚大になることは過去の経験から明らかなため、契機がなければどちらも行動に移すわけにもいかず膠着状態が続いている。

そしてその契機の一つとなっているのが、聖女の存在である。
およそ千年前のこと、人間が滅びかけたことがあった。当時は魔物と人間との戦力の差が著しく大きく種の存続すら危ぶまれたころ、その戦局を覆したのが一人の魔導士が召喚した少女の存在だ。

少女は不思議な力を持っており、魔導士や勇者とともに戦い魔物側に大きな打撃を与えることで、互いに痛み分けの状況にまで持ち込んだ。

人々の希望となった少女は聖女と崇められ、以降聖女の召還は国の存続をかけた重要な儀式となる。しかし、のちに聖魔導士の称号を得た聖女を召喚した魔導士と同じぐらいの力量の魔導士は少なく、膨大な魔術を要するため成功率は低かった。特別な力を持つ聖女が現れなくなったのだが――何故かこの百年ほどの間、聖女は魔王城に直接召喚されるようになったのだ。


「何それ、おかしくない?」

思わず口を挟んでしまったが、ヨルンは同意を示すように小さく鼻を鳴らしただけだ。
訳も分からず敵地に召喚されて、どうしろというのだろう。無責任を通り越して無駄としか言いようがない。

「――さあな。苦労して召喚した聖女が、何の力を持たない人間だと分かれば召喚者の無能さが露呈するからなのか、そのまま陛下を害そうなどと愚かな妄想を抱いているのかは知らんがな」
「それってただの生贄じゃない!最低だな」

一旦収まった怒りが再燃して、思わず拳を握り締める。大体その話を信じるならば現状私が置かれている状況は絶体絶命のピンチなのだ。

「力があれば生き残るだろう」

淡々とした口調だが、魔王が感想らしき反応を示したことに少しだけ希望が湧く。最初は無視されたが、理由を説明してくれたし話が通じなくもないかもしれない。

「ふーん、ところで私にその力ってあるの?」

何気ない口調で魔王に尋ねてみると、すぐに威嚇するようにヨルンから声が上がった。

「人間風情が陛下に直接声を掛けるなど不敬だぞ!大体あってもそんなこと教えるか!」

その反応だとないんだろうな。そっか、

内心安堵しながらも、ここからが正念場だと自分に気合を入れて魔王に向きなおる。

「私の意思ではなかったとはいえ、勝手に侵入したことについてはお詫びします。申し訳ございません」

まずは言葉遣いを変えしっかりと頭を下げる。話を聞いてもらうためには一定の礼儀を弁える必要があるだろう。
不審そうな表情を浮かべたものの、謝罪の言葉を口にしたからかヨルンから制止の声は上がらなかったため、私は単刀直入に切り出した。

「陛下、どうかわたしをここで雇ってもらえませんか?」
「お前は今までの話を聞いていたのか?!」

ヨルンの反応は分かりやすいが、魔王の表情は変わらない。
それでもわずかに目を眇めたのは怪しんでいるのか、怒っているからなのか。魔王を害する存在として召喚されたのだから断られる可能性は非常に高い。

だがそれでもこの願いが聞き届けられなければ、恐らく私はあっさりと処分されることになる。
そんな理不尽なことを受け入れられるはずがない。

「こちらの世界と勝手が違うかも知れませんが、できることからやります。向こうの世界でも働いていましたし、勤務評価も上々でした」
「何を、世迷いごとを!」
「小娘一人雇えないぐらい、財政厳しかったりするんですか?」

一瞬だけ視線をヨルンに向けるが、大切なのはヨルンではなく魔王がどう思うかだ。反応してくれるうちは、可能性はゼロではないと信じて相手を納得させるための理由を探す。

「――人間なんか雇えるか!!」
「でも私は異世界から来た人間です。役に立つかどうか分からないうちに殺すのは勿体なくないですか?」
「人でありながら魔物に味方するか」

変わらぬ平坦な口調ながら、わずかに上がった語尾で質問されたのだと分かった。

「人間ですが、この世界の人たちの役に立とうとは思いません。勝手に連れて来られて生贄扱いされてそんな義理などありません。――私に陛下の役に立つ機会をください」

死は不合理だというけれど、こんな風に殺されるのは絶対に嫌だ。召喚などという理不尽な方法で、あろうことか聖女だからという理由で殺されるなんて絶対に認めたくない。
感情の読めない瞳に不安を覚えつつ、視線を逸らさず魔王の言葉を待つ。

「――名は」
「……リア、です」
「役に立ってみせろ」
「――っ、ありがとうございます!」

許可されたのだと理解するのが一瞬遅れた。お礼を伝えた時には魔王は既に扉の外に消えていた。

背後からは重く深い溜息が聞こえた。
厄介事を押し付けられた気持ちはよく分かる。だけど私も死にたくないので。

「ヨルン様、よろしくお願いいたします!」
「お前、声と言い態度といいさっきと違いすぎだろう…。本性バレてんだから止めろ」

にっこり笑顔で元気よく挨拶すると、ヨルンは心底嫌そうな顔を浮かべる。

「プライベートと仕事は分けるタイプなので。公私混同は良くないですから」

陛下の許可が下りたのだから、どんなに嫌っていても仕事をさせない訳にはいかないだろう。私情を持ち込むなよ、と笑顔で釘を差す。

しっかりその意味が伝わったらしく、苦虫を噛み潰したような表情でヨルンは嘆息した。
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