君の願う世界のために

浅海 景

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第1章

近づいた距離

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しばらくエルザと会えない日々が続いた。合同で戦闘要員に選ばれることがなく、また入れ違いのように戦場での任務に就くことになったからだ。

エルザの所属する部隊は惜敗し、治療や訓練に籠る者が多かったようなので、エルザも訓練に励んでいるのだと気に留めなかった。

その後ラウルたちの部隊は勝利を収め一勝一敗という結果になり、帰還するとどこか安堵した空気が漂っていた。

戻ってきた翌日、運よく森に向かうエルザの姿を見かけて追いかける。
足取りが重そうに見えるのは、疲れが取れていないからだろうか。途中であの白い花を数本手折って、小さな石の前にそっと置いてから祈っている。

彼女が何故そうしているのか、何を祈っているのか知りたい。だけど以前強く拒絶されてしまったことを考えると、聞いてはいけないことのだろう。

「……また貴方なの。私なんかに何か用なの?」

祈りを終え、振り返ったエルザの表情は暗い。刺々しい口調は彼女の邪魔をしてしまったからだろうか。

「どうしたら君は僕を嫌わないでくれるんだろうか?」

エルザは大きく目を見張り、呆気に取られたような表情を浮かべた。

嫌な思いはさせたくない。
どんなに考えても分からないなら、本人に直接確かめてみるのが一番だ。それなのにエルザは固まったまま無言になってしまった。どうやらまた間違えてしまったようだ。

「えっと、じゃあ質問を変えるよ。君はここで何をしているの?」
「……ただの自己満足よ。私とバディを組んだために死んでしまった子たちが、心安らかに眠れるように」

ここが彼女の祈りの場であることは分かったが、その理由が分からない。

「君のバディが死んだのは個人の能力の問題だろう?君が生き残っているのは優秀だからだし、バディを組んだこととの因果関係はないはずだ」

エルザの顔から一切の表情が抜け落ちたのは一瞬のことだった。

「勝手なことを言わないで!私がもっと上手く立ち回れていたらあの子たちは……!貴方なんかに何が分かると言うの!!」

激しく眦を吊り上げて叫ぶエルザを見て怒らせてしまったことだけは分かった。自分の料理を美味しかったと褒められたことで調子に乗ってしまったようだ。

(彼女は僕のことが嫌いだったのに……)

「僕は、君を怒らせてばかりだね。……ごめん」

これ以上彼女を不快にさせないよう、踵を返すと引き留める声が聞こえた。

「……謝るのは私の方だわ。八つ当たりしてしまってごめんなさい」

八つ当たりされた覚えもなかったが、落ち込んだ様子のエルザを見て否定する。

「君のせいではないよ。僕は感情の機微に疎くて、よく他人を怒らせてしまうから」

エルザの表情が変わった。大抵の人はそう言うと、憐れみ、嫌悪、諦め、いずれかの表情を浮かべるが、エルザはどれにも当てはまらないような気がした。

(痛み、いや悲しみに近いのか?)

それも束の間のことで、エルザはこれまでにない穏やかな表情と口調で言った。

「貴方のせいではないわ。きちんと話したこともないのに、噂だけで判断するなんて愚かなことなのにね。――仕切り直しましょう」

そう言ってエルザは右手を差し出した。何を仕切りなおすのか分からないまま、彼女と同じように手を差し出して、彼女の手に触れた。

「改めてよろしくね、ラウル」

自分よりも小さな手は温かく、その温度に気を取られてしまった。エルザが初めて名前を呼んでくれたことに気づいたのは、部屋に戻ってからだった。


「妹さんがいるの? 意外…、いえ言われてみればラウルはお兄ちゃん向きな気もするわね」

あれからエルザは話しかけてくれるようになった。内容は戦術や銃器など任務のことが多かったが、他愛ない話をすることも増えてきた。ふとしたことから家族の話題になり、妹の話をすると、エルザは興味を示したようだった。

(兄妹に向き不向きがあるとは知らなかった)

エルザの博識さにラウルは密かに感心する。

「そうなのかな?でも妹は僕のこと嫌っていたから、彼女にしてみれば兄である僕の存在は迷惑だったと思うよ」

事実をそのまま伝えると、エルザの瞳が悲しそうに曇った。

「…どうして、嫌われていると思うの?」

『人を殺すためだけに生きているなんて、そんなのおかしい!』

妹の言葉が頭をよぎった。

「よく睨まれていたし、おかしいとか気持ち悪いとか言われていたから。十年近く会ってないから、もう僕のこと覚えてないんじゃないかな」

エルザの悲しそうな顔を見るのは何となく嫌だ。その表情を変えたくて安心させるように言葉を付け加えたが、彼女の表情は変わらない。
こういう時、感情が分からない自分の欠点が嫌になる。
エルザと会うまでは何とも思わなかったのに。

「ラウルは妹さんのこと嫌い?」

エルザの問いに即答できなかった。今まで考えたことがなかったからだ。好意も嫌悪も関心があって初めて成り立つもので、それほどに興味を抱いたこともない……エルザ以外は。

(だからエルザは特別なんだ)

少しだけ自分の行動に納得した。何故彼女なのか分からないままだが。

「嫌いじゃないよ」

嘘ではないが、本当でもない言葉で誤魔化した。そのまま答えると彼女が悲しむ気がしたからだ。

「人の心は時間や環境によって変わるものよ。だから今は違うかもしれないわね」

エルザは遠くを見るような、誰かを思い出しているような眼をしている。エルザにもそんな経験があるのだろうか。

立ち入った質問をすると嫌われてしまうのではないかという思いから、黙って頷くに留めておいた。


翌日、自習室で本を読んでいるとヒューが周囲を気にしながら近づいてきた。

「あのさ、最近エルザと話している姿を見る気がするんだけど……」
「うん、それが?」

話す機会が増えたのだから間違いではないが、何故確認されるかが分からない。

「えっと、何で?ほら、今まで接点なかったし、ラウルが人と話してるのも珍しいっていうか…」
「何故と言われても自分でも分からない」
「はあ?!」

やけに食い下がるヒューに正直に答えると、ポカンと口を開けて見つめられる。

「ヒュー、自習室では静かにしたほうがいい」

注意すると口を押えて何度も頷く。もう行ってもいいだろうか、と断ると両手を広げて進路を妨害されてしまう。

「あー、分かった。いや分からないけど、とりあえずいいや。僕が言いたいのは、余計なことかもしれないけど、ギルバート上官に気づかれないようにしたほうがいいよってこと」

好きかどうかは分からないが、特別だとは思っている。エルザに惹かれていることを上官に知られれば、命令違反になるのだろうか。

あれほど繰り返し言われたのに、指示に従わなかったと懲罰対象になる可能性はある。自分だけなら良いがエルザに迷惑を掛けたくない。

「分かった。ありがとう」
「え…、いや、どういたしまして?」

背を向けたラウルをぼんやり見つめて、思わず呟きが漏れた。

「………ラウルにお礼言われたの初めてかも。これってエルザ効果?」

ヒューの言っている言葉はよく分からなかったが、何だか悪い気はしなかった。
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