30 / 45
招待状
しおりを挟む
「このタイミングで茶会など何か企んでいるとしか思えない」
硬い口調で不信感を滲ませながらアンリは手紙をテーブルの上に置く。陽香宛てに届いたのは、ジゼル・バゼーヌ侯爵令嬢からの茶会の誘いだった。
「それは私を殺そうとしたのがバゼーヌ侯爵家だから?」
あの事件の後、調査中だと言う理由で何も知らされていなかったが、あれ以上陽香を動揺させないためだったのだろう。陽香の言葉にアンリは躊躇いながらも肯定の意を示した。
「一番疑わしくそれが可能だと言うだけで、まだ確固たる証拠は得られていないんだ。他にも候補はいるが、これほどの危険を冒すとなると相応のメリットがなければ見合わないからね」
娘を王太子妃にと望んでいるバゼーヌ侯爵にとって一番の障害は、運命の相手である陽香だ。
ちなみに次に怪しいのは王妃だが、動機がやや弱い。現時点で陽香の命を狙うメリットはないし、脅すためだけならわざわざ暗殺者を雇う必要がなかったからだ。
あの時店内にいた3人のうち、1人は傷を負わせたものの逃がしてしまい、他の二人は逃げきれないと悟った途端にその場で自害した。身元を調べているものの、迷わず命を絶ったことから暗殺などを生業とした集団の一味だと見られている。
逃げた男と残留物から調査を行っているが、依頼者に辿り着く可能性は低い。
「そっか。じゃあ招待に応じたほうがいいね」
陽香がそう言うと、アンリとメルヴィンがぎょっとした表情になった。
「ハルカ、それは危険すぎる。相手の領域にわざわざ出向く必要はない」
「相手が何かしてくるつもりなら、逆に絶好の機会じゃないの?それなりの危険を負わなきゃ対価が得られないでしょ。……エディットさんを傷付けた連中をそのままにはしておけない」
陽香がそう反論するとメルヴィンが顔を顰めた。実行犯の1人を取り逃し、有力な証言を得られなかったことをメルヴィンは悔いているのだ。狙われたのはエディットではないが、犯人が捕まらなければいつまでも不安は残るだろう。
「それにその場で命を奪われることまではしないはずだよ」
招待した相手が亡くなれば疑われるのは必至だし、そこまで短絡的だとは思わない。ただこれがジゼル本人の意思なのか、バゼーヌ侯爵からの指示なのかで話は変わってくる。
「証拠を掴むためにハルカを囮にする気はないよ」
「でもいつまでもこのままじゃいられないよね」
断固反対の構えを見せていたアンリの瞳が揺らいだ。陽香が諦めていたからこそ触れずにいた話だったが、その先を考えてしまったからには避けて通れないことだった。
「アンリ、私はあなたの妃にはならないよ。だけどアンリは王太子で、必ず妃を迎える必要があるんだよね?候補者として一番適任なのはジゼル嬢だと思っているんだけど、間違ってる?」
王太子妃を周辺諸国から迎えることも可能だろうが、アンリと国王夫妻の関係を考えるに国内の有力貴族から娶る方がアンリの力になるはずだ。
「……ジゼル嬢は社交界でも評価は高く、母上にも気に入られていて身分も問題ない。そういう意味では最有力候補に違いないが、バゼーヌ侯爵たちが罪を犯しているなら話は別だ」
「親の罪を子供も負わなくてはいけないの?」
陽香の言葉にアンリは無言で目を瞠った。軽い気持ちで発した言葉だが、それが国の決まりであるならば陽香が口出しすることではないし、現時点でジゼルが何もしていないという証拠もない。
(でも、あの子は関わっていない気がする……)
あの短時間で相手の人となりを十分に理解したとは言い切れない。陽香の考えが甘いのかもしれないが、あの時ジゼルが見せた感情は本物だと思っている。
「ハルカはどうしてそんなにジゼル嬢に肩入れするんだ?」
そんなに肩入れしているつもりはなかったが、メルヴィンからすれば一度しか会ったことがない令嬢を警戒していないことが不思議なのだろう。
「ジゼル嬢の言葉に嘘を感じなかったし、私が今まで会ったことがある人たちの中では、彼女が一番アンリのことを考えていたから」
ジゼルの言葉の端々にはアンリへの気遣いが感じられた。だからこそ、アンリが悲しむから陽香を害するような真似はしたくないと言ったジゼルの言葉を陽香は信じたのだ。
視線を正面に戻すと、何故かアンリが片手で顔を覆って俯いている。
「……ハルカ、それは………狡い」
「何が?ちょっと意味が分かんないんだけど……」
メルヴィンを見ると無言で首を振られたが、何となく残念なものを見るような目で見られている気がする。
首を傾げながらもアンリが落ち着くのを待って、陽香は本題を切り出したのだった。
硬い口調で不信感を滲ませながらアンリは手紙をテーブルの上に置く。陽香宛てに届いたのは、ジゼル・バゼーヌ侯爵令嬢からの茶会の誘いだった。
「それは私を殺そうとしたのがバゼーヌ侯爵家だから?」
あの事件の後、調査中だと言う理由で何も知らされていなかったが、あれ以上陽香を動揺させないためだったのだろう。陽香の言葉にアンリは躊躇いながらも肯定の意を示した。
「一番疑わしくそれが可能だと言うだけで、まだ確固たる証拠は得られていないんだ。他にも候補はいるが、これほどの危険を冒すとなると相応のメリットがなければ見合わないからね」
娘を王太子妃にと望んでいるバゼーヌ侯爵にとって一番の障害は、運命の相手である陽香だ。
ちなみに次に怪しいのは王妃だが、動機がやや弱い。現時点で陽香の命を狙うメリットはないし、脅すためだけならわざわざ暗殺者を雇う必要がなかったからだ。
あの時店内にいた3人のうち、1人は傷を負わせたものの逃がしてしまい、他の二人は逃げきれないと悟った途端にその場で自害した。身元を調べているものの、迷わず命を絶ったことから暗殺などを生業とした集団の一味だと見られている。
逃げた男と残留物から調査を行っているが、依頼者に辿り着く可能性は低い。
「そっか。じゃあ招待に応じたほうがいいね」
陽香がそう言うと、アンリとメルヴィンがぎょっとした表情になった。
「ハルカ、それは危険すぎる。相手の領域にわざわざ出向く必要はない」
「相手が何かしてくるつもりなら、逆に絶好の機会じゃないの?それなりの危険を負わなきゃ対価が得られないでしょ。……エディットさんを傷付けた連中をそのままにはしておけない」
陽香がそう反論するとメルヴィンが顔を顰めた。実行犯の1人を取り逃し、有力な証言を得られなかったことをメルヴィンは悔いているのだ。狙われたのはエディットではないが、犯人が捕まらなければいつまでも不安は残るだろう。
「それにその場で命を奪われることまではしないはずだよ」
招待した相手が亡くなれば疑われるのは必至だし、そこまで短絡的だとは思わない。ただこれがジゼル本人の意思なのか、バゼーヌ侯爵からの指示なのかで話は変わってくる。
「証拠を掴むためにハルカを囮にする気はないよ」
