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お姉様に会おう大作戦
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(ジョアンヌ先生もお姉様の魅力の理解者だなんて、最高だわ!あ、これが推し友というものでは?ふふふ、お姉様のお話を聞くためにももっと頑張らなくちゃ!)
きちんとその日の授業内容が合格点に達したらお姉様との思い出を教えてくれるというのだ。気合が入らない訳がない。人参に釣られる馬のようだが、生徒の願望を把握しモチベーションを高めてくれるジョアンヌの指導はアネットにぴったりだった。
しかしながら順調に思えたアネットの生活も長くは続かなかった。
「何でお姉様に会えないのよ!?」
八つ当たりでクッションをグーで殴るが、ぽすぽすという気の抜けた音がするだけでささくれた気持ちに拍車がかかる。物に当たるのを諦めてソファーに転がり、ぼんやりと天井を見つめた。
忙しいシリルはもちろん、この時間帯はジョゼも傍にいないのが分かっているからこそ、堂々と不満を口にできるし令嬢らしからぬ恰好も許されるのだ。
教育の機会や質の良い食事や快適な暮らしを与えられているのに、文句を言うなど我儘だと分かっているから、時折こうやって愚痴を吐くことでガス抜きをしている。
屋敷に来て1ヶ月、クロエとはもう2週間以上会うどころか姿すら見かけていない。マナーが不完全だという理由で家族とは別に自室で食事を摂るように言われていた。
ならば偶然を装って会おうと、運動と称して日に2度、3度中庭に出ていたのだがクロエとすれ違うこともない。ジョゼから令嬢が日焼けするのは好ましくないと言われて回数を減らされ、日傘を差して庭を散策しながら屋敷にさりげなく視線を向けるが、そもそもクロエの部屋すら知らない状態だ。
シリルに頼めば、もしかしたらという希望もあるが、無駄に借りを作りたくないし駄目だった時に今以上に落ち込むことが目に見えているため簡単に頼むことができない。
ジョアンヌからクロエの話を聞くことが唯一の癒しの時間だったが、同じ邸内にいるのに会えないという現実に悲しくなるのもまた事実だった。
(いえ、きっと私の努力が足りないんだわ!落ち込んでいる暇があるなら会える方法を探すまでよ)
アネットは自分の頬を叩いて気合を入れると、クロエに会うための作戦を考え始めた。
「お姉様に会いたい…」
涙を浮かべて上目遣いでジョゼにねだってみた。
「クロエ様も第二王子殿下の婚約者として勉学に励んでいるのですよ。焦らなくてもそのうちお会いできますから、アネット様も頑張りましょうね」
泣き落とし作戦、失敗。
「お姉様にお手紙を書いてみたの。届けてくれる?」
まだ拙い字だが、丁寧に気持ちを込めて書いたものだ。きちんと封筒に入れてジョゼに託したが、顰め面をしたメイドから突き返されてしまった。
曰く、お姉様は忙しくて遊びに付き合っている暇はないとのこと。
まずは文通から始めてみよう作戦、失敗。
「うん、なかなかよく出来ているわ」
中庭で見つけた四つ葉のクローバーと青いパンジーを押し花にして栞を作った。青はもちろんクロエの瞳の色を意識したものだ。
「これをお姉様に渡してほしいの」
差し出した栞を見て、ジョゼが悲しそうな顔をする。その顔を見て何となく気づいてしまったが、一縷の望みをかけて託すことにした。
「アネット様、申し訳ございません!」
泣きながら謝罪するジョゼを慰めながら、アネットはプレゼント作戦も失敗に終わったことを悟った。
(もう、どうしたらいいのかしら)
簡単に会えるとは思っていなかったが、こうも取り付くしまがないと流石にへこむ。
「アネット様、聞いているのですか?」
平坦な声に冷ややかさが混じっている。授業中にもかかわらず、気づけばクロエのことを考えてしまっていた。
「ジョアンヌ先生、申し訳ありません」
「ただでさえ貴女は他の令嬢と比べて出遅れているのです。ルヴィエ侯爵令嬢として相応しい振る舞いが出来なければ、貴女のお姉様も恥を掻くのですよ」
ジョアンヌの叱責はいつも通りで、正しい発言でもあるのだが今のアネットにとってそれは傷口に塩を塗りこまれるような辛さがあった。
もともとクロエからも妹として認めないと言われていたのだ。どんなに頑張ってもクロエが会いたいと思ってくれなければ、アネットの努力は無駄というかむしろ嫌がらせなのかもしれない。
自分の考えにじわじわと涙が込み上げてくる。人前で泣くのは淑女失格だ。アネットは涙を隠すように立ち上がり、引き出しに入れていた栞を取り出した。
