運命の相手は自分で選びます!

浅海 景

文字の大きさ
上 下
44 / 45

しおりを挟む
「じゃあまたな、お嬢ちゃん」

あくまでも非常時における要員だと言うロジェは、顔合わせが済むとあっさり部屋から出て行ってしまった。

「とりあえず食事にするか。休める時にはしっかりと休んでおいたほうがいい」

直前の出来事を思えば気まずい雰囲気になるのではと予想した陽香だったが、メルヴィンの態度は普段と変わらない。ロジェの登場により衝撃が薄れたこともあり、先ほどまでの動揺は収まっていた。

(きっと深い意味はなかった……)

そう結論付けて陽香はそれ以上考えることを止めてしまった。

食堂に下りると時間が早いせいか他の客の姿はない。このような小さな町では宿泊客だけでなく住民にも利用されているのが一般的だという。
まだ日が沈んでいないとはいえ、薄闇に包まれつつある時間なのだ。違和感にメルヴィンの様子を窺えば、視線に鋭さが混じっている。

不穏な気配に息を詰めると、メルヴィンは安心させるように陽香の手を取って、席へと向かう。
出入口と厨房が見渡せる席に着くと、女将が注文を取りに来たが表情が固い。いくつかの料理を注文すると、メルヴィンは穏やかな表情を浮かべてまま切り出した。

「俺がいいと言うまで絶対に口を付けないでくれ」

陽香が頷くと、良くできましたと言うように頭を撫でられる。何が起きているか分からないのは不安だが、不用意な発言は状況を危うくしかねない。
運ばれてきたスープや焼き立ての鶏肉から食欲をそそる匂いが漂っている。

「美味そうだな。これは全部主人が作ったのか?」
「え、……はい、そうですが」

にこやかなメルヴィンに対して、声を掛けられた女将はびくりと肩を震わせ視線を彷徨わせている。疚しいところがありますと言わんばかりの態度に、逆に心配になってしまう。

「俺の知り合いにも食堂をやっている者がいるんだが、夫婦だけだと食材の仕入れも大変だろう?他にも家族がいるのか?」
「っ……こ、子供がいます……」
「まだ幼いだろうに家業の手伝いなんて偉いな。ちょっと聞きたいことがあるから、呼んで来てくれないか?ああ、仕事の邪魔をするわけだからその分の報酬は支払おう」

青ざめながらも何か言わなければと口を開いたものの、言葉が出てこないようだ。

(この人は何を恐れているんだろう……?)

そんな疑問を抱いていると、厨房から主人が現れた。

「すみませんが娘は体調を崩しています。おい、お前はもう看病に戻れ」

無骨な物言いの主人に対して、女将は安堵の表情を浮かべて立ち去ろうとする。

「それは済まなかった。お詫びと言っては何だが、薬などは足りているか?旅の途中だから色々持ち合わせているから、融通できるものがあるかもしれない」

穏やかに告げたメルヴィンの言葉に、夫婦の表情が明らかに変わった。

「蛇に、毒蛇に咬まれたそうなんです!どうか娘を助けてください!」

悲痛な訴えとともに縋るように手を伸ばす女将の姿に胸が痛む。恐らくだが夫婦が脅迫されており、その原因は自分なのだろう。だから次の瞬間、何が起きたのか陽香は咄嗟に理解できなかった。

「ただしこちらに危害を加えないことが条件だったんだがな」

静かな口調の中にはっとするほどの鋭さが混じる。いつの間にかメルヴィンが女将の首元に剣を突き付けていた。
強張った表情には怯えが浮かび、中途半端なところで止まった手は微かに震えている。

「主人も動くなよ。さあ、ゆっくりと手を机に置くんだ。あいにくその手の道具は見たことがある」

その言葉で陽香はようやく違和感に気づいた。薬指に嵌められた指輪は宝石こそ使われていないが台座の部分がやけに大きい。貴族の女性ならともかく常日頃働いている女性では邪魔になるだろう。

(……毒のような物が仕込まれている?)

あんな小さな指輪を用いて出来ることなど限られている。鈍く光る指輪が急に禍々しい物に思えて陽香は思わず眉を顰めた。だがその表情が女将の癇に障ってしまったらしい。

「っ、私たちが何をしたって言うのよ?!……あんたたちさえ来なければ!」

震えながらも憎しみのこもった視線を向けられ息を呑む。メルヴィンは夫婦を見据えたまま無言で陽香に立ち上がるように促す。
これ以上ここにいても仕方がない。

「効くかどうかは保障できないが、荷物の中に解毒剤がある」

メルヴィンの言葉に目を丸くする二人に背を向けようとした時、入口の扉が勢いよく開いた。そこには十歳ぐらいの少年が立っており、両手でナイフを握り締めている。

「父ちゃんと母ちゃんから離れろ!お前たちなんか俺がやっつけてやる!リーズも俺が護るんだ!」
「やめろ、ノエ!」

血相を変えた主人が叫ぶが、聞こえていないのか少年は血走った眼でメルヴィンを睨んでいる。

「……まずいな。何か薬を盛られたらしい」

舌打ちとともに漏らしたメルヴィンの言葉からは焦燥らしきものを感じられる。そんな雰囲気が伝わったのか悲鳴交じりの声が上がった。

「ノエ!やめて、その子を殺さないで!」

剣を構えたままのメルヴィンに、少年がナイフを振り回しながら突進していく。キンと澄んだ音がしたかと思うと、メルヴィンは剣を鞘に収めていた。少し遅れて切断されたナイフの刃が床に刺さり、その間にもメルヴィンは少年の手からナイフの柄を奪い、あっという間に拘束してしまう。
何が起こったのか分からず呆然としていた少年だが、床に押さえつけられていると気づいて暴れ始めたが、両手と両足を縛られてほぼ身動きが取れない状態だ。