「でもいつまでもこのままじゃいられないよね」
断固反対の構えを見せていたアンリの瞳が揺らいだ。陽香が諦めていたからこそ触れずにいた話だったが、その先を考えてしまったからには避けて通れないことだった。
「アンリ、私はあなたの妃にはならないよ。だけどアンリは王太子で、必ず妃を迎える必要があるんだよね?候補者として一番適任なのはジゼル嬢だと思っているんだけど、間違ってる?」
王太子妃を周辺諸国から迎えることも可能だろうが、アンリと国王夫妻の関係を考えるに国内の有力貴族から娶る方がアンリの力になるはずだ。
「……ジゼル嬢は社交界でも評価は高く、母上にも気に入られていて身分も問題ない。そういう意味では最有力候補に違いないが、バゼーヌ侯爵たちが罪を犯しているなら話は別だ」
「親の罪を子供も負わなくてはいけないの?」
陽香の言葉にアンリは無言で目を瞠った。軽い気持ちで発した言葉だが、それが国の決まりであるならば陽香が口出しすることではないし、現時点でジゼルが何もしていないという証拠もない。
(でも、あの子は関わっていない気がする……)
あの短時間で相手の人となりを十分に理解したとは言い切れない。陽香の考えが甘いのかもしれないが、あの時ジゼルが見せた感情は本物だと思っている。
「ハルカはどうしてそんなにジゼル嬢に肩入れするんだ?」
そんなに肩入れしているつもりはなかったが、メルヴィンからすれば一度しか会ったことがない令嬢を警戒していないことが不思議なのだろう。
「ジゼル嬢の言葉に嘘を感じなかったし、私が今まで会ったことがある人たちの中では、彼女が一番アンリのことを考えていたから」
ジゼルの言葉の端々にはアンリへの気遣いが感じられた。だからこそ、アンリが悲しむから陽香を害するような真似はしたくないと言ったジゼルの言葉を陽香は信じたのだ。
視線を正面に戻すと、何故かアンリが片手で顔を覆って俯いている。
「……ハルカ、それは………狡い」
「何が?ちょっと意味が分かんないんだけど……」
メルヴィンを見ると無言で首を振られたが、何となく残念なものを見るような目で見られている気がする。
首を傾げながらもアンリが落ち着くのを待って、陽香は本題を切り出したのだった。
38
お気に入りに追加
93
あなたにおすすめの小説
異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました
平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。
騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。
そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
離縁の脅威、恐怖の日々
月食ぱんな
恋愛
貴族同士は結婚して三年。二人の間に子が出来なければ離縁、もしくは夫が愛人を持つ事が許されている。そんな中、公爵家に嫁いで結婚四年目。二十歳になったリディアは子どもが出来す、離縁に怯えていた。夫であるフェリクスは昔と変わらず、リディアに優しく接してくれているように見える。けれど彼のちょっとした言動が、「完璧な妻ではない」と、まるで自分を責めているように思えてしまい、リディアはどんどん病んでいくのであった。題名はホラーですがほのぼのです。
※物語の設定上、不妊に悩む女性に対し、心無い発言に思われる部分もあるかと思います。フィクションだと割り切ってお読み頂けると幸いです。
※なろう様、ノベマ!様でも掲載中です。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
改稿版 婚約破棄の代償
ぐう
恋愛
婚約破棄の代償の改稿です。
婚約破棄の代償をコンラートは支払えるのか。
第一王子コンラートが伯爵家庶子ミリアムに夢中になって、幼い頃からの婚約者アネットに婚約破棄を言い渡した。それはなんのために?
ストーリーは同じですが、どうしても不自然だったストーリーを書き直しました。
また残酷な場面を付け加えたため、R15にしました。
前回に比べると皆残酷な面を剥き出しにしています。ちょっと興醒めかもしれません。
最後の転生後の出会いも、改稿後はもっと長くなっています。
王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐
当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。
でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。
その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。
ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。
馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。
途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。
このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。
若松だんご
恋愛
「リリー。アナタ、結婚なさい」
それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。
まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。
お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。
わたしのあこがれの騎士さま。
だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!
「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」
そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。
「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」
なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。
あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!
わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる