54 / 60
齟齬
しおりを挟む
「アネット嬢が体調不良だとロバート先生に伝えたのが君だと聞いている」
公爵令息であるリシャールからの呼び出しに男爵令息のケインはすっかり怯えている。話が進まないのは困るが、こちらに敵対心を持っていないだけましだろう。
「別に咎めているわけじゃない。その時の状況を教えて欲しいだけだ。君は彼女と親しい間柄ではなかったと思うが、どうして彼女から伝言を頼まれたのだろうか?」
時折向こう見ずなところもあるが、基本的にアネットは慎重な性格だとリシャールは思っている。あまり良く知らない相手に言伝を頼むのは彼女の性格からして、少し違和感があったためこうして足を運んだのだ。
「あの、正確にはエミリア嬢からです。彼女はアネット嬢の体調が悪いから部屋まで付き添いを頼まれたそうで、授業に間に合いそうにないと。一緒にアネット嬢についても早退する旨伝えて欲しいと言われて引き受けたんです」
(エミリア嬢に……)
たとえ体調が悪かったとしても、アネットがエミリアに付き添いを頼むなど考えにくい。大切なクロエを窮地に追い込んだ張本人に借りを作りたくないはずだ。
「君は二人が一緒にいるところを見たのか?」
「はい、アネット嬢は少し離れたところにいて……二人で階段のほうに向かいました」
そう答えたケインの口調にどこか躊躇いのようなものを感じ取って、リシャールは言葉を重ねた。
「どんな些細なことでも構わない。気になったことがあれば教えて欲しい」
まっすぐにケインの目を見ながら頼むと、ケインは緊張した面持ちで口を開いた。
「アネット嬢は体調が悪いようには見えませんでした。どこか焦っているような表情でしたし、それに寮ではなくて正門の方に向かっているようでした。僕は――エミリア嬢が騙されているのではないかと心配で……」
騙されているという予想外の言葉にリシャールは目を瞠った。アネットがそんなことをする性格ではないし、その必要もないからだ。
リシャールの反応にケインは少し不快そうに眉を寄せる。
「アネット嬢はエミリア嬢をいじめたクロエ嬢の妹君ですし、貴方に心を寄せていたというではありませんか。リシャール様にはお分かりにならないかもしれませんが、女性の嫉妬というのは恐ろしいものです。もう少しエミリア嬢を気遣ってあげて――」
「ちょっと待て」
まくし立てるケインにリシャールは思わず途中で遮った。自分が把握している状況との齟齬が大きすぎるし、ケインが断定するような口調でいることも、嫌な予感に拍車が掛かる。
「もしかして君は俺がエミリア嬢に心を傾けていると思っているのか?」
「吹聴しておりませんのでご安心ください。彼女も家格の差を気にしてお相手の名前を出しませんでしたが、リシャール様以外には考えられませんから」
エミリアとはアネットのこと以外で会話を交わす機会などなく、勘違いさせるような言動を取った覚えもない。この状況はクラリスの件と同じではないかと思い至った途端、ぞわりと肌が波立つような感覚があった。だとすればアネットがどんな目に遭うか分からない。
リシャールの顔色を見て、ケインは自分が言い過ぎたと思ったのだろう。慌てて言葉を付け加えた。
「すみません。でもエミリア嬢なら大丈夫だと思います。僕も二人の後を追うべきか迷ったのですが、門の外に彼女の侍従が待機しているのが見えたんです。彼女の護衛も兼ねているそうですから、何かあっても対処できるでしょう」
その言葉が終わらないうちにリシャールは駆け出していた。
「リシャール様、どうなさったのですか?!」
「緊急だ。城への早馬と護衛の手配を。あと移動用の馬を準備してくれ」
息を切らして戻ってきた主に驚いた様子のレイスだったが、リシャールの言葉にそれ以上訊ねることなく行動に移る。リシャールは執務用の机に向かうと、便箋を取り出し必要な内容を端的に記す。乱雑な文字が自分の焦りを表わしているようだが、丁寧に書きつける余裕などなく、戻ってきたレイスに渡す。
「至急の案件だとカディオ伯爵への取次ぎを。護衛は目立たないよう城下に集めろ。俺はトルイユ子爵家に向かう」
トルイユ子爵家にアネットがいるとは限らない。だが闇雲に探し回るよりも確実に情報を手に入れるほうが良いだろう。
(どうか無事でいてくれ……!)
祈るような気持ちでリシャールはトルイユ子爵家へと馬を走らせた。
公爵令息であるリシャールからの呼び出しに男爵令息のケインはすっかり怯えている。話が進まないのは困るが、こちらに敵対心を持っていないだけましだろう。
「別に咎めているわけじゃない。その時の状況を教えて欲しいだけだ。君は彼女と親しい間柄ではなかったと思うが、どうして彼女から伝言を頼まれたのだろうか?」
時折向こう見ずなところもあるが、基本的にアネットは慎重な性格だとリシャールは思っている。あまり良く知らない相手に言伝を頼むのは彼女の性格からして、少し違和感があったためこうして足を運んだのだ。
「あの、正確にはエミリア嬢からです。彼女はアネット嬢の体調が悪いから部屋まで付き添いを頼まれたそうで、授業に間に合いそうにないと。一緒にアネット嬢についても早退する旨伝えて欲しいと言われて引き受けたんです」
(エミリア嬢に……)
たとえ体調が悪かったとしても、アネットがエミリアに付き添いを頼むなど考えにくい。大切なクロエを窮地に追い込んだ張本人に借りを作りたくないはずだ。
「君は二人が一緒にいるところを見たのか?」
「はい、アネット嬢は少し離れたところにいて……二人で階段のほうに向かいました」
そう答えたケインの口調にどこか躊躇いのようなものを感じ取って、リシャールは言葉を重ねた。
「どんな些細なことでも構わない。気になったことがあれば教えて欲しい」
まっすぐにケインの目を見ながら頼むと、ケインは緊張した面持ちで口を開いた。
「アネット嬢は体調が悪いようには見えませんでした。どこか焦っているような表情でしたし、それに寮ではなくて正門の方に向かっているようでした。僕は――エミリア嬢が騙されているのではないかと心配で……」
騙されているという予想外の言葉にリシャールは目を瞠った。アネットがそんなことをする性格ではないし、その必要もないからだ。
リシャールの反応にケインは少し不快そうに眉を寄せる。
「アネット嬢はエミリア嬢をいじめたクロエ嬢の妹君ですし、貴方に心を寄せていたというではありませんか。リシャール様にはお分かりにならないかもしれませんが、女性の嫉妬というのは恐ろしいものです。もう少しエミリア嬢を気遣ってあげて――」
「ちょっと待て」
まくし立てるケインにリシャールは思わず途中で遮った。自分が把握している状況との齟齬が大きすぎるし、ケインが断定するような口調でいることも、嫌な予感に拍車が掛かる。
「もしかして君は俺がエミリア嬢に心を傾けていると思っているのか?」
「吹聴しておりませんのでご安心ください。彼女も家格の差を気にしてお相手の名前を出しませんでしたが、リシャール様以外には考えられませんから」
エミリアとはアネットのこと以外で会話を交わす機会などなく、勘違いさせるような言動を取った覚えもない。この状況はクラリスの件と同じではないかと思い至った途端、ぞわりと肌が波立つような感覚があった。だとすればアネットがどんな目に遭うか分からない。
リシャールの顔色を見て、ケインは自分が言い過ぎたと思ったのだろう。慌てて言葉を付け加えた。
「すみません。でもエミリア嬢なら大丈夫だと思います。僕も二人の後を追うべきか迷ったのですが、門の外に彼女の侍従が待機しているのが見えたんです。彼女の護衛も兼ねているそうですから、何かあっても対処できるでしょう」
その言葉が終わらないうちにリシャールは駆け出していた。
「リシャール様、どうなさったのですか?!」
「緊急だ。城への早馬と護衛の手配を。あと移動用の馬を準備してくれ」
息を切らして戻ってきた主に驚いた様子のレイスだったが、リシャールの言葉にそれ以上訊ねることなく行動に移る。リシャールは執務用の机に向かうと、便箋を取り出し必要な内容を端的に記す。乱雑な文字が自分の焦りを表わしているようだが、丁寧に書きつける余裕などなく、戻ってきたレイスに渡す。
「至急の案件だとカディオ伯爵への取次ぎを。護衛は目立たないよう城下に集めろ。俺はトルイユ子爵家に向かう」
トルイユ子爵家にアネットがいるとは限らない。だが闇雲に探し回るよりも確実に情報を手に入れるほうが良いだろう。
(どうか無事でいてくれ……!)
祈るような気持ちでリシャールはトルイユ子爵家へと馬を走らせた。
21
お気に入りに追加
2,120
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢は推し活中〜殿下。貴方には興味がございませんのでご自由に〜
みおな
恋愛
公爵家令嬢のルーナ・フィオレンサは、輝く銀色の髪に、夜空に浮かぶ月のような金色を帯びた銀の瞳をした美しい少女だ。
当然のことながら王族との婚約が打診されるが、ルーナは首を縦に振らない。
どうやら彼女には、別に想い人がいるようで・・・

