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第1章
特別な存在
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自分の呼吸音がうるさいぐらいに耳の奥で響いている。
「5秒だけ待ってやる。早く起きないとつらいぞ?」
ギルバートの声に顔を上げると笑顔の上官が目に入り、何とか立ち上がるが足の痙攣が止まらない。笑っていない目で思い切り蹴り飛ばされれば、壁にぶつかって一瞬息がつまってむせる。
ラウルより体力があるはずのリッツも同じような格好でうずくまっているところを、ギルバートから蹴り起こされているのが視界に入った。
敗北は免れたものの、上官命令を果たせなかったことで特別訓練を受ける羽目になった。
負けていたら特別懲罰が追加されていたと聞いて安堵したものの、肉体的にきついことに変わりなかった。ちなみに特別懲罰は精神的にきついらしい。
「しばらく訓練に付き合ってやれなくて悪かったな。こんなに成長していないとは思わなかった」
身体が悲鳴を上げているが、ギルバートはまだ解放してくれそうにない。それほどにリッツとラウルに怒っているのだ。参加した全員ではなく、ここにいるのは自分たちだけなのは、報告を聞いて失敗した原因が二人にあると判断されたからだろう。
「二人一緒にかかってきていいぞ。俺に勝てたら訓練終了だ」
余裕綽々の表情にリッツが顔を歪ませて、ラウルに合図を送る。こちらの体力は根こそぎ奪われているとはいえ、日々実戦に臨んでいる身だ。二対一なら勝ち目はあるかもしれない、そう都合の良い想像をしてしまうほど疲れきっていたようだ。
「弱い者いじめほどつまらんものはないな」
そう嘯いてギルバートは訓練場から去っていった。体力は限界に達し、仰向けのまま必死に空気を肺に送ることしかできない。
「規格外、すぎ、だろっ……あの人が、いれば、楽勝、じゃねえか……」
息も絶え絶えにこぼすリッツに心の中だけで同意する。頷くことすら億劫だったが、伝えなければいけないことがあった。
「リッツ……巻き込んで…ごめん……」
標的の姿を目にしながらラウルは、あっさりと逃してしまった。貴重な機会であったのに立て続けに自分がミスを犯したせいで、あの時エルザの様子に気を取られていたために、動作と判断が遅れてしまった。
わだかまりを解けていれば、単独で標的を追跡していただろう。
リッツはバディとして連帯責任で訓練を受ける羽目になったとラウルは思っていた。
「は……お前のせいじゃ、ない。……あいつの傍に、いたくなかったから、別れた。上官はそれに、気づいたんだよ」
あいつが誰を指しているのかすぐに分かった。
バディを探すというもっともらしい言い訳でその場を離れたが、その行動がエルザに対する嫌悪や怒りといった感情からの行動だった。戦場において感情的に行動するのは危険だし、それが失敗の原因だと捉えられてしまったというのがリッツの認識だった。
そう言われてしまえば返す言葉もない。
「お前、あいつのどこがいいんだ」
「え?………どういうこと?」
リッツの唐突な質問にラウルは戸惑った。エルザの良いところを聞くのは、マイナスイメージを払拭するためだろうか。
「ヒューが……エルザはお前にとって、特別な存在だと言ってたんだよ。嬉しそうな顔してな」
ヒューの名前を口にした時、わずかにリッツの声が震えていた。リッツにとってもヒューは特別な存在だったのかもしれない。
『他人を愛したり大切な存在を作るな』
上官の言葉を思い出す。特別と大切は違うと思っていたけれど、同じ意味なのかもしれない。気づかないうちに自分は弱くなってしまった、そう考えると上官が正しかったと思えてくる。
大切だと思う気持ちをなくすためにはどうしたら良いのだろう。
実戦の後は通常休息を与えられるが、上官からの特別訓練は3日続いた。
痛む身体を引きずりつつ森に向かったが、そこには朽ちかけた白い花があるだけで、エルザの姿は見当たらず不思議に思った。
時間を決めて待ち合わせることなどなかったため、会えないことは珍しくないが、傷んだ花をそのままにしておくのはエルザらしくない。
エルザに上手く事情を伝えられず意思疎通の不足を招いた結果、ミスに繋がってしまった。
仲間が味方を手に掛けたことが許せなかったのかもしれないし、戦場にいるのに不向きだと伝えられたことに傷ついたのかもしれない。
自分が彼女の感情を理解しようとしていれば、問題なかったはずだ。エルザが大切だとしても、傍にいて守ってあげないといけないほど彼女は弱くはない。
一方でエルザの存在が大きくなっている感覚に戸惑いがあった。本当にエルザを愛してしまったら何かが大きく変わってしまう気がしている。
他人の感情を理解したいと思うが、自分に必要だとは思っていなかったが、自分にないものを理解するのは難しいのだと気づいた。それに気づかせてくれたのはエルザだ。
戦場で役に立たなければ存在価値がない。大切な存在があることで弱くなるなら、自分が得ていいものではない。エルザに会わなければ、大切に思う気持ちも消えてなくなるのだろうか。
そう考えると胸の奥が重くなるような不快さを覚えた。エルザと会えなくなるのは嫌だ。
