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シャーロットはエドワルド帝国に来て以来、初の外出のため馬車に揺られていた。ぼんやりと街並みを見ていたが、無意識に手を握り締めていたことに気づいて緊張しているのだと自覚した。
(駄目ね。こんなことではあの方にも伝わってしまうわ)
アイリーンを超えなければ皇妃として認められるのは難しいだろう。憂鬱な気分を振り払うかのようにシャーロットは背筋を伸ばすと、カイルとの会話を思い出す。
婚約パーティー後、シャーロットには数多くの招待状が届いた。社交も大切だったが本格的に皇妃教育に取り組むことになるため、厳選して参加するものを決めていく。最終的に皇太后であるテレーゼに確認を取り、調整を行ったものをカイルに報告すると僅かに表情が曇った。その視線の先にはメイヤー公爵家からの招待状がある。
「ロティ、本当に行きたいのか?」
「ええ、パーティーの時にお誘い頂いたのです。あの時はあまりお話する機会がありませんでしたから」
カイルの表情に気づいていたものの、シャーロットは素知らぬ顔をして答える。
「アイリーン嬢にもメイヤー公爵家にも将来の約束をしたことはない。だが彼女は優秀で周囲もそれを認めているし将来の皇妃へと推す者も少なくない」
アイリーンへの評価は事前に耳にしていたし、実際に会った時の立ち振る舞いも完璧でシャーロットにもその気持ちはよく分かった。カイル個人の意思はさておきエドワルド帝国の将来を考えればその選択が最善だ。
カイルは何も言わないが、皇妃足り得る人材がいるのにわざわざ他国の令嬢を選んだことで周囲からの反発もかなりあるのだろう。
「とても素敵な方でしたわ。だからこそアイリーン様とは良好な関係を築きたいのです」
アイリーンと不仲だという噂が流れれば、彼女を皇妃にと望む貴族たちとカイルとの対立が生じる恐れがある。内部抗争に発展すれば国益を損ない、シャーロットは皇帝を誑かした悪女としてのレッテルを貼られてしまう。
「アイリーン嬢は恐らく大丈夫だろうが……あそこは筆頭公爵家だから周囲が余計な気を回して動きかねない。脅すつもりはないが用心だけはしておいてくれ」
まるでアイリーンのことをよく知っているような口振りだったが、シャーロットはそのことには触れずにただ頷いた。するとカイルはよく出来ましたとばかりにシャーロットの頭を撫でる。
「カイル陛下、私は子供ではありませんのよ」
不快ではないが、子供扱いされているようで気恥ずかしくはある。そう告げればカイルは何故か驚いたように目を瞠るではないか。本当に子供だと思われているのかと思うと、少しむっとした気分になる。
「ああ、すまない。淑女に対して失礼だった。――うん、ロティがそういう意味で言ったわけじゃないよな」
後半のセリフはよく聞こえなかったが、立派な淑女として扱ってくれるのであれば問題ないと思ったシャーロットは聞きなおすことはしなかった。
公爵家に到着すればアイリーンが満面の笑みを浮かべて迎えてくれた。
「アイリーン様、本日はお招きいただきありがとうございます」
「来てくださって嬉しく思いますわ。シャーロット様、どうぞこちらへ」
主催者直々の案内に気遣いを感じられる。知識はあっても経験不足を思い知らされるが、学びの場として割り切ることにした。何よりも今回はアイリーンの本心を知ることが目的である。
自分と比較して落ち込むのは後回しだと考えていると、お茶会の会場である庭園に到着して思わず目を疑った。
(誰もいない……?)
