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薔薇の贈り物

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翌日も一緒に朝食を摂るためハルカの部屋を訪れれば、不審そうに眉を顰められた。その視線はメルヴィンにではなく、アンリの手元に向けられている。

「ハルカは薔薇が好きかな?庭で一番美しい花を持ってきたんだ」

恥じらうように目元を染めるアンリとは対照的にハルカは真顔でじっと薔薇の花束を見つめている。

(……これは、意外と興味があるのか?)

ばっさりと断られる可能性も考えていたので拍子抜けしたような気持ちになりながらも、メルヴィンはその様子を見守っていた。

「……殿下、これを受け取ると何か対価が必要になりますか?」
「そんなもの要らないよ!ハルカに喜んでもらえるなら嬉しい」

裏があるのではないかと疑いの眼差しを向けているものの、受け取る意志が感じられる。アンリが早朝から庭師に相談しながら、自らの手で一つ一つ集めたものだ。
その苦労が報われたことを喜びつつ、少女らしい可愛い一面もあるのだなと思ったのは束の間のことだった。

「ソニア、花びらに分けておいてくれる?香りが良いから薔薇水や香油にしたら売れないかな?材料がなければ最悪素材として売れると思うんだよね」

薔薇を受け取った途端にハルカはソニアと呼ばれた侍女に手渡しながら事も無げに告げた。受け取ったソニアはどうしていいのか落ち着きをなくしていると、控えていたレネが静かに口を挟んだ。

「ハルカ様、折角ですのでお食事の間だけでも飾ってはいかがでしょうか?」
「新鮮なうちに加工しないと香りが薄れますし、薔薇が好きだというわけではないので大丈夫です」

ハルカに反抗するつもりはないのだろうが、レネの助言をあっさりと却下したことでメルヴィンはひやりとした。王太子からの贈り物を売り払うという発想も如何なものかと思うが、侍女たちを煽動した可能性があるレネをこれ以上刺激するのはまずい。

「ハルカは薔薇水や香油が作れるのかい?物知りなんだね」

アンリの感心したような声に空気が緩んだ。

「出来たら私にも購入させてほしいな。ああ、その前に食事をしないと冷めてしまうね」

アンリの声にテーブルに付き、朝食の時間が始まった。
食事が並べられたあとに席を決めたため細工をされる危険性は低かったが、それでもハルカは警戒するように少しずつしか口を付けない。

それでも全く食べないよりもましだったし、毒気を抜かれたような雰囲気にメルヴィンは密かに安堵の溜息をついたのだった。

薔薇水や香油作りに必要なものはすぐに用意が出来たようで、食事を終えるとすぐにハルカはソニアとともに作業を始めた。それに掛かりきりになっているせいか、外出したいという要望は上がっていない。
昨日は日持ちのする食べ物を幾つか購入していたようなので、足りない分はそれで補うのだろう。

(気晴らしになるものがあるのは良いことだが、本当に売る気なんだろうか……)

贈り物として渡されたものをどう扱おうと勝手ではあるが、元々は王族の庭園に植えられたものなのだ。それを流用して商品化したとなれば面倒な事になるのは目に見えている。
となればハルカに諦めるよう説得するしかない。

「……そもそも何処で売るつもりなんだ?」

どれだけ質が良い物を作っても売る場所がなければどうしようもないし、実績がなく面識がない相手の商品を仕入れる商人はいないだろう。
伝手があるとすれば奴隷だった時のものだが、人脈作りに励めるような環境ではなかったはずだ。

(わざわざ自作する理由は、自由になる金が欲しいから?だとしたらあんなに堂々と売る気があることを告げるだろうか?どうせ売れないと油断させるのが目的?いや、それよりも本当に売ることが目的なのだろうか?)

メルヴィンから見てハルカは頭の回転が速く観察力だけでなく行動力もある。だから彼女はきっと無駄なことはしない。
警戒心が強く感情を見せない一方で、時折陰りを帯びる表情の中に諦観に似た何かがよぎることも気に掛かる。
そんなことを考えていたから、自然とハルカのいる客室のほうへと足を向けていた。


かしゃんと小さな音と広がる薔薇の香りに、まさかと思いながらも向かえばハルカとソニア、そしてエタンの姿あった。
その足元には割れたガラスの破片があり、それを見つめるハルカの表情が凍り付いたように固まっている。

「エタン、何があった?」

メルヴィンが声を掛けると、エタンは険しい表情で振り返った。舌打ちが聞こえてきそうな様子に嫌な予感しかしない。

「あまりにも常識をご存じないようでしたので、ご忠告を差し上げたまでですよ」

エタンはハルカに良い印象を持っていない。代々王族に仕える騎士の家系であり、真面目であることから若いながらもアンリの護衛騎士に任命されたが、今回はそれが裏目に出たようだ。

「欲しいと言われた物を売ろうとして何が悪いのです?気に食わないからといって物に当たるのは野蛮というより幼稚ですね」

その言葉で状況が分かったが、火に油を注ぐような発言にエタンの顔が怒りに染まる。

「殿下の好意を踏みにじるような真似をしておいて、よくもそんなことが言えたものだな。運命の相手だからとそのような態度がいつまでも許されると思うなよ」
「エタン、言葉が過ぎるぞ!ハルカ様、触れてはなりません!」

しゃがみ込んで細い指を伸ばしたハルカに制止の声を上げるが、気にした様子もなくハンカチの上に破片を載せる。
かしゃりと響くガラスの音に混じって、静かな声が滔々と零れる。

「貴方は見知らぬ国で奴隷となってその主人に無理やり関係を迫られても、身分が上だからという理由で簡単に相手に好意を抱けるのですね。ちっとも羨ましいとは思いませんが、貴方がそれを実践するなら自分の振る舞いを少し省みてもよいかもしれません。手本を見せてくださいますか?」

「ハルカ様、不愉快な思いをさせて申し訳ございません。後始末は俺がしますので、どうかこれ以上はご容赦ください」

壜の片付けとエタンの処遇を任せてほしいと暗に告げれば、無言で睨まれた。その隙に手を取って指先を確認したところ、幸いにも傷ついてはいないようだ。
すぐに振り払われたものの続ける気が失せたのか、小さく溜息を吐いてメルヴィンの手にガラスが載ったハンカチごと渡した。

「そちらは殿下用ですから渡しておいてください」

目を丸くしたエタンが何かを言う前に無言で圧を掛けると、流石に口を噤んだ。手の平に残されたガラスがやけに重たく感じながら、メルヴィンはハルカの後ろ姿を見送るしかなかった。
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