上 下
7 / 45

余計なこと

しおりを挟む
「またお一人で支度をされたのですか?そうやってまた私どもが仕事をしていないと騒ぎ立てるおつもりなのですね」

憤慨したような口振りだが、既に朝食を運んできている辺り、手伝う気がなかったのは明らかだ。反論すれば手伝いという名目で嫌がらせを受ける可能性があるため、陽香は無言で受け流した。

「メルヴィン様に何をおっしゃったのか存じませんが、食事は残さず召し上がってくださいね。私たちが責任を問われますので」

余計なことを、と思いつつ陽香は別のことを口にした。

「仕事をしない侍女はいらないと言ったのに、どうしてまだいるの?」

陽香の伝言を無視した侍女、ミリアンは勝ち誇ったような表情を見せる。

「殿下の運命のお相手であっても、貴女様にそんな権限はございませんので。それよりも早く召し上がっていただけますか?他にも仕事がありますから」

陽香が何も言わないことをいいことに、控室でもう一人の侍女とお喋りばかりしていたのだから、他の仕事などないはずだ。それにいくら忙しくても世話をする立場の侍女が食事を急かすなどあり得ない。

(何か入ってるな……)

嫌がらせの範疇であれば味付けを変えるか異物を混ぜるのが精々だろうが、誰かに唆されて毒を入れた可能性もゼロではない。
テーブルごとひっくり返すか、毒見と称して相手に食べさせるか考えていると、ノックの音がしてアンリが入ってきた。

「間に合って良かった。一緒に食事を摂ろうと思ってね」

にこやかに告げるアンリの言葉通りに、使用人たちが無駄のない動きで素早くテーブルの上を整えていく。それとなくミリアンの様子を窺うと、青ざめた表情で視線を彷徨わせていた。

(詰めが甘いというか、お粗末すぎる……)

何か良くないことをしていると自分から告げているようなものだ。どうすべきかと考えていたため気づくのが遅れてしまったが、何故かテーブルの上には三人分の食事が用意されているではないか。

「ハルカ」

アンリに促されて着いた席は、本来の陽香の席ではない。長方形のテーブルの短辺部分、いわゆるお誕生日席に陽香の食事は用意されていたのだが、その右側に椅子を引かれたのでとりあえず大人しく座ってみた。対面にはアンリ、そして陽香が座るはずだった席にはメルヴィンが着いた。

(仮にいつも二人が一緒に食事を摂っていたとしても、人の部屋に押しかけてまで一緒に食事を摂るのはおかしい)

となれば、きっとこれは陽香の警戒に対する対策なのだろう。王太子であるアンリに怪しい物を口にさせるわけにはいかず、メルヴィンが毒見の役割を担うらしい。
だけどこれも余計なことだと陽香は苛立ちを押し殺す。

「お、恐れ入ります。ハルカ様にご用意したお食事が冷めてしまったようなので、お取替えいたします」
「別に俺は構わない。殿下とハルカ様をお待たせするわけにもいかないからな」

必死で考えただろうミリアンの言葉をメルヴィンはばっさりと切り捨てる。新しい物を準備していればアンリとハルカの食事が冷めてしまうのだから当然だろう。

「では温かいうちに頂こうか。ハルカ、城の料理人たちが作る料理も少しでいいから食べてみて欲しいな」

(失敗した……)

ここまで言われて食べないのは我儘になる。周囲からどう思われようと知った事ではないが、陽香の中での判断としては要求を通すために振舞うことと我儘は別物であり、理由もなく食べ物を粗末にすることもよろしくない。

アンリが最初に口を付けたスープを一口飲むと、魚介の風味が効いていてとても美味しい。
向かいにいるアンリの慈しむような眼差しから目を逸らし、メルヴィンを見ると無表情で全ての料理を口にしているようだった。
平然としているようだがどこか不機嫌さを漂わせているし、ミリアンは真っ青になって今にも倒れそうだ。

「……すみませんが、先に失礼いたします」

まだ残っている料理をトレイごと片手で持ちあげると、メルヴィンはミリアンに何か囁いて一緒に部屋から出て行った。

嫌がらせに関してはミリアンの独断ではないだろう。誰が加担したのか、どんな処分が下るのかは陽香には関係のないことだが、街に出る理由がなくなったのは都合が悪い。

メルヴィンの真似をするわけではないが、一通り料理に口を付けてみたがどれもおかしな味はせず素直に美味しいと思えた。
それでもやはり懸念を完全に拭えないせいか、街で食べた物のほうが美味しく感じる。

