20 / 46
第1章
願い ~エルザ~
しおりを挟む
大切だから傍にいない。
そう決めたのに部混合の戦いでラウルと同じチームになったばかりか、早々に鉢合わせることになった。舌打ちしたい気持ちになったものの、感情に任せて演習を蔑ろにするわけにはいかない。
ラウルは驚いたように僅かに目を瞠った後に、バディを組むことを提案してきた。
関わらないと拒絶したばかりで気まずさもあったが、判断は間違っていない。ずっと冷静に振舞う自信がなかったため、他の仲間と合流するまでという条件付きで提案を受けることにした。
ラウルの戦い方はエーデル上官直伝なのだろう。慎重で無駄のない動きを学ぶ部分が多い。
「……随分慎重なのね」
思いのほか自分の声が冷たく響き、批判的に聞こえていないか不安になるが、ラウルは気にした様子もない。落ち着いた態度で淡々と事実を口にする。
「相手は上官たちだからね。最初からバディを組んで動いている可能性も高いと思って」
あらゆる可能性を瞬時に思い付き対応する能力は流石だと感心する。冷静であることは冷酷であることとは別だ。
そんなラウルに自分は何をしたのだろう。罪悪感と後悔だけが募っていき、エルザは黙っていられなくなった。
「ごめんね。私が間違っていたわ。感情なんて戦場には不要だと何度も言われていたのに、理解していなかった」
この機会を逃すと二度と謝ることが出来ない気がした。謝っても許されることではないかもしれないが、それでもこれだけは伝えておきたかった。
「ラウルがミスしたのは私のせい。ラウルに余計なことを伝えたから…」
「でも僕は今のほうがいいと思っているし、大切な存在がいても強くなる。もしそれを証明できたら――また僕と会話をしてくれる?」
大切な存在が自分のことだと思うのは、きっと自意識過剰ではないだろう。ラウルから一切責めるような言葉はなく、未だにただ会話をすることを望んでくれている。それが嬉しくて苦しい。
「分かったわ」
ひたすらに優しいラウルの言葉を否定することなど出来ずに、そう返事をするしかなかった。
(これは……嫌がらせの一環なのかしら……)
バディが発表されエルザは自分の耳を疑った。エーデル上官に視線を送るが、彼は一顧だにしない。そもそも関わるなと散々釘を差していたのはエーデル上官自身なのだ。
だが質問しても答えてくれる気がせず、エルザはエーデル上官の意図を考えることを放棄することにした。
ラウルと実戦でバディを組むのは初めてだったが、内心の葛藤はあれど非常に動きやすかった。状況判断が早く正確で、何より背中を任せられる安心感がある。
認めたくはなかったが、『敗北の女神』と呼ばれ敬遠されている中で組む相手とはやはり信頼を築くことが難しかった。
交互に休息を取りながら見上げた空は、これまでで一番綺麗だとエルザは思った。
そんな風に戦場にいるというのにどこか気が緩んでいたのかもしれない。ぴたりと足を止めたラウルの合図に反応したものの、目の前を何かがよぎって思わずバランスを崩した。
(――しまった!)
すぐさま銃声音が鳴り響き、自分の身を護ることだけに専念するしかない。ラウルが無駄のない動きで敵を返り討ちにしてくれたから良かったものの、下手をすればラウルまで巻き込んでいたのだ。
気遣うラウルの言葉に短く返し、左腕の手当てを行おうとすればラウルは手早く布を巻きつけ止血してくれた。
(――これ以上足手まといになるわけにはいかない)
そう決意したものの日がすっかり沈んだ暗闇で、迂闊に動き回るわけにはいかない。早朝に最後の攻撃をしかけるべく、休息を取る。
少しでも疲れを取るため目を閉じていたが、ラウルからの視線を感じて目を開けると穏やかな表情のラウルと目が合った。
「邪魔をしてごめん。怪我が気になって…。君が怪我をしたり痛い思いをしてほしくないと思った。変かな?」
心配している真っ直ぐな気持ちが伝わってきて、ひどく泣きたくなった。ラウルが心から案じてくれているのだと分かり、意地を張っている自分が恥ずかしくなる。
「ううん。ありがとう、ラウル」
(私はやっぱりラウルのことが好きだわ)
こんな状況なのに強くそう思ってエルザは苦笑した。ラウルに伝えるつもりはないが、この気持ちを自分の中で大事に取っておけばいい。