「ジョアンヌ先生、もしよろしければこれをもらってくれませんか?」
クロエに渡したものとは別に練習のため作っていたものだが、綺麗にできたので取っておいたのだ。
「あら、アネット様が作ったのですか?良く出来ていますね」
お世辞ではなく心から思っているような声が思いの外優しくて、アネットはもう我慢できなかった。ぼろぼろと涙を零すアネットをジョアンヌは何も言わずにただ静かに見守っていた。
「…貴女には辛いかもしれませんが、私には侯爵夫人の気持ちも分かるのですよ」
落ち着いたアネットから事の経緯を聞いたジョアンヌは静かに口を開いた。
「政略結婚も浮気も珍しいことではありません。突然自分の娘と同じぐらいの年頃の子供がいると知らされれば、心中穏やかではないでしょうし、その娘に寛容な態度を取れる女性は残念ながら少数でしょう」
アネットもそれは分かっている。デルフィーヌが自分に対する態度がきつくても仕方ないことだと割り切るしかない。
「貴女は何も悪くありません。ただクロエ様と仲良くなるのは侯爵夫人の気持ちを逆撫でする——不愉快にさせるということだけは覚えておきなさい」
「どうしてですか?」
アネットはその言葉に納得できなかった。
「お義母様が私のことを嫌いになるのは分かります。お父様と別の女性の子供であって自分の子供ではないのに面倒を見なければいけないからです。でも私とお姉様は姉妹なのに、どうして仲良くしてはいけないのですか?これは私とお姉様のことで、お義母様の問題とは別のはずです」
二度目にクロエと会った時、驚いたような表情のあとでほんの一瞬悲しそうな顔をしたのをアネットは見ていた。初対面の時だってアネットのことを認めないと言ったのに、アネットに対して嫌悪の表情を浮かべていなかったのだ。
(本当に嫌っているならずっと嫌そうな顔をしているはずなのに)
だからアネットはクロエに心底嫌われているとは思っていない。
だけどこのままでは距離が開く一方で、本当に仲の悪い姉妹になってしまう。そう思って距離を縮めようと焦っていたことにアネットはジョアンヌとの話の中で気づかされた。
「確かにアネット様の言うことも一理ありますね」
取り乱した自分が恥ずかしくなって俯いていると、ジョアンヌは何故か納得したような声で言った。
「かなり時間を無駄にしてしまいましたが、授業を再開しますよ。しっかり授業を受けるのなら、次回は特別授業を実施しましょう」
特別授業が何を指すのか分からなかったが、失点を取り返すべくアネットは真剣にジョアンヌの言葉に耳を傾けた。
きちんとその日の授業内容が合格点に達したらお姉様との思い出を教えてくれるというのだ。気合が入らない訳がない。人参に釣られる馬のようだが、生徒の願望を把握しモチベーションを高めてくれるジョアンヌの指導はアネットにぴったりだった。
しかしながら順調に思えたアネットの生活も長くは続かなかった。
「何でお姉様に会えないのよ!?」
八つ当たりでクッションをグーで殴るが、ぽすぽすという気の抜けた音がするだけでささくれた気持ちに拍車がかかる。物に当たるのを諦めてソファーに転がり、ぼんやりと天井を見つめた。
忙しいシリルはもちろん、この時間帯はジョゼも傍にいないのが分かっているからこそ、堂々と不満を口にできるし令嬢らしからぬ恰好も許されるのだ。
教育の機会や質の良い食事や快適な暮らしを与えられているのに、文句を言うなど我儘だと分かっているから、時折こうやって愚痴を吐くことでガス抜きをしている。
屋敷に来て1ヶ月、クロエとはもう2週間以上会うどころか姿すら見かけていない。マナーが不完全だという理由で家族とは別に自室で食事を摂るように言われていた。
ならば偶然を装って会おうと、運動と称して日に2度、3度中庭に出ていたのだがクロエとすれ違うこともない。ジョゼから令嬢が日焼けするのは好ましくないと言われて回数を減らされ、日傘を差して庭を散策しながら屋敷にさりげなく視線を向けるが、そもそもクロエの部屋すら知らない状態だ。
シリルに頼めば、もしかしたらという希望もあるが、無駄に借りを作りたくないし駄目だった時に今以上に落ち込むことが目に見えているため簡単に頼むことができない。
ジョアンヌからクロエの話を聞くことが唯一の癒しの時間だったが、同じ邸内にいるのに会えないという現実に悲しくなるのもまた事実だった。
(いえ、きっと私の努力が足りないんだわ!落ち込んでいる暇があるなら会える方法を探すまでよ)
アネットは自分の頬を叩いて気合を入れると、クロエに会うための作戦を考え始めた。