堂々巡りの思考を抱えながら長い時間待っていたが、結局その日エルザが姿を現すことはなかった。
「5秒だけ待ってやる。早く起きないとつらいぞ?」
ギルバートの声に顔を上げると笑顔の上官が目に入り、何とか立ち上がるが足の痙攣が止まらない。笑っていない目で思い切り蹴り飛ばされれば、壁にぶつかって一瞬息がつまってむせる。
ラウルより体力があるはずのリッツも同じような格好でうずくまっているところを、ギルバートから蹴り起こされているのが視界に入った。
敗北は免れたものの、上官命令を果たせなかったことで特別訓練を受ける羽目になった。
負けていたら特別懲罰が追加されていたと聞いて安堵したものの、肉体的にきついことに変わりなかった。ちなみに特別懲罰は精神的にきついらしい。
「しばらく訓練に付き合ってやれなくて悪かったな。こんなに成長していないとは思わなかった」
身体が悲鳴を上げているが、ギルバートはまだ解放してくれそうにない。それほどにリッツとラウルに怒っているのだ。参加した全員ではなく、ここにいるのは自分たちだけなのは、報告を聞いて失敗した原因が二人にあると判断されたからだろう。
「二人一緒にかかってきていいぞ。俺に勝てたら訓練終了だ」
余裕綽々の表情にリッツが顔を歪ませて、ラウルに合図を送る。こちらの体力は根こそぎ奪われているとはいえ、日々実戦に臨んでいる身だ。二対一なら勝ち目はあるかもしれない、そう都合の良い想像をしてしまうほど疲れきっていたようだ。
「弱い者いじめほどつまらんものはないな」
そう嘯いてギルバートは訓練場から去っていった。体力は限界に達し、仰向けのまま必死に空気を肺に送ることしかできない。
「規格外、すぎ、だろっ……あの人が、いれば、楽勝、じゃねえか……」
息も絶え絶えにこぼすリッツに心の中だけで同意する。頷くことすら億劫だったが、伝えなければいけないことがあった。
「リッツ……巻き込んで…ごめん……」
標的の姿を目にしながらラウルは、あっさりと逃してしまった。貴重な機会であったのに立て続けに自分がミスを犯したせいで、あの時エルザの様子に気を取られていたために、動作と判断が遅れてしまった。
わだかまりを解けていれば、単独で標的を追跡していただろう。
リッツはバディとして連帯責任で訓練を受ける羽目になったとラウルは思っていた。
「は……お前のせいじゃ、ない。……あいつの傍に、いたくなかったから、別れた。上官はそれに、気づいたんだよ」
あいつが誰を指しているのかすぐに分かった。
バディを探すというもっともらしい言い訳でその場を離れたが、その行動がエルザに対する嫌悪や怒りといった感情からの行動だった。戦場において感情的に行動するのは危険だし、それが失敗の原因だと捉えられてしまったというのがリッツの認識だった。
そう言われてしまえば返す言葉もない。
「お前、あいつのどこがいいんだ」
「え?………どういうこと?」
リッツの唐突な質問にラウルは戸惑った。エルザの良いところを聞くのは、マイナスイメージを払拭するためだろうか。
「ヒューが……エルザはお前にとって、特別な存在だと言ってたんだよ。嬉しそうな顔してな」
ヒューの名前を口にした時、わずかにリッツの声が震えていた。リッツにとってもヒューは特別な存在だったのかもしれない。
『他人を愛したり大切な存在を作るな』
上官の言葉を思い出す。特別と大切は違うと思っていたけれど、同じ意味なのかもしれない。気づかないうちに自分は弱くなってしまった、そう考えると上官が正しかったと思えてくる。
大切だと思う気持ちをなくすためにはどうしたら良いのだろう。
実戦の後は通常休息を与えられるが、上官からの特別訓練は3日続いた。
痛む身体を引きずりつつ森に向かったが、そこには朽ちかけた白い花があるだけで、エルザの姿は見当たらず不思議に思った。
時間を決めて待ち合わせることなどなかったため、会えないことは珍しくないが、傷んだ花をそのままにしておくのはエルザらしくない。
エルザに上手く事情を伝えられず意思疎通の不足を招いた結果、ミスに繋がってしまった。
仲間が味方を手に掛けたことが許せなかったのかもしれないし、戦場にいるのに不向きだと伝えられたことに傷ついたのかもしれない。
自分が彼女の感情を理解しようとしていれば、問題なかったはずだ。エルザが大切だとしても、傍にいて守ってあげないといけないほど彼女は弱くはない。
一方でエルザの存在が大きくなっている感覚に戸惑いがあった。本当にエルザを愛してしまったら何かが大きく変わってしまう気がしている。
他人の感情を理解したいと思うが、自分に必要だとは思っていなかったが、自分にないものを理解するのは難しいのだと気づいた。それに気づかせてくれたのはエルザだ。
戦場で役に立たなければ存在価値がない。大切な存在があることで弱くなるなら、自分が得ていいものではない。エルザに会わなければ、大切に思う気持ちも消えてなくなるのだろうか。
そう考えると胸の奥が重くなるような不快さを覚えた。エルザと会えなくなるのは嫌だ。
堂々巡りの思考を抱えながら長い時間待っていたが、結局その日エルザが姿を現すことはなかった。
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