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第1章

魔王に看病されました

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(ようやく、というかむしろ今更ですか……)

姫が帰りたがっているという話を聞いた時、アーベルは思った。攫われてきたにも関わらず悲嘆に暮れるわけでもなく、かといって無理に気丈に振舞っているわけでもなく、当たり前のように日々を過ごす姫を内心不審に思っていた。ミアとも気安く雑談に興じる様子を見て、陛下の選んだ相手だからそれなりに豪胆な人間なのかもしれない、と自らを納得させていたのだが。

攫われてきた姫の立場からすれば無理もないが、主の望みとは相容れない。当然叶うはずもないが、陛下は先ほどから思案しているようである。紙に何かを書き留めると、アーベルに無言で手渡した。

「これは……?」
そこに書かれた素材は珍しいものではないが、何故主がこれらを必要とするのか見当もつかない。疑問に思いつつも、主の命を果たすためアーベルは使いをやることにした。



目覚めたときの気分は最悪だった。覚えていないが、とても嫌な夢を見た気がする。魔王に肩を揺すられて一気に現実へと引き戻された。

「……大丈夫か」
全身がだるく、頭も痛い。明らかに風邪の症状だった。久しぶりの外出だったし、寒空の下で感情的になりすぎた。帰りに寒気を感じていたのは気温のせいではなく風邪の前兆だったらしい。

「寝ていろ。すぐ戻る」
佑那の様子を見て短く告げると、魔王は足早に部屋から出て行った。

それからすぐにアーベルを連れて戻ってくると問診と検査などを一通り行う。アーベルは持ってきた薬草を調合して薬湯を作ると佑那に差し出した。手渡されたお椀の中身は深緑をしていて、見るからに苦そうである。口元に近づけると漢方薬のような独特な香りが漂う。

「……!」
一口含んだだけ思わず噎せてしまった。

(めちゃくちゃ苦い!!)

「薬湯ですからね。苦くなくては効果がありません」
思わずアーベルを見ると涼しい顔であっさりと言われた。

魔王からの視線を感じるが、昨日の一件から目を合わせることができない。涙目になりながらも何とか全て飲み下すと、別の器が差し出された。

「口直しだ」
魔王から差し出された器を受け取り、恐る恐る飲むと爽やかな甘さで果実を絞ったものだと分かった。口の中に残っていた苦みが和らいでいく。

「……ありがとうございます」
空になった器を返しながら、俯いたまま礼をいった。安静にするようにと言い残してアーベルは部屋から出て行ったが、魔王はベッドの隣に腰かけたまま佑那に視線を向けている。

「あの、あまり見られていると休みにくいのですが…」
「気にするな」

(気になるわ!)

遠慮がちに告げたが、きっぱりと告げられた言葉に佑那は心の中で毒づいた。
だがこういう時は何を言っても無駄だということは経験済みだ。そもそも話す気力もないので仕方なく目を閉じる。

大事にされているとは思うのだ。けれど自由を奪われた状態であるため、どうしても所有されているという事実を意識させられる。自分をオコジョと同様だと感じたのはそういうところだろう。もやもやするのは監禁されていることなのか、想いを告げられたことなのか。

(私はどうしたいんだろう?)
熱のせいで頭がはっきりしないし、寒気がしてきた。

考えに耽っている間に衣擦れの音が遠ざかって、魔王が部屋から出て行ったのが分かった。部屋が急に静けさを増し、何だか心細くてたまらない。そう思ってしまい、昨日からどうも感情の起伏が激しい自分に呆れてしまう。

(休みづらいと言ったのは自分なのに、いなくなると寂しく思うなんて……どうかしてる)

再びドアが開く音がして、毛布の重さと暖かさが増した。佑那が寒がっていることに気づいて、用意してくれたようだ。魔王が傍にいる気配を感じて、佑那は何だか安心した気持ちで眠りに落ちた。

目が覚めた時にはまだ体にだるさが残っているものの、頭痛や寒気は収まっていた。熱も微熱程度に下がったようだ。

「気分はどうだ」
魔王が額に手を置き、佑那の顔を覗きこむ。触れられた手の感覚を知っている気がした。熱で朦朧とした意識の中で、ひんやりとしたものが額や頬っぺたに触れて心地が良かったのを覚えている。

(ずっとそばにいてくれたんだ……)

「…だいぶ良くなりました」
「まだ寝ていろ」

過保護だなと思ったが、まだ完全に治ったとは言い難いので反論せず横になる。寝ている間に汗をかいたせいで、喉が渇いていた。

「すみません。水を頂いてもよいですか」

魔王は頷くと佑那から手を放し、部屋を離れる。たくさん眠ったはずなのに、横になった途端瞼が重くなって目を閉じる。魔王が戻ってきたら起きよう、と思っていたのにサイドテーブルに何かを置く音が聞こえても夢と現実の間を意識が彷徨う。
億劫さと喉の渇きを天秤にかけていると、冷たい指が顎にかかりそれが唇に触れる。

「っ……!!」
驚いて目を開くとベッドに片膝をついた魔王が視界に映る。

(うっわ、近い、近い!)
「姫、水を」

よく見れば片手に吸い飲みを持っており、寝たままの状態で飲めるよう準備をしてくれたようだ。慌てて身体を起こそうとすれば、魔王にしっかりと寝かしつけられる。

「あの、もう大丈夫ですよ」
「まだ完治していないだろう。アーベルが安静にさせよと」
「水を飲む間くらい、起きても大丈夫です――…っくしゅん!」

タイミングが悪かったおかげで、肩までしっかりと掛布を引き上げられてしまった。
仕方なく顔を横に向けて吸い飲みに口を付けると、魔王は真剣な表情で顎を支えながら吸い飲みを傾ける。

(噎せないように気遣ってくれているんだけど、飲みづらい……)

熱に浮かされている時はあまり気にならなかったのに、意識がはっきりしている状態で触れられるとどうしていいか分からない。告白されたのに素知らぬ顔でいられるほど図太くはないのだ。

愛しいとか手放せないとか言葉だけ聞けば、まるで溺愛されているのではないかと勘違いしそうなことを囁かれた。その言葉を額面通りに受け取ってはいけないのだと自分に言い聞かせるのだが、あんな風に求められたのは初めてで頭の中で反芻してしまう。

「顔が赤い。やはりまだ十分ではないのだろう」

告白された時のことを考えていたとはいえず、佑那はわざわざ訂正しなかった。そのせいでまた苦すぎる薬湯を飲む羽目になったのは自業自得と言えるのかもしれない。
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