転生令嬢、シスコンになる ~お姉様を悪役令嬢になんかさせません!~

浅海 景

文字の大きさ
上 下
34 / 60

傷心

しおりを挟む
「明日から新学期が始まるというのに、こんな場所にいていいのかい?」

声を掛ければちらりと琥珀色の瞳がこちら向けたが、またすぐに窓の方に視線を戻してしまう。窓の外には何も珍しいものはなく、人との関わりを避けるためだけの行為だと分かっていたが、そろそろ止めさせるべきだろう。

リシャールは既に6日連続で王族専用の書庫に来てはただ物憂げにぼんやりと時を過ごしていた。その原因が分かっているからこそ、セルジュは邪魔することなくそっとしておいたのだ。
動揺と痛みを伴った婚約者の言葉が脳裏によぎる。

『わたくしが、余計なことをしてしまったせいで――』
辛そうな表情に胸が詰まったが、普段は弱音を吐かないクロエが躊躇いながらも打ち明けてくれたのだ。そのことがセルジュにとってどれだけ嬉しかったことか――。

(気にしていないと思っていたのに、本当は気にしていたんだな)
そんな自分に苦笑する。

あの日リシャールと二人で話したいとクロエから告げられた時には、心が揺れることもなく、必要なことなのだろうと気軽に了承したのだが、無意識のうちに淡いわだかまりを抱いていたようだ。
アネットへの婚約の申し入れをきっかけに、クロエはあの日リシャールと交わした会話も含めてセルジュに伝えてくれていた。

彼女が望み、願うことなら何でも叶えてあげたい。けれどもそれが自分との関係性を断つようなものであれば、絶対に許すつもりはないだろう。
自分でも意外なほどの執着を向けていることに呆れながらも、それ以上に誇らしい気持ちが先に立つ。

クロエは確かに美しいが、それだけが彼女の魅力ではない。そしてそれを見抜き、繊細なガラスのような柔らかい部分を守り育んだのはアネットなのだ。だからセルジュはアネットに感謝しているし、彼女が困っているなら力になってやりたいと思っている。

それでも身分は時に枷となり思うように動けない。クラリスの件でセルジュが対処したのはそんな未来の義妹を守るために万全を期そうとした結果なのだが、そのせいで余計な人物の注意を引いてしまった可能性が出てきてしまった。

「……大丈夫だ。明日からはきちんと振舞うし――彼女には近づかないようにする」

セルジュがその場に留まっていると、ややあってリシャールはぽつりと告げた。名前を呼ぶのを躊躇うほどに、心を痛めているのだと分かる。

「…まだ婚約者候補だ。遅かれ早かれルヴィエ侯爵家の後継を望む者たちが出てくることは分かっていただろう?それにアネット嬢はそれを望んでいないようだ」
既に理解しているはずのことを敢えて告げてみせたセルジュに、リシャールはようやく視線を合わせた。

「……彼女が望まなくても婚約は家同士の契約だ。本人の意思など関係ないし、俺個人の身勝手な想いなど無意味だし彼女にとっては迷惑でしかないだろう」

(そんな沈鬱な表情をして無関係などとよく言える)

現在繊細な心理状態である従弟に告げるには、少々酷かもしれないとセルジュは心の裡だけに留める。
手段がないわけではない。リシャールがアネットに婚約を申し込めばいいのだ。
公爵家としても縁づく貴族との選択肢は多くないし、侯爵家であれば身分差もさほど大きな障害とならない。

それでもリシャールがそれをしないのは、自分とクロエの婚約に続き王家に近しいナビエ公爵家までもがルヴィエ家と婚約を交わすことで、権力の集中が危ぶまれるからだ。
そしてそれ以上にリシャールが厭っているのは、アネットの意向を無視して婚約を申し込むことで彼女に軽蔑されることにある。

優しいと評されることの多いセルジュだが、自分の冷淡さを知る者は身内を含めてごく僅かしかいない。もし逆の立場であれば、セルジュはリシャールの立場を慮ることなく、自分の望みを叶えようと奔走しただろう。そして愛しい人の気を惹くために、使える手札を容赦なく利用し手に入れようとする。
従弟の純粋な側面を知って微笑ましい気持ちを覚えたこともあるが、それでは彼の望みは叶わない。

「……クロエが随分と心配していたけど、フェルナン殿からの贈り物より君が贈った本のほうが余程喜んでくれていたそうじゃないか」

歯痒さを感じつつもリシャールの気分を紛らわせようと話題をずらせば、わずかに雰囲気が緩む。
クロエはリシャールを牽制したせいで、アクセサリーなどの貴金属を選ばなかったのではないかとを気にしていた。そして初めて貴族令嬢らしい贈り物をしたのがフェルナンだったことも、クロエが罪悪感を覚える理由になったらしい。

クロエから預かった手紙はセルジュとリシャールそれぞれ別々にもらったため、どのような内容かは分からないが、その様子を聞いていたのできっと正直な喜びと感謝のこもった手紙だったのだろうと推測できる。

「そうだな。……最期の贈り物になったとしても、喜んでくれる物を渡せて良かった」

どうやっても堂々巡りの思考になってしまうようだ。
高潔であろうとするがゆえに自分の願望を押し殺そうとする不器用な従弟に、何かしてやれることはあるだろうかとセルジュは再び考えを巡らせた。

しおりを挟む
感想 72

あなたにおすすめの小説

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

今更「結婚しよう」と言われましても…10年以上会っていない人の顔は覚えていません。

ゆずこしょう
恋愛
「5年で帰ってくるから待っていて欲しい。」 書き置きだけを残していなくなった婚約者のニコラウス・イグナ。 今までも何度かいなくなることがあり、今回もその延長だと思っていたが、 5年経っても帰ってくることはなかった。 そして、10年後… 「結婚しよう!」と帰ってきたニコラウスに…

【完結】本当の悪役令嬢とは

仲村 嘉高
恋愛
転生者である『ヒロイン』は知らなかった。 甘やかされて育った第二王子は気付かなかった。 『ヒロイン』である男爵令嬢のとりまきで、第二王子の側近でもある騎士団長子息も、魔法師協会会長の孫も、大商会の跡取りも、伯爵令息も 公爵家の本気というものを。 ※HOT最高1位!ありがとうございます!

【完結】婚約破棄されて処刑されたら時が戻りました!?~4度目の人生を生きる悪役令嬢は今度こそ幸せになりたい~

Rohdea
恋愛
愛する婚約者の心を奪った令嬢が許せなくて、嫌がらせを行っていた侯爵令嬢のフィオーラ。 その行いがバレてしまい、婚約者の王太子、レインヴァルトに婚約を破棄されてしまう。 そして、その後フィオーラは処刑され短い生涯に幕を閉じた── ──はずだった。 目を覚ますと何故か1年前に時が戻っていた! しかし、再びフィオーラは処刑されてしまい、さらに再び時が戻るも最期はやっぱり死を迎えてしまう。 そんな悪夢のような1年間のループを繰り返していたフィオーラの4度目の人生の始まりはそれまでと違っていた。 もしかしたら、今度こそ幸せになれる人生が送れるのでは? その手始めとして、まず殿下に婚約解消を持ちかける事にしたのだがーー…… 4度目の人生を生きるフィオーラは、今度こそ幸せを掴めるのか。 そして時戻りに隠された秘密とは……

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

処理中です...