優しい気持ちでそう思っていると、近い場所から銃声が聞こえた。反射的に立ち上がったが、援護に行くかどうかはエルザが判断することではない。立ち上がり同意するように頷いたラウルに本当に良いのか、と尋ねる前にラウルは動き出した。
心の中で感謝しつつもこの判断が正しいのか、不安が心の底から忍び寄ってくる。
(もう二度とバディを――いえ、ラウルだけは絶対に守るわ)
そう決意したエルザは余計な考えを振り払い、味方の元へと急いだ。
一人逃がしてしたものの深追いは危険だと言うラウルの指示に従い、味方の元へと向かうとそこにはニックとオリバーの姿があった。
オリバーは脚の動脈を傷付けたのか、出血が激しい。
「歩けるか?」
ラウルの質問に意外そうな顔をしたオリバーだったが、意味が分かると激しく頷いた。歩けるのならフォローして陣地近くまで誘導することは可能だ。ただし夜間とはいえ、敵が仕掛けてこないとは限らないし、怪我人がいることで不利になる場合は多い。
そんなオリバーを見捨ててさっさとニックは単独行動を取った。責めるつもりはないけれど、言い方というものがある。
オリバーを陣地まで誘導することで、どれくらい勝敗に影響を及ぼすことになるのか。
連れて帰るなど言えなかった。それでは今までと変わらない。だけどバディに見捨てられて、自分たちも見捨てるようなことになればオリバーはどれだけ傷つくだろう。
「これ以上無理だと判断した時は、置いていく」
予想外の言葉にぽかんとしたオリバーだったが、自分も同じような顔をしていただろう。
「僕が先導するからエルザは後方に」
「了解。……ありがとう」
自分の想いを汲んでくれたことに感謝の言葉を伝えた。これが正しい判断になるように、エルザは再び集中して周囲を警戒しながら、二人の後ろを歩き始めた。
ラウルは周囲に警戒しながら慎重に歩みを進める。この状態で敵に遭遇するのはかなり危険だ。
エルザも後方の警戒を怠らない。ラウルが足を止めたため緊張が走ったが、小休憩のようだ。オリバーのために水筒を渡し、水分補給をさせる。出血はだいぶ収まったが歩くたびに傷口が開くため、完全に止まってはいない。
小さな物音が聞こえた気がして、顔を上げるとラウルが真剣な表情で合図を送っている。
だがオリバーは気づかないのか、身体を起こそうとして足元の落ち葉を踏みしめてしまった。
(――まずい!)
反射的にオリバーの腕を掴んで一緒に木陰に隠した。案の定敵に気づかれたようで、銃弾が飛んできた。ラウルが回り込もうとしているのを察して敵をこちらに引き付けるべく、応戦する。ラウルの銃声が聞こえたが、敵が倒れた気配はない。
「オリバー、代わって」
弾を込め直し、ラウルの方に銃口を向けた敵の頭を狙って引き金を引く。こめかみに弾が当たった事を見届けてほっと息を吐いた。
ラウルに合図を送ると駆け寄ってくるのを見て、怪我がない様子に安心した。
「怪我は」
「大丈夫、オリバーも……」
月明りに光ったそれが何か理解する前にエルザはラウルを力いっぱい押しのけていた。
直後に胸に衝撃が走り、熱い液体が腹部をつたう。
聞こえてくる銃声に応戦しなくては思うのに視界が定まらず、手に力が入らない。熱さを感じていた身体があっという間に寒さを訴えていて、目を開けているのも億劫なぐらいだ。
(そっか。私、死ぬのね)
「エルザ……エルザ!」
ラウルの腕の感触と必死な呼び掛けに何とか目を開けた。
「……無事で良かった。ラウル……ごめんね、大好きよ」
ずっと言わないつもりだったが、気づけば口にしていた。
「駄目だ、エルザ…お願いだから」
子供のような懇願に、エルザはようやくかつての仲間たちの言葉を理解した。他の敵がやってくる前に早くこの場を離れるべきなのだ。大切に想ってくれるならなおのこと、生きていて欲しいから。
(ありがとう。でも、もういいの)
大丈夫だというつもりで頑張って微笑んだつもりだが、伝わっただろうか。頭を撫でようとしたけどもう力が入らない。
救えなかった命はたくさんあったけど、愛しい人を守れたのだから自分にしては上出来だ。
(ラウル……どうか生きて、幸せになって)
大切な人の声が遠ざかっていくのを感じながら、エルザはただそれだけを祈り続けた。