「お姉様に会いたい…」
涙を浮かべて上目遣いでジョゼにねだってみた。
「クロエ様も第二王子殿下の婚約者として勉学に励んでいるのですよ。焦らなくてもそのうちお会いできますから、アネット様も頑張りましょうね」
泣き落とし作戦、失敗。
「お姉様にお手紙を書いてみたの。届けてくれる?」
まだ拙い字だが、丁寧に気持ちを込めて書いたものだ。きちんと封筒に入れてジョゼに託したが、顰め面をしたメイドから突き返されてしまった。
曰く、お姉様は忙しくて遊びに付き合っている暇はないとのこと。
まずは文通から始めてみよう作戦、失敗。
「うん、なかなかよく出来ているわ」
中庭で見つけた四つ葉のクローバーと青いパンジーを押し花にして栞を作った。青はもちろんクロエの瞳の色を意識したものだ。
「これをお姉様に渡してほしいの」
差し出した栞を見て、ジョゼが悲しそうな顔をする。その顔を見て何となく気づいてしまったが、一縷の望みをかけて託すことにした。
「アネット様、申し訳ございません!」
泣きながら謝罪するジョゼを慰めながら、アネットはプレゼント作戦も失敗に終わったことを悟った。
(もう、どうしたらいいのかしら)
簡単に会えるとは思っていなかったが、こうも取り付くしまがないと流石にへこむ。
「アネット様、聞いているのですか?」
平坦な声に冷ややかさが混じっている。授業中にもかかわらず、気づけばクロエのことを考えてしまっていた。
「ジョアンヌ先生、申し訳ありません」
「ただでさえ貴女は他の令嬢と比べて出遅れているのです。ルヴィエ侯爵令嬢として相応しい振る舞いが出来なければ、貴女のお姉様も恥を掻くのですよ」
ジョアンヌの叱責はいつも通りで、正しい発言でもあるのだが今のアネットにとってそれは傷口に塩を塗りこまれるような辛さがあった。
もともとクロエからも妹として認めないと言われていたのだ。どんなに頑張ってもクロエが会いたいと思ってくれなければ、アネットの努力は無駄というかむしろ嫌がらせなのかもしれない。
自分の考えにじわじわと涙が込み上げてくる。人前で泣くのは淑女失格だ。アネットは涙を隠すように立ち上がり、引き出しに入れていた栞を取り出した。
「ジョアンヌ先生、もしよろしければこれをもらってくれませんか?」
クロエに渡したものとは別に練習のため作っていたものだが、綺麗にできたので取っておいたのだ。
「あら、アネット様が作ったのですか?良く出来ていますね」
お世辞ではなく心から思っているような声が思いの外優しくて、アネットはもう我慢できなかった。ぼろぼろと涙を零すアネットをジョアンヌは何も言わずにただ静かに見守っていた。
「…貴女には辛いかもしれませんが、私には侯爵夫人の気持ちも分かるのですよ」
落ち着いたアネットから事の経緯を聞いたジョアンヌは静かに口を開いた。
「政略結婚も浮気も珍しいことではありません。突然自分の娘と同じぐらいの年頃の子供がいると知らされれば、心中穏やかではないでしょうし、その娘に寛容な態度を取れる女性は残念ながら少数でしょう」
アネットもそれは分かっている。デルフィーヌが自分に対する態度がきつくても仕方ないことだと割り切るしかない。
「貴女は何も悪くありません。ただクロエ様と仲良くなるのは侯爵夫人の気持ちを逆撫でする——不愉快にさせるということだけは覚えておきなさい」
「どうしてですか?」
アネットはその言葉に納得できなかった。
「お義母様が私のことを嫌いになるのは分かります。お父様と別の女性の子供であって自分の子供ではないのに面倒を見なければいけないからです。でも私とお姉様は姉妹なのに、どうして仲良くしてはいけないのですか?これは私とお姉様のことで、お義母様の問題とは別のはずです」
二度目にクロエと会った時、驚いたような表情のあとでほんの一瞬悲しそうな顔をしたのをアネットは見ていた。初対面の時だってアネットのことを認めないと言ったのに、アネットに対して嫌悪の表情を浮かべていなかったのだ。
(本当に嫌っているならずっと嫌そうな顔をしているはずなのに)
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「確かにアネット様の言うことも一理ありますね」
取り乱した自分が恥ずかしくなって俯いていると、ジョアンヌは何故か納得したような声で言った。
「かなり時間を無駄にしてしまいましたが、授業を再開しますよ。しっかり授業を受けるのなら、次回は特別授業を実施しましょう」
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