上 下
10 / 47
第1章

迷う側近と迷走気味な思考

しおりを挟む
アーベルは機嫌が悪かった。姫が来てからというもの、イレギュラーな仕事が増えたせいだ。
書庫への案内はまだしも、菓子作りなど今までしたことがなかったし、そんなもの自分の仕事ではないと思っている。

だが好きなものを与えてみるよう提案したのは他ならぬアーベル自身だ。他の者に任せてしまえば、どうしてただの人間をそんなに丁重に扱うのかと疑念を抱かれてしまう可能性がある。
そうなれば陛下の変調に気づかれてしまうかもしれない。それはアーベルが阻止しなければならない最重要事項である。

そのためには仕方のないことだと自身に言い聞かせるが、苛立ちは収まらない。唯一この状況を知っているミアは、元々アーベルが拾った魔物でまじめで口も堅く信用できる。彼女を姫付きの侍女にしたのはそのためであるが、如何せんミアは不器用で料理が大の苦手だった。

(もう少し器用なら代わりに任せられることも多いのだがな……)

雑多な仕事が一段落し、ようやく通常の業務に取り掛かろうとしたところだった。
陛下がふらりと部屋に現れるなり、アーベルに言った。

「姫に見つめられると、鼓動が早くなるのはどうしてだろうか」

(………聞きたくなかった!)
アーベルは思わず頭を抱えそうになった。想定した中で最も避けたい事態である。しかも自覚症状がないときた。

(いやこれは逆にチャンスではないか?)
適当な理由をでっち上げて姫を追い出すなり、殺すなりの方向にもっていけないだろうか。主に嘘を吐くなどあってはならないが、主のためなら許されるだろう。

「ああ、それから姫が喜んでいた。お前が言ったとおりにして良かった」

葛藤するアーベルをよそに淡々と主から告げられた言葉で、迷いは消えた。例え自分がどう思おうと主の願いを叶えることが自分の役割なのだ。陛下の信頼には応えねばなるまい。

アーベルはまず主の異変についての理由を伝えることから始めた。




「魔物といっても大きく二種類に分かれています。一つは動物の姿をしたもので野生の動物よりも俊敏性や凶暴性が高く人を襲うこともありますが、退治もそこまで困難ではありません。然るべき対応が取れれば一般人でも退治可能です。厄介なのは人と同様の外見と高い知性を持つ魔物です。レベルの違いはありますが、魔術を操るため一般の人間では太刀打ちできないでしょう。最も人と接触することは好まない傾向にあるようで、領地から出てくるような変わり者は多くないようですね」

そもそも魔物とは何かと尋ねた佑那に、ウィルは書物整理の手を止めて説明を始めた。

「単独行動を基本としますが、並外れた魔力を持つ者には本能的に隷属する傾向があります。その頂点に立つ者が魔王です。現在の魔王についての情報はあまり多くありませんが、その力は歴代の魔王を凌ぐとも言われています。感情を持たず冷酷非道で歯向かうものは同族ですら容赦しないという噂です」

(弱肉強食はどの世界でも同じなのね)
のんきな感想を抱きながらも、佑那は大事なことを確認する。

「魔王か……。できれば関わり合いになりたくないけど、災いを取り除くって大本の原因となる魔王を退治するって意味じゃないよね?」
「さすがにユナにそこまでさせられませんよ。第一、魔王がいるから魔物の統制が取れているという側面もあると思いますし。魔物が侵入しなければ、皆が安心して暮らせるようになる。そのお手伝いをしていただければ助かります」

苦笑交じりにウィルは告げたのだった。



(魔王の噂って見た目からのイメージもあるのかもしれないよね)

事前にウィルから聞いた話とのギャップがあり過ぎることに、佑那は今更ながらそのことについて考えを巡らせた。
あの見事なまでの無表情はそういう噂が立っても当然だという気がする。だが冷酷非道な男が靴を失くしたからといって抱えて部屋まで連れて行ってくれたり、三度の食事に加えておやつまで提供してくれたりはしないと佑那は思うのだ。

(もっともその前に誘拐と監禁をしている現状も忘れてはいけないのだけどね)

魔王の性格についてはまだ自分が知らない部分もあるのだろうから、簡単に判断できないが早々に確かめなければいけないのは佑那、というかフィラルド国王女に求婚した理由だろう。
以前ははぐらかされてしまったが、今まで没交渉だったのに急に気まぐれを起こして一国の姫を攫った上求婚までするなんて、よほどの理由があるのではないだろうか。

(まあ、何だか魔王なら変わり者っぽいし、本当に気まぐれだっていう可能性としては無きにしもあらずなんだけど……それは一旦置いておくとして!)

攫った理由だけでいうと、興味を持たれているとは感じる。
言ってみれば子供が新しい玩具を手に入れたというか、いやむしろペットが一番近いのかもしれない。珍しいペットを飼い始めて気になるから頻繁に様子をうかがったり、ちょっかいを出しているという感覚だ。

ペット扱いは不本意だけど、そう考えれば魔王の行動も納得いく部分が多い。だけどそうなると今度は求婚された理由が分からない。

(結婚はやっぱり姫の身分を利用しないといけないような目的があるんじゃないかな?そうじゃないとわざわざ結婚するメリットってないもんね)

じゃあそのメリットとは何か。延々と自問しているが、どれもあまりしっくりこない。
ーー魔王は何を企んでいるのだろう?


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

【完結】ペンギンの着ぐるみ姿で召喚されたら、可愛いもの好きな氷の王子様に溺愛されてます。

櫻野くるみ
恋愛
笠原由美は、総務部で働くごく普通の会社員だった。 ある日、会社のゆるキャラ、ペンギンのペンタンの着ぐるみが納品され、たまたま小柄な由美が試着したタイミングで棚が倒れ、下敷きになってしまう。 気付けば豪華な広間。 着飾る人々の中、ペンタンの着ぐるみ姿の由美。 どうやら、ペンギンの着ぐるみを着たまま、異世界に召喚されてしまったらしい。 え?この状況って、シュール過ぎない? 戸惑う由美だが、更に自分が王子の結婚相手として召喚されたことを知る。 現れた王子はイケメンだったが、冷たい雰囲気で、氷の王子様と呼ばれているらしい。 そんな怖そうな人の相手なんて無理!と思う由美だったが、王子はペンタンを着ている由美を見るなりメロメロになり!? 実は可愛いものに目がない王子様に溺愛されてしまうお話です。 完結しました。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

外では氷の騎士なんて呼ばれてる旦那様に今日も溺愛されてます

刻芦葉
恋愛
王国に仕える近衛騎士ユリウスは一切笑顔を見せないことから氷の騎士と呼ばれていた。ただそんな氷の騎士様だけど私の前だけは優しい笑顔を見せてくれる。今日も私は不器用だけど格好いい旦那様に溺愛されています。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

乙女ゲームの悪役令嬢は断罪回避したらイケメン半魔騎士に執着されました

白猫ケイ
恋愛
【本編完結】魔法学園を舞台に異世界から召喚された聖女がヒロイン王太子含む7人のイケメンルートを選べる人気のゲーム、ドキ☆ストの悪役令嬢の幼少期に転生したルイーズは、断罪回避のため5歳にして名前を変え家を出る決意をする。小さな孤児院で平和に暮らすある日、行き倒れの子供を拾い懐かれるが、断罪回避のためメインストーリー終了まで他国逃亡を決意。 「会いたかったーー……!」 一瞬何が起きたか理解が遅れる。新聞に載るような噂の騎士に抱きすくめられる様をみた、周囲の人がざわめく。 【イラストは自分で描いたイメージです。サクッと読める短めのお話です!ページ下部のいいね等お気軽にお願いします!執筆の励みになります!】

処理中です...