「ハルカはどんな食べ物が好きかな?」
「……オムライスですね」

真面目に答えて、何を言っているんだろうと自嘲する。
こちらの世界に来て米を見ることはなかったし、あったとしてもそれは陽香が好きなオムライスはもう一生食べることが出来ない。

「オムライス?それはどういう料理なんだい?」
「庶民の料理で殿下が興味を持たれるようなものではありませんよ。それより慰謝料の件はいかがでしょうか?」

そう言った途端に目を輝かせていたアンリの表情が曇る。

「金銭的な慰謝料については私の個人資産から払える範囲のものだから問題ないよ。だけど、不干渉と国外への移住については……安全が保障できない。こちらの都合だと言われればその通りだが、考え直してはもらえないだろうか?」
「安全については殿下が私への、いえ運命の相手への執着を手放し干渉しないことで成り立つものだと考えています」

悲しそうな表情でアンリは首を横に振った。初対面では頭がお花畑の王子かと思っていたが、話が通じない相手ではないと思っている。
庶民でしかない陽香よりもアンリは多くの知識や情報を持っているのだろう。

「私の所為ではあるが、運命の相手を召喚することは国として認められたものだ。ハルカがこの国を離れることはトルドベール王国への反逆と見なされるだろう」

アンリは口にしないが、反逆罪には死罪が適用されるのだ。実に迷惑な話である。

「それなら慰謝料だけ先にお支払いをお願いします。今日も街に行きたいのですが、戻って来るなら構いませんよね?」

沈鬱な表情を浮かべるアンリに、陽香は淡々と告げて食事を再開したのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最悪なお見合いと、執念の再会

当麻月菜
恋愛
伯爵令嬢のリシャーナ・エデュスは学生時代に、隣国の第七王子ガルドシア・フェ・エデュアーレから告白された。 しかし彼は留学期間限定の火遊び相手を求めていただけ。つまり、真剣に悩んだあの頃の自分は黒歴史。抹消したい過去だった。 それから一年後。リシャーナはお見合いをすることになった。 相手はエルディック・アラド。侯爵家の嫡男であり、かつてリシャーナに告白をしたクズ王子のお目付け役で、黒歴史を知るただ一人の人。 最低最悪なお見合い。でも、もう片方は執念の再会ーーの始まり始まり。

異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました

平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。 騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。 そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

(完)婚約破棄された私は・・・・・・なんですけれど

青空一夏
恋愛
魔女の末裔が建国したといわれるアイザアス国では、女性は17歳でなにがしかの魔法の力に目覚める。クリスティアーナ・コーディ伯爵令嬢は特にその容姿と家柄で最強の魔女の力が目覚めると期待されていた。しかし双子の妹は火属性の魔力に目覚めたのに、クリスティアーナはなんの魔力もないと判定されたのだった。 それが原因で婚約破棄されたクリスティアーナは・・・・・・ ゆるふわ設定ご都合主義。

【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。

112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。  ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。  ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。 ※完結しました。ありがとうございました。

このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。

若松だんご
恋愛
 「リリー。アナタ、結婚なさい」  それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。  まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。  お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。  わたしのあこがれの騎士さま。  だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!  「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」  そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。  「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」  なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。  あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!  わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!

悪役令嬢はお断りです

あみにあ
恋愛
あの日、初めて王子を見た瞬間、私は全てを思い出した。 この世界が前世で大好きだった小説と類似している事実を————。 その小説は王子と侍女との切ない恋物語。 そして私はというと……小説に登場する悪役令嬢だった。 侍女に執拗な虐めを繰り返し、最後は断罪されてしまう哀れな令嬢。 このまま進めば断罪コースは確定。 寒い牢屋で孤独に過ごすなんて、そんなの嫌だ。 何とかしないと。 でもせっかく大好きだった小説のストーリー……王子から離れ見られないのは悲しい。 そう思い飛び出した言葉が、王子の護衛騎士へ志願することだった。 剣も持ったことのない温室育ちの令嬢が 女の騎士がいないこの世界で、初の女騎士になるべく奮闘していきます。 そんな小説の世界に転生した令嬢の恋物語。 ●表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_) ●毎日21時更新(サクサク進みます) ●全四部構成:133話完結+おまけ(2021年4月2日 21時完結)  (第一章16話完結/第二章44話完結/第三章78話完結/第四章133話で完結)。

夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】 王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。 しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。 「君は俺と結婚したんだ」 「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」 目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。 どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。

処理中です...