そう決めたのに部混合の戦いでラウルと同じチームになったばかりか、早々に鉢合わせることになった。舌打ちしたい気持ちになったものの、感情に任せて演習を蔑ろにするわけにはいかない。
ラウルは驚いたように僅かに目を瞠った後に、バディを組むことを提案してきた。
関わらないと拒絶したばかりで気まずさもあったが、判断は間違っていない。ずっと冷静に振舞う自信がなかったため、他の仲間と合流するまでという条件付きで提案を受けることにした。
ラウルの戦い方はエーデル上官直伝なのだろう。慎重で無駄のない動きを学ぶ部分が多い。
「……随分慎重なのね」
思いのほか自分の声が冷たく響き、批判的に聞こえていないか不安になるが、ラウルは気にした様子もない。落ち着いた態度で淡々と事実を口にする。
「相手は上官たちだからね。最初からバディを組んで動いている可能性も高いと思って」
あらゆる可能性を瞬時に思い付き対応する能力は流石だと感心する。冷静であることは冷酷であることとは別だ。
そんなラウルに自分は何をしたのだろう。罪悪感と後悔だけが募っていき、エルザは黙っていられなくなった。
「ごめんね。私が間違っていたわ。感情なんて戦場には不要だと何度も言われていたのに、理解していなかった」
この機会を逃すと二度と謝ることが出来ない気がした。謝っても許されることではないかもしれないが、それでもこれだけは伝えておきたかった。
「ラウルがミスしたのは私のせい。ラウルに余計なことを伝えたから…」
「でも僕は今のほうがいいと思っているし、大切な存在がいても強くなる。もしそれを証明できたら――また僕と会話をしてくれる?」
大切な存在が自分のことだと思うのは、きっと自意識過剰ではないだろう。ラウルから一切責めるような言葉はなく、未だにただ会話をすることを望んでくれている。それが嬉しくて苦しい。
「分かったわ」
ひたすらに優しいラウルの言葉を否定することなど出来ずに、そう返事をするしかなかった。
(これは……嫌がらせの一環なのかしら……)
バディが発表されエルザは自分の耳を疑った。エーデル上官に視線を送るが、彼は一顧だにしない。そもそも関わるなと散々釘を差していたのはエーデル上官自身なのだ。
だが質問しても答えてくれる気がせず、エルザはエーデル上官の意図を考えることを放棄することにした。
ラウルと実戦でバディを組むのは初めてだったが、内心の葛藤はあれど非常に動きやすかった。状況判断が早く正確で、何より背中を任せられる安心感がある。
認めたくはなかったが、『敗北の女神』と呼ばれ敬遠されている中で組む相手とはやはり信頼を築くことが難しかった。
交互に休息を取りながら見上げた空は、これまでで一番綺麗だとエルザは思った。
そんな風に戦場にいるというのにどこか気が緩んでいたのかもしれない。ぴたりと足を止めたラウルの合図に反応したものの、目の前を何かがよぎって思わずバランスを崩した。
(――しまった!)
すぐさま銃声音が鳴り響き、自分の身を護ることだけに専念するしかない。ラウルが無駄のない動きで敵を返り討ちにしてくれたから良かったものの、下手をすればラウルまで巻き込んでいたのだ。
気遣うラウルの言葉に短く返し、左腕の手当てを行おうとすればラウルは手早く布を巻きつけ止血してくれた。
(――これ以上足手まといになるわけにはいかない)
そう決意したものの日がすっかり沈んだ暗闇で、迂闊に動き回るわけにはいかない。早朝に最後の攻撃をしかけるべく、休息を取る。
少しでも疲れを取るため目を閉じていたが、ラウルからの視線を感じて目を開けると穏やかな表情のラウルと目が合った。
「邪魔をしてごめん。怪我が気になって…。君が怪我をしたり痛い思いをしてほしくないと思った。変かな?」
心配している真っ直ぐな気持ちが伝わってきて、ひどく泣きたくなった。ラウルが心から案じてくれているのだと分かり、意地を張っている自分が恥ずかしくなる。
「ううん。ありがとう、ラウル」
(私はやっぱりラウルのことが好きだわ)
こんな状況なのに強くそう思ってエルザは苦笑した。ラウルに伝えるつもりはないが、この気持ちを自分の中で大事に取っておけばいい。
優しい気持ちでそう思っていると、近い場所から銃声が聞こえた。反射的に立ち上がったが、援護に行くかどうかはエルザが判断することではない。立ち上がり同意するように頷いたラウルに本当に良いのか、と尋ねる前にラウルは動き出した。
心の中で感謝しつつもこの判断が正しいのか、不安が心の底から忍び寄ってくる。
(もう二度とバディを――いえ、ラウルだけは絶対に守るわ)
そう決意したエルザは余計な考えを振り払い、味方の元へと急いだ。
一人逃がしてしたものの深追いは危険だと言うラウルの指示に従い、味方の元へと向かうとそこにはニックとオリバーの姿があった。
オリバーは脚の動脈を傷付けたのか、出血が激しい。
「歩けるか?」
ラウルの質問に意外そうな顔をしたオリバーだったが、意味が分かると激しく頷いた。歩けるのならフォローして陣地近くまで誘導することは可能だ。ただし夜間とはいえ、敵が仕掛けてこないとは限らないし、怪我人がいることで不利になる場合は多い。
そんなオリバーを見捨ててさっさとニックは単独行動を取った。責めるつもりはないけれど、言い方というものがある。
オリバーを陣地まで誘導することで、どれくらい勝敗に影響を及ぼすことになるのか。
連れて帰るなど言えなかった。それでは今までと変わらない。だけどバディに見捨てられて、自分たちも見捨てるようなことになればオリバーはどれだけ傷つくだろう。
「これ以上無理だと判断した時は、置いていく」
予想外の言葉にぽかんとしたオリバーだったが、自分も同じような顔をしていただろう。
「僕が先導するからエルザは後方に」
「了解。……ありがとう」
自分の想いを汲んでくれたことに感謝の言葉を伝えた。これが正しい判断になるように、エルザは再び集中して周囲を警戒しながら、二人の後ろを歩き始めた。
ラウルは周囲に警戒しながら慎重に歩みを進める。この状態で敵に遭遇するのはかなり危険だ。
エルザも後方の警戒を怠らない。ラウルが足を止めたため緊張が走ったが、小休憩のようだ。オリバーのために水筒を渡し、水分補給をさせる。出血はだいぶ収まったが歩くたびに傷口が開くため、完全に止まってはいない。
小さな物音が聞こえた気がして、顔を上げるとラウルが真剣な表情で合図を送っている。
だがオリバーは気づかないのか、身体を起こそうとして足元の落ち葉を踏みしめてしまった。
(――まずい!)
反射的にオリバーの腕を掴んで一緒に木陰に隠した。案の定敵に気づかれたようで、銃弾が飛んできた。ラウルが回り込もうとしているのを察して敵をこちらに引き付けるべく、応戦する。ラウルの銃声が聞こえたが、敵が倒れた気配はない。
「オリバー、代わって」
弾を込め直し、ラウルの方に銃口を向けた敵の頭を狙って引き金を引く。こめかみに弾が当たった事を見届けてほっと息を吐いた。
ラウルに合図を送ると駆け寄ってくるのを見て、怪我がない様子に安心した。
「怪我は」
「大丈夫、オリバーも……」
月明りに光ったそれが何か理解する前にエルザはラウルを力いっぱい押しのけていた。
直後に胸に衝撃が走り、熱い液体が腹部をつたう。
聞こえてくる銃声に応戦しなくては思うのに視界が定まらず、手に力が入らない。熱さを感じていた身体があっという間に寒さを訴えていて、目を開けているのも億劫なぐらいだ。
(そっか。私、死ぬのね)
「エルザ……エルザ!」
ラウルの腕の感触と必死な呼び掛けに何とか目を開けた。
「……無事で良かった。ラウル……ごめんね、大好きよ」
ずっと言わないつもりだったが、気づけば口にしていた。
「駄目だ、エルザ…お願いだから」
子供のような懇願に、エルザはようやくかつての仲間たちの言葉を理解した。他の敵がやってくる前に早くこの場を離れるべきなのだ。大切に想ってくれるならなおのこと、生きていて欲しいから。
(ありがとう。でも、もういいの)
大丈夫だというつもりで頑張って微笑んだつもりだが、伝わっただろうか。頭を撫でようとしたけどもう力が入らない。
救えなかった命はたくさんあったけど、愛しい人を守れたのだから自分にしては上出来だ。
(ラウル……どうか生きて、幸せになって)
大切な人の声が遠ざかっていくのを感じながら、エルザはただそれだけを祈り続けた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
19
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる