運命の相手は自分で選びます!

浅海 景

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会議の途中で勢いよく開いた扉と現れたアンリを見て、オスカー・バゼーヌは訝しむような表情を浮かべつつ、内心嘆息した。

(陛下の機嫌を損ねるようなことを……)

より強大な権力を得るためにジゼルをアンリの妃候補とすべく手を尽くしているものの、国王の意に反してまでアンリを庇うつもりはない。ただでさえ王妃と国王という癖の強い二人の不興を買わないよう細心の注意を払い、バランスを取っているのだ。
余計な言動で己の身を危うくしては元も子もない。

そんなことを思いつつも、険しいアンリの表情に口角を上げないように自制した。予想よりも早い時間ではあるが、常らしからぬアンリの態度から襲撃が成功したのだと分かる。
心の中でほくそ笑んでいると、扉の近くに座っていた伯爵家の男が叫び声を上げた。

「で、殿下!お怪我をなさっているではありませんか!すぐに医者を……!」
「不要だ」

切り捨てるような冷ややかなアンリの声に、不穏さを感じ取ったものか誰もが口を噤んで成り行きを見守っている。よく見れば胸元が血に染まっているものの、衣類に切り裂かれた跡はない。
遠目で確認できる限りでは怪我をしているのは、固く握りしめられた拳だけのようで僅かにこびりついた血と赤黒い痣が浮かんでいる。

周囲と同じように僅かに困惑を浮かべつつ、オスカーは嫌な予感を感じ始めていた。

「会議を妨げてしまい申し訳ございません。可及的速やかに対応すべく事態が生じたためご報告いたします」

不快そうな眼差しを向けたものの、国王は小さく頷きアンリに続きを促す。

「先ほど馬車で移動中に襲撃を受けました。王家の紋章入りの馬車にもかかわらず、また盗賊などの類でない訓練を受けた犯罪組織と見られることから、王家への謀反または反逆の可能性が高いかと思われます。この件について騎士団の指揮権を頂きたくお願いに上がりました」

(何だと……!?)

喉元まで出かかったオスカーの言葉を代弁するかのように、驚愕の声があちこちで漏れる。
今回依頼したのは優秀で使い勝手が良いため、何かと便宜を図っている組織だ。暗殺対象を取り違えるような愚かなミスをするような連中ではないはずだが、アンリが明言する以上、襲撃そのものは事実に違いない。

とはいえ、同じ日に王家の馬車がそれぞれ襲われる確率などほぼないに等しいのではないだろうか。

(……まさか、小娘と一緒の馬車に殿下が同乗していた……?)

運命の相手が屋敷に到着した際に、護衛や同行者の人数を報告させていたが、その中にアンリは含まれていなかった。だがそうでも考えなければ辻褄が合わないのだ。

平静を装いながらもオスカーがさりげなく周囲を見渡すと、同じ派閥の者から目を逸らされる。
ジゼルを王太子妃にするため根回しをしていたのが裏目に出たようだ。自分の企みを打ち明けてはいないが、疑われるのは当然だろう。

アンリはともかく、国王と王妃にとって運命の相手は重要な存在ではない。アンリの動きだけ封じてしまえば、珍しくはあるが身分も持たないただの娘にこれ以上無駄な費用や労力を割くことはないだろうと見込んでいたのだ。

しかし謀反ともなれば、国の存続をも危うくしかねないため徹底的に調べられるだろう。
強い焦燥感に歯噛みしていると、国王が口を開いた。

「それほど大事ならお前には務まるまい。メルヴィンはどうした?」
「役目を果たせなかったので放逐しました」

淡々と告げながらもその固い口調に、抑えきれない感情が滲んでいた。アンリの言動に国王は不愉快そうに眉を顰めている。

「何を訳の分からぬことを。誰の許可を得て勝手なことをしている」
「メルヴィンの忠誠心が本物であれば戻ってくることはないでしょう。任務とは言え専属護衛として仕えた相手の命を奪われたのなら、殉ずるのが忠義というものではありませんか」

ざわりと室内の空気が不穏に揺れた。王子の運命の相手が殺害されたことに加え、王位継承権を持つ公爵令息を失ったとあれば平静ではいられないのは当然だ。どういうことかと疑問が囁かれる前に、机に拳を叩きつける音で場は再び静まり返った。

「姉上の子に、お前は死ねと命じたのか!」
「――私の運命の相手を護り切れなかった騎士に何の価値があるのですか?!二度と姿を見せるなと命じただけです。父上は、もしも伯母上が襲撃の末に命を落としたのなら、何の責も問わずにいられるというのですか!?」

固く拳を握り締めて血を吐くような声で反論するアンリに、誰もが驚きの表情を浮かべていた。争いごとを好まず、両親に逆らうこともできずただ従うばかりだった王子の姿は何処にも見当たらない。
その剣幕に国王が目を瞠ったのは一瞬で、目を細めてアンリをじっと見つめている。

「……王位継承権者を勝手に放逐したことへの処罰は受け入れます。ですが、今回の襲撃に関する調査だけは私に任せて頂きたい。ハルカを……私から運命の相手を奪った者たちを見過ごすわけにはいきません」

力のこもった声と射るような眼差しがまっすぐに国王へと向けられている。アンリの激しい怒りを目の当たりにして、オスカーは祈るような気持ちで国王を見つめていた。
どれだけアンリが訴えようと、国王の許可がなければ調査に必要な人員は動かせない。

「……ならばやってみろ」

短くも許可を与える発言に、アンリは深く腰を折り感謝の意を示した。身を翻し扉へ向かう前にアンリと視線が重なる。一秒にも満たない時間だったが、十分なほどに強い思いが伝わってきた。

(大切な相手を失って悲嘆に暮れる王子を懐柔するなど容易いことだと思っていたが……)

決意と敵意に満ちた瞳を思い出して、オスカーはこの事態を切り抜けるための方策を練り始めたのだった。
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