「薬が切れるまでこのままにしておいたほうがいい」

短く告げてメルヴィンは陽香の手を取り、宿を後にした。
馬の嘶きに駆けつければ、前足を掻きながら近づこうとする男たちに威嚇しているのが目に入った。メルヴィンに気づくと、蜘蛛の子を散らすように逃げて行ったので唆されただけの小悪党なのだろう。

馬に乗り暗い山道を駆けていく。冴え冴えとした月光のおかげで少しはましだが、夜の移動が危険なことに変わりはない。無言なのは集中しているからだと思っていた陽香が、メルヴィンの体温の高さに気づいたのはしばらく経ってからだった。

「……メル?」

馬のスピードが落ちて振り返ろうとすると、背後から抱きすくめられる。小さく笑う気配がするのに、嫌な予感が止まらない。そんな不安を裏付けるかのようにメルヴィンの小さな囁きが耳に届いた。

「ハルカ、ここでお別れだ」
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

美人な姉と『じゃない方』の私

LIN
恋愛
私には美人な姉がいる。優しくて自慢の姉だ。 そんな姉の事は大好きなのに、偶に嫌になってしまう時がある。 みんな姉を好きになる… どうして私は『じゃない方』って呼ばれるの…? 私なんか、姉には遠く及ばない…

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

魔力無しの黒色持ちの私だけど、(色んな意味で)きっちりお返しさせていただきます。

みん
恋愛
魔力無しの上に不吉な黒色を持って生まれたアンバーは、記憶を失った状態で倒れていたところを伯爵に拾われたが、そこでは虐げられる日々を過ごしていた。そんな日々を送るある日、危ないところを助けてくれた人達と出会ってから、アンバーの日常は変わっていく事になる。 アンバーの失った記憶とは…? 記憶を取り戻した後のアンバーは…? ❋他視点の話もあります ❋独自設定あり ❋気を付けてはいますが、誤字脱字があると思います。気付き次第訂正します。すみません

【完結】あなたに抱きしめられたくてー。

彩華(あやはな)
恋愛
細い指が私の首を絞めた。泣く母の顔に、私は自分が生まれてきたことを後悔したー。 そして、母の言われるままに言われ孤児院にお世話になることになる。 やがて学園にいくことになるが、王子殿下にからまれるようになり・・・。 大きな秘密を抱えた私は、彼から逃げるのだった。 同時に母の事実も知ることになってゆく・・・。    *ヤバめの男あり。ヒーローの出現は遅め。  もやもや(いつもながら・・・)、ポロポロありになると思います。初めから重めです。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

悪女と呼ばれた王妃

アズやっこ
恋愛
私はこの国の王妃だった。悪女と呼ばれ処刑される。 処刑台へ向かうと先に処刑された私の幼馴染み、私の護衛騎士、私の従者達、胴体と頭が離れた状態で捨て置かれている。 まるで屑物のように足で蹴られぞんざいな扱いをされている。 私一人処刑すれば済む話なのに。 それでも仕方がないわね。私は心がない悪女、今までの行いの結果よね。 目の前には私の夫、この国の国王陛下が座っている。 私はただ、 貴方を愛して、貴方を護りたかっただけだったの。 貴方のこの国を、貴方の地位を、貴方の政務を…、 ただ護りたかっただけ…。 だから私は泣かない。悪女らしく最後は笑ってこの世を去るわ。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ ゆるい設定です。  ❈ 処刑エンドなのでバットエンドです。

罠に嵌められたのは一体誰?

チカフジ ユキ
恋愛
卒業前夜祭とも言われる盛大なパーティーで、王太子の婚約者が多くの人の前で婚約破棄された。   誰もが冤罪だと思いながらも、破棄された令嬢は背筋を伸ばし、それを認め国を去ることを誓った。 そして、その一部始終すべてを見ていた僕もまた、その日に婚約が白紙になり、仕方がないかぁと思いながら、実家のある隣国へと帰って行った。 しかし帰宅した家で、なんと婚約破棄された元王太子殿下の婚約者様が僕を出迎えてた。

かつて私のお母様に婚約破棄を突き付けた国王陛下が倅と婚約して後ろ盾になれと脅してきました

お好み焼き
恋愛
私のお母様は学生時代に婚約破棄されました。当時王太子だった現国王陛下にです。その国王陛下が「リザベリーナ嬢。余の倅と婚約して後ろ盾になれ。これは王命である」と私に圧をかけてきました。

処理中です...