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第2章
手放せない痛み
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懐かしい夢を見た。
覚醒するとともに彼女の笑顔がかすんでいくのを留めるかのように、腕が何もない空間を掻いた。少し汗ばむシャツが不快で体を起こすとだいぶ日が傾いている。
昼前に拠点に戻り簡単な報告だけしてそのまま眠ってしまったようだ。
胸の痛みに気づかない振りをして汗を流し、たまった書類に目を通しているとノックの音がした。直属の部下であってもギルバートの部屋を訪れる者は少ない。
「入れ」
「失礼します」
意外な人物の訪れを意外に思いながら、いつものように薄っぺらい笑みを貼りつける。
「何をやらかしたんだ、リッツ」
訓練で散々調教したリッツはギルバートを苦手に思っている。もっともギルバートからしてみれば、直情型の子供を躾けるのは得意なほうだからラウルに比べるとずっとやりやすかった。
「俺に訓練をつけてください」
思わず笑いが漏れた。自主練習に励んでいると報告は受けていたが、まさか自分に頼むほどとは思わなかったのだ。
馬鹿にされたと感じたのかリッツの顔が険しくなり、握りしめた拳にも力が入ったのが分かる。
そんなことを言い出した原因に心当たりがないわけではない。
「ほう、俺もあいにく多忙な身だ。相応の理由があるのだろうな?」
書類作業などさぼろうと思えばいくらでもさぼれる。迷惑をかけたと言っていたから、トマスに押し付けてもいい。
「強くなりたいからです」
「ラウルよりもか?」
揶揄うように言うとリッツの顔が朱に染まる。ラウルに触発されたことは明らかだ。
皮肉なことに女神は死後もなお影響を与え続けているらしい。ラウルの変化はまだ予測不能だが、リッツに関しては良い傾向だと判断する。
「明日から一週間、その間に全部体感して覚えろ」
リッツが部屋から出て行くと、ギルバートは窓から外の様子に目を向けた。兵
士に必要な物は何を置いても体力、次に技術や判断力が必要になる。一人で延々と走り込みを続けているラウルは自分の頭で考え行動しているようだ。
小柄で細身のラウルは体力や筋肉が平均並みだが、それを補っていたのは感情を交えない判断力と銃の扱いが著しく長けていることだった。短所より長所を磨いていたが、今では短所を補うことを覚えたようだ。
感情がない人形は本当に人間らしくなったものだ。
(――そんなものを知らなければ苦しむこともなかったのだがな)
それでもギルバートは自分に与えられた痛みを手放すつもりはない。彼女との最後の繋がりを途切れさせたくなかった。
ラウルはエルザと同じく仲間を守ることで、彼女をそばに感じられるのだろう。
愚かだなと思った言葉はそのまま自分に返ってくる。
『救える命を救うために為すべきことをしなさい』
今の自分を見たらケイトも同じことを言うに違いない。ドールの主はケイトと会ったことがあるはずだ。
あれから興味のなかったドールの主が無性に気になり始めたが、ドールはもう二度と自分と接触をしないだろう、そんな確信があった。
戦場に出ることを禁じられたギルバートにできることは、部下を鍛えて生還率を上げることぐらいだ。
再びラウルに視線を戻す。
士官学校を視察時にその無表情な少年は妙に目を引いた。周囲からも浮いているような様子だが気に留めた様子もなく、淡々と訓練をこなしている人形のような子供。
教官に話を聞くと技能は優秀でも協調性がないため、このままでは卒業できないとのことだった。確かにバディを組ませるのであれば他人への共感や配慮はあるに越したことはない。
けれどギルバートは評価の低かったラウルを引き抜き、自分の元で育てることにした。
感情のないラウルを見ていると気分が楽だった。部下が毎回死んでいくことに無意識化で苛まれていたのだろうと今なら分かる。
感情のない人形のように命令をこなすラウルに反感を持つものはいたが、感情を優先させる兵士はいらない。結果ラウルは誰よりも優秀な兵士になった、はずだった。
(――感情を覚え人間のように動き出したラウルを失った時、俺は後悔するのだろうか?)