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました
かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中!
そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……?
可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです!
そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!?
イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!!
毎日17時と19時に更新します。
全12話完結+番外編
「小説家になろう」でも掲載しています。

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!
夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。
しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。
ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。
愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。
いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。
一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ!
世界観はゆるいです!
カクヨム様にも投稿しております。
※10万文字を超えたので長編に変更しました。
推ししか勝たん!〜悪役令嬢?なにそれ、美味しいの?〜
みおな
恋愛
目が覚めたら、そこは前世で読んだラノベの世界で、自分が悪役令嬢だったとか、それこそラノベの中だけだと思っていた。
だけど、どう見ても私の容姿は乙女ゲーム『愛の歌を聴かせて』のラノベ版に出てくる悪役令嬢・・・もとい王太子の婚約者のアナスタシア・アデラインだ。
ええーっ。テンション下がるぅ。
私の推しって王太子じゃないんだよね。
同じ悪役令嬢なら、推しの婚約者になりたいんだけど。
これは、推しを愛でるためなら、家族も王族も攻略対象もヒロインも全部巻き込んで、好き勝手に生きる自称悪役令嬢のお話。

傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ
悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。
残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。
そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。
だがーー
月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。
やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。
それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。
扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋
伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。
それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。
途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。
その真意が、テレジアにはわからなくて……。
*hotランキング 最高68位ありがとうございます♡
▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる