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罪悪感
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昼に泣いてしまったせいで気を遣ってくれたのか、エディットから夕食に誘われた。
いつもは早上がりする陽香のために、おかずを挟んだパンや具入りおにぎりなどを持たせてもらっており、食堂で働くようになって陽香の食生活は大幅に改善されている。
メルヴィンが快諾したことは少し意外だったが、昔から時折二人で酒を飲むことがあるらしい。
「遠慮しないでたくさん食べてね」
具沢山のオムレツ、優しい香りのホワイトシチュー、しっとり柔らかな鶏ハム、そして籠に盛られた黒パンがあっという間にテーブルの上に並べられた。
「ありがとうございます。いただきます」
食欲をそそる匂いに急激にお腹が空いてくる。朝食もほとんど食べず、昼間もスープだけだったことを思い出して納得しながら、手と口を忙しく動かしていく。
そんな陽香をエディットは温かい眼差しで見つめている。
「エディットさん、とても美味しいです」
「そう言ってもらえて良かったわ。ジェイには敵わないけど私の腕も捨てたもんじゃないでしょう?」
茶目っ気たっぷりなウインクに、陽香は力強く頷いた。ジェイの料理ももちろん美味しいが、エディットの料理はほっとするような優しい味わいで、いわゆる家庭料理というものなのだろう。
「ごちそうさまでした。すっかり食べ過ぎてしまいました」
「ふふふ、でも甘い物は別腹よね?林檎のパイを焼いたのよ」
夕方ごろに甘い匂いが厨房から漂っていたのはそのせいだったようだ。
「食べたい……ですけど、お腹がいっぱいです」
「じゃあ一切れを半分こにしない?残りは包むから明日の朝にでも食べたらいいわ」
「はい、ありがとうございます」
陽香が頷くと、エディットは嬉しそうに笑みを浮かべて厨房へとパイを取りに向かう。
(こんなに食べたの、久し振りかも……)
陽香の境遇を察しているだろうに、エディットはそのことに触れることはなく、日常の何気ない話題ばかりを口にして、場を和ませてくれていた。
それがとても心地よくて優しくて、甘えてしまいそうになる。
(……そろそろ潮時なのかな)
残された短い時間なら許されると思っていたが、日に日に強くなる思いに陽香はぎゅっと手の平を握り締めた。
(それでも今日だけは……)
「ハルカちゃん、お待たせ。エディットさん特製の林檎パイよ」
エディットの朗らかな声に、陽香は重たい感情を胸のうちに押し殺して笑顔を作った。
林檎たっぷりのパイを平らげると、そろそろあちらもお開きのようだとエディットが教えてくれた。ご馳走になったお礼にせめて洗い物だけでもと申し出たが、今日はお客様だからと笑って送り出された。
神妙な面持ちを浮かべたメルヴィンは酒を飲んだようには見えなかったが、一応勤務中だからだろうか。もしかしたらただの口実だったのかもしれないが、きっと陽香が知る必要はないことだ。
互いの沈黙は気にならなかったが、城に近づくにつれて足が重くなる。
(戻りたくないな。でも今逃げてもすぐに捕まってしまうだけだし、それに――)
「ハルカ」
そんなことを考えていたせいで、メルヴィンからの呼びかけに肩を震わせてしまう。疚しいことがあるのではと疑われるような反応に、陽香は唇を噛みしめて自分を叱咤する。
(私のせいじゃない。悪いのはこの人たちだもの)
無言でメルヴィンを睨みつければ、悲しそうな瞳と目があった。苛々が込み上げてきて、陽香は視線を逸らす。
さっきまで温かかった心がすっと冷めて、行き場のない感情が荒れ狂っている。
「いや――なんでもない。悪かった」
穏やかな声と気遣うような口調が嫌だ。アンリの切実な声がよぎり、すべてを放り出して感情をぶちまけたくなる。
ただそうしたところで決してこの思いはなくならないし、余計に惨めになるだけだ。
いっそあのまま奴隷だった方がましだったのかもしれない。あの頃はそんな風に思う日がくるなんて夢にも思わなかった。
部屋に戻るとすぐさま陽香は、引き出しにしまっていた薔薇水の小瓶とヒヨコのぬいぐるみを掴んで、ゴミ箱に投げ入れた。
「ハルカ、それは――」
「捨てといて。もう休むから」
ゴミ箱を押し付けると、そのまま無言で服を脱ごうとしたがメルヴィンはその場に留まっている。普段なら着替えようとしたところですぐに察して出て行くのだが、動く気配がなく陽香は苛立ちをぶつけた。
「着替えるんだから出てってよ、変態」
「大事にしていたものだろう?失ってから後悔しないようもう一度考えた方がいいんじゃないか?」
喧嘩腰に言えば憐憫の籠った眼差しと言い聞かすような口調が煩わしい。
「っ、もういい!出て行かないなら私が出て行く!」
「ハルカ、落ち着け。……オムライスの件は悪かった。余計な事をして嫌な思いをさせた」
ジェイは店に出すための試作品だと言っていたが、本当は自分のためだったのだ。信頼していたジェイにも裏切られたような気分で、陽香は堪らず床にうずくまった。
(私から全てを奪ったのはこの人たちなのに……)
力任せに拳で床を叩くと鈍い痛みが広がる。だけどそれよりも心のほうがもっと痛い。
再び振り下ろしたところで、腕を掴まれて陽香は暴れた。
「ハルカ、自分を傷付けるな。どんなに苦しくても辛くても、お前の大切な人たちもそんなことは絶対に望んでいない」
「――お前が言うなっ!お前たちが、私の家族の想いを代弁するなんて、許さない!お前たちのせいで、私が召喚されたせいで、どれだけみんなを苦しめてると思ってるんだ!」
押し込めていた感情が涙とともに溢れ出す。
「お母さんはっ、誰かが1日外泊するだけで寂しがるような人なのに、急にいなくなってどれだけ心配していると思う?お父さんもお兄ちゃんも諦めずに探してくれているはずだし、光流くんは不安で泣いているかもしれない。どれだけ必死に探しても、生きてるか死んでるかも分かんない状態で、この先ずっと待ち続けなきゃいけないんだよ!ねえ、それがどれだけ酷いことか分かる?!」
明るく社交的な母と真面目で優しい父親、意地悪だけど頼りになる兄と甘えん坊な可愛い弟。大好きで仲の良い家族だった。だからこそ、自分の不在が家族に大きな影を落とすことは想像に難くない。
「私のせいで……みんなが不幸に――」
「ハルカのせいじゃない。お前だけは絶対に悪くないからそんな風に考えるな」
何度も自分に言い聞かせた言葉、だけどそれなら一体どうすればいいんだろう。
奴隷の頃は家族を想うことで心の支えにしていた。この世界に迷い込んだのが召喚のせいだと分かってからはアンリを憎んだが、反省し真摯な態度を取り続けるアンリに反発し続けるのは自分が嫌な人間になったようで堪らなくなった。
楽しい、嬉しい、美味しいという正の感情を覚えることに罪悪感を抱くようになったのはいつからだろうか。
「放せ、触るな!」
躊躇うように頭に触れるメルヴィンの腕を振り払って、陽香は暴れ続けた。その拍子に腕がメルヴィンの顔に当たったが、痛そうな素振りを見せずただひたすら心配そうに見守っている。
その眼差しが、優しさが苦しくて堪らない。
「みんな嫌い、大っ嫌い!」
八つ当たりにしか過ぎない言葉は、そのまま自分に返ってくる。こんな自分が嫌で仕方がないのに、許すことも歩み寄ることも出来ない。
それは家族への裏切りだ。
「嫌っていいし、許さなくていい。それが当然なんだ。ハルカが自分を責める必要なんてない。……ハルカが幸せになれるまで、俺はずっとお前を護り続けると誓うよ」
穏やかな声で告げられた言葉に、陽香は反射的に叫んでいた。
「私がいなくなったせいで家族が苦しんでいるのに、私だけ幸せになんかなれるわけがないでしょう!!」
「それでもだ。ハルカは幸せになっていいんだ」
力強い眼差しはすぐに歪んだ視界から消えて、陽香は子供のように声を上げて泣き続けた。
いつもは早上がりする陽香のために、おかずを挟んだパンや具入りおにぎりなどを持たせてもらっており、食堂で働くようになって陽香の食生活は大幅に改善されている。
メルヴィンが快諾したことは少し意外だったが、昔から時折二人で酒を飲むことがあるらしい。
「遠慮しないでたくさん食べてね」
具沢山のオムレツ、優しい香りのホワイトシチュー、しっとり柔らかな鶏ハム、そして籠に盛られた黒パンがあっという間にテーブルの上に並べられた。
「ありがとうございます。いただきます」
食欲をそそる匂いに急激にお腹が空いてくる。朝食もほとんど食べず、昼間もスープだけだったことを思い出して納得しながら、手と口を忙しく動かしていく。
そんな陽香をエディットは温かい眼差しで見つめている。
「エディットさん、とても美味しいです」
「そう言ってもらえて良かったわ。ジェイには敵わないけど私の腕も捨てたもんじゃないでしょう?」
茶目っ気たっぷりなウインクに、陽香は力強く頷いた。ジェイの料理ももちろん美味しいが、エディットの料理はほっとするような優しい味わいで、いわゆる家庭料理というものなのだろう。
「ごちそうさまでした。すっかり食べ過ぎてしまいました」
「ふふふ、でも甘い物は別腹よね?林檎のパイを焼いたのよ」
夕方ごろに甘い匂いが厨房から漂っていたのはそのせいだったようだ。
「食べたい……ですけど、お腹がいっぱいです」
「じゃあ一切れを半分こにしない?残りは包むから明日の朝にでも食べたらいいわ」
「はい、ありがとうございます」
陽香が頷くと、エディットは嬉しそうに笑みを浮かべて厨房へとパイを取りに向かう。
(こんなに食べたの、久し振りかも……)
陽香の境遇を察しているだろうに、エディットはそのことに触れることはなく、日常の何気ない話題ばかりを口にして、場を和ませてくれていた。
それがとても心地よくて優しくて、甘えてしまいそうになる。
(……そろそろ潮時なのかな)
残された短い時間なら許されると思っていたが、日に日に強くなる思いに陽香はぎゅっと手の平を握り締めた。
(それでも今日だけは……)
「ハルカちゃん、お待たせ。エディットさん特製の林檎パイよ」
エディットの朗らかな声に、陽香は重たい感情を胸のうちに押し殺して笑顔を作った。
林檎たっぷりのパイを平らげると、そろそろあちらもお開きのようだとエディットが教えてくれた。ご馳走になったお礼にせめて洗い物だけでもと申し出たが、今日はお客様だからと笑って送り出された。
神妙な面持ちを浮かべたメルヴィンは酒を飲んだようには見えなかったが、一応勤務中だからだろうか。もしかしたらただの口実だったのかもしれないが、きっと陽香が知る必要はないことだ。
互いの沈黙は気にならなかったが、城に近づくにつれて足が重くなる。
(戻りたくないな。でも今逃げてもすぐに捕まってしまうだけだし、それに――)
「ハルカ」
そんなことを考えていたせいで、メルヴィンからの呼びかけに肩を震わせてしまう。疚しいことがあるのではと疑われるような反応に、陽香は唇を噛みしめて自分を叱咤する。
(私のせいじゃない。悪いのはこの人たちだもの)
無言でメルヴィンを睨みつければ、悲しそうな瞳と目があった。苛々が込み上げてきて、陽香は視線を逸らす。
さっきまで温かかった心がすっと冷めて、行き場のない感情が荒れ狂っている。
「いや――なんでもない。悪かった」
穏やかな声と気遣うような口調が嫌だ。アンリの切実な声がよぎり、すべてを放り出して感情をぶちまけたくなる。
ただそうしたところで決してこの思いはなくならないし、余計に惨めになるだけだ。
いっそあのまま奴隷だった方がましだったのかもしれない。あの頃はそんな風に思う日がくるなんて夢にも思わなかった。
部屋に戻るとすぐさま陽香は、引き出しにしまっていた薔薇水の小瓶とヒヨコのぬいぐるみを掴んで、ゴミ箱に投げ入れた。
「ハルカ、それは――」
「捨てといて。もう休むから」
ゴミ箱を押し付けると、そのまま無言で服を脱ごうとしたがメルヴィンはその場に留まっている。普段なら着替えようとしたところですぐに察して出て行くのだが、動く気配がなく陽香は苛立ちをぶつけた。
「着替えるんだから出てってよ、変態」
「大事にしていたものだろう?失ってから後悔しないようもう一度考えた方がいいんじゃないか?」
喧嘩腰に言えば憐憫の籠った眼差しと言い聞かすような口調が煩わしい。
「っ、もういい!出て行かないなら私が出て行く!」
「ハルカ、落ち着け。……オムライスの件は悪かった。余計な事をして嫌な思いをさせた」
ジェイは店に出すための試作品だと言っていたが、本当は自分のためだったのだ。信頼していたジェイにも裏切られたような気分で、陽香は堪らず床にうずくまった。
(私から全てを奪ったのはこの人たちなのに……)
力任せに拳で床を叩くと鈍い痛みが広がる。だけどそれよりも心のほうがもっと痛い。
再び振り下ろしたところで、腕を掴まれて陽香は暴れた。
「ハルカ、自分を傷付けるな。どんなに苦しくても辛くても、お前の大切な人たちもそんなことは絶対に望んでいない」
「――お前が言うなっ!お前たちが、私の家族の想いを代弁するなんて、許さない!お前たちのせいで、私が召喚されたせいで、どれだけみんなを苦しめてると思ってるんだ!」
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「お母さんはっ、誰かが1日外泊するだけで寂しがるような人なのに、急にいなくなってどれだけ心配していると思う?お父さんもお兄ちゃんも諦めずに探してくれているはずだし、光流くんは不安で泣いているかもしれない。どれだけ必死に探しても、生きてるか死んでるかも分かんない状態で、この先ずっと待ち続けなきゃいけないんだよ!ねえ、それがどれだけ酷いことか分かる?!」
明るく社交的な母と真面目で優しい父親、意地悪だけど頼りになる兄と甘えん坊な可愛い弟。大好きで仲の良い家族だった。だからこそ、自分の不在が家族に大きな影を落とすことは想像に難くない。
「私のせいで……みんなが不幸に――」
「ハルカのせいじゃない。お前だけは絶対に悪くないからそんな風に考えるな」
何度も自分に言い聞かせた言葉、だけどそれなら一体どうすればいいんだろう。
奴隷の頃は家族を想うことで心の支えにしていた。この世界に迷い込んだのが召喚のせいだと分かってからはアンリを憎んだが、反省し真摯な態度を取り続けるアンリに反発し続けるのは自分が嫌な人間になったようで堪らなくなった。
楽しい、嬉しい、美味しいという正の感情を覚えることに罪悪感を抱くようになったのはいつからだろうか。
「放せ、触るな!」
躊躇うように頭に触れるメルヴィンの腕を振り払って、陽香は暴れ続けた。その拍子に腕がメルヴィンの顔に当たったが、痛そうな素振りを見せずただひたすら心配そうに見守っている。
その眼差しが、優しさが苦しくて堪らない。
「みんな嫌い、大っ嫌い!」
八つ当たりにしか過ぎない言葉は、そのまま自分に返ってくる。こんな自分が嫌で仕方がないのに、許すことも歩み寄ることも出来ない。
それは家族への裏切りだ。
「嫌っていいし、許さなくていい。それが当然なんだ。ハルカが自分を責める必要なんてない。……ハルカが幸せになれるまで、俺はずっとお前を護り続けると誓うよ」
穏やかな声で告げられた言葉に、陽香は反射的に叫んでいた。
「私がいなくなったせいで家族が苦しんでいるのに、私だけ幸せになんかなれるわけがないでしょう!!」
「それでもだ。ハルカは幸せになっていいんだ」
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