しばらく考えてみたものの答えは出なかった。
覚醒するとともに彼女の笑顔がかすんでいくのを留めるかのように、腕が何もない空間を掻いた。少し汗ばむシャツが不快で体を起こすとだいぶ日が傾いている。
昼前に拠点に戻り簡単な報告だけしてそのまま眠ってしまったようだ。
胸の痛みに気づかない振りをして汗を流し、たまった書類に目を通しているとノックの音がした。直属の部下であってもギルバートの部屋を訪れる者は少ない。
「入れ」
「失礼します」
意外な人物の訪れを意外に思いながら、いつものように薄っぺらい笑みを貼りつける。
「何をやらかしたんだ、リッツ」
訓練で散々調教したリッツはギルバートを苦手に思っている。もっともギルバートからしてみれば、直情型の子供を躾けるのは得意なほうだからラウルに比べるとずっとやりやすかった。
「俺に訓練をつけてください」
思わず笑いが漏れた。自主練習に励んでいると報告は受けていたが、まさか自分に頼むほどとは思わなかったのだ。
馬鹿にされたと感じたのかリッツの顔が険しくなり、握りしめた拳にも力が入ったのが分かる。
そんなことを言い出した原因に心当たりがないわけではない。
「ほう、俺もあいにく多忙な身だ。相応の理由があるのだろうな?」
書類作業などさぼろうと思えばいくらでもさぼれる。迷惑をかけたと言っていたから、トマスに押し付けてもいい。
「強くなりたいからです」
「ラウルよりもか?」
揶揄うように言うとリッツの顔が朱に染まる。ラウルに触発されたことは明らかだ。
皮肉なことに女神は死後もなお影響を与え続けているらしい。ラウルの変化はまだ予測不能だが、リッツに関しては良い傾向だと判断する。
「明日から一週間、その間に全部体感して覚えろ」
リッツが部屋から出て行くと、ギルバートは窓から外の様子に目を向けた。兵
士に必要な物は何を置いても体力、次に技術や判断力が必要になる。一人で延々と走り込みを続けているラウルは自分の頭で考え行動しているようだ。
小柄で細身のラウルは体力や筋肉が平均並みだが、それを補っていたのは感情を交えない判断力と銃の扱いが著しく長けていることだった。短所より長所を磨いていたが、今では短所を補うことを覚えたようだ。
感情がない人形は本当に人間らしくなったものだ。
(――そんなものを知らなければ苦しむこともなかったのだがな)
それでもギルバートは自分に与えられた痛みを手放すつもりはない。彼女との最後の繋がりを途切れさせたくなかった。
ラウルはエルザと同じく仲間を守ることで、彼女をそばに感じられるのだろう。
愚かだなと思った言葉はそのまま自分に返ってくる。
『救える命を救うために為すべきことをしなさい』
今の自分を見たらケイトも同じことを言うに違いない。ドールの主はケイトと会ったことがあるはずだ。
あれから興味のなかったドールの主が無性に気になり始めたが、ドールはもう二度と自分と接触をしないだろう、そんな確信があった。
戦場に出ることを禁じられたギルバートにできることは、部下を鍛えて生還率を上げることぐらいだ。
再びラウルに視線を戻す。
士官学校を視察時にその無表情な少年は妙に目を引いた。周囲からも浮いているような様子だが気に留めた様子もなく、淡々と訓練をこなしている人形のような子供。
教官に話を聞くと技能は優秀でも協調性がないため、このままでは卒業できないとのことだった。確かにバディを組ませるのであれば他人への共感や配慮はあるに越したことはない。
けれどギルバートは評価の低かったラウルを引き抜き、自分の元で育てることにした。
感情のないラウルを見ていると気分が楽だった。部下が毎回死んでいくことに無意識化で苛まれていたのだろうと今なら分かる。
感情のない人形のように命令をこなすラウルに反感を持つものはいたが、感情を優先させる兵士はいらない。結果ラウルは誰よりも優秀な兵士になった、はずだった。
(――感情を覚え人間のように動き出したラウルを失った時、俺は後悔するのだろうか?)
しばらく考えてみたものの答えは出なかった。
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