色彩豊かな花々が咲き乱れる庭園には確かにお茶会の準備がされていたが、他の令嬢の姿が見えない。
暗黙のマナーとして身分が低い者は開始時刻早々に、高い者はやや遅れて参加することになっている。シャーロットは遅すぎず早すぎずの時間帯に到着したはずなのに、一人も到着していないのはおかしい。
「シャーロット様、申し訳ございません。二人だけでお話する時間をいただきたくて調整させていただきました」
アイリーンの表情からは悪意を読み取れないが、その発言から他の令嬢たちには別の時間が伝えられていたのだと分かった。連れてきた侍女は既に待合室に通され、シャーロットの味方は一人もいない。
「危害を加えるつもりはありませんので、ご安心なさってください。ただどうしてもお話したいことがありますの」
『脅すつもりはないが用心だけはしておいてくれ』
カイルの忠告が頭をよぎったが、シャーロットに拒否権はなかった。
「アイリーン様、お話とはどういった内容でしょうか?」
お茶の支度を済ませた侍女たちがいなくなると、シャーロットは質問を口にした。主導権は既にアイリーンにあり、先に口を開いたところで優位になるわけではなかったがこのまま相手のペースに流されるわけにはいかない。
ゆっくりと紅茶を口に含んだアイリーンは、どこか面白そうな瞳でシャーロットを見返した。
「マナー違反だと分かっているけど、このような機会はそうないもの。あ、先に断っておくと、私は陛下に恋愛感情を抱いていないわ」
二人きりになった途端にアイリーンは砕けた口調に変えた。それが親しみを込めてのものなのか、シャーロットを見下しての態度なのか判別がつかない。
自分がどういう態度を取るべきか迷っていると、アイリーンは何気ない口調で驚くべきことを告げた。
「単刀直入に言うと、シャーロット様は側妃になる気はないかしら?」
(駄目ね。こんなことではあの方にも伝わってしまうわ)
アイリーンを超えなければ皇妃として認められるのは難しいだろう。憂鬱な気分を振り払うかのようにシャーロットは背筋を伸ばすと、カイルとの会話を思い出す。
婚約パーティー後、シャーロットには数多くの招待状が届いた。社交も大切だったが本格的に皇妃教育に取り組むことになるため、厳選して参加するものを決めていく。最終的に皇太后であるテレーゼに確認を取り、調整を行ったものをカイルに報告すると僅かに表情が曇った。その視線の先にはメイヤー公爵家からの招待状がある。
「ロティ、本当に行きたいのか?」
「ええ、パーティーの時にお誘い頂いたのです。あの時はあまりお話する機会がありませんでしたから」
カイルの表情に気づいていたものの、シャーロットは素知らぬ顔をして答える。
「アイリーン嬢にもメイヤー公爵家にも将来の約束をしたことはない。だが彼女は優秀で周囲もそれを認めているし将来の皇妃へと推す者も少なくない」
アイリーンへの評価は事前に耳にしていたし、実際に会った時の立ち振る舞いも完璧でシャーロットにもその気持ちはよく分かった。カイル個人の意思はさておきエドワルド帝国の将来を考えればその選択が最善だ。
カイルは何も言わないが、皇妃足り得る人材がいるのにわざわざ他国の令嬢を選んだことで周囲からの反発もかなりあるのだろう。
「とても素敵な方でしたわ。だからこそアイリーン様とは良好な関係を築きたいのです」
アイリーンと不仲だという噂が流れれば、彼女を皇妃にと望む貴族たちとカイルとの対立が生じる恐れがある。内部抗争に発展すれば国益を損ない、シャーロットは皇帝を誑かした悪女としてのレッテルを貼られてしまう。
「アイリーン嬢は恐らく大丈夫だろうが……あそこは筆頭公爵家だから周囲が余計な気を回して動きかねない。脅すつもりはないが用心だけはしておいてくれ」
まるでアイリーンのことをよく知っているような口振りだったが、シャーロットはそのことには触れずにただ頷いた。するとカイルはよく出来ましたとばかりにシャーロットの頭を撫でる。
「カイル陛下、私は子供ではありませんのよ」
不快ではないが、子供扱いされているようで気恥ずかしくはある。そう告げればカイルは何故か驚いたように目を瞠るではないか。本当に子供だと思われているのかと思うと、少しむっとした気分になる。
「ああ、すまない。淑女に対して失礼だった。――うん、ロティがそういう意味で言ったわけじゃないよな」
後半のセリフはよく聞こえなかったが、立派な淑女として扱ってくれるのであれば問題ないと思ったシャーロットは聞きなおすことはしなかった。
公爵家に到着すればアイリーンが満面の笑みを浮かべて迎えてくれた。
「アイリーン様、本日はお招きいただきありがとうございます」
「来てくださって嬉しく思いますわ。シャーロット様、どうぞこちらへ」
主催者直々の案内に気遣いを感じられる。知識はあっても経験不足を思い知らされるが、学びの場として割り切ることにした。何よりも今回はアイリーンの本心を知ることが目的である。
自分と比較して落ち込むのは後回しだと考えていると、お茶会の会場である庭園に到着して思わず目を疑った。
(誰もいない……?)
色彩豊かな花々が咲き乱れる庭園には確かにお茶会の準備がされていたが、他の令嬢の姿が見えない。
暗黙のマナーとして身分が低い者は開始時刻早々に、高い者はやや遅れて参加することになっている。シャーロットは遅すぎず早すぎずの時間帯に到着したはずなのに、一人も到着していないのはおかしい。
「シャーロット様、申し訳ございません。二人だけでお話する時間をいただきたくて調整させていただきました」
アイリーンの表情からは悪意を読み取れないが、その発言から他の令嬢たちには別の時間が伝えられていたのだと分かった。連れてきた侍女は既に待合室に通され、シャーロットの味方は一人もいない。
「危害を加えるつもりはありませんので、ご安心なさってください。ただどうしてもお話したいことがありますの」
『脅すつもりはないが用心だけはしておいてくれ』
カイルの忠告が頭をよぎったが、シャーロットに拒否権はなかった。
「アイリーン様、お話とはどういった内容でしょうか?」
お茶の支度を済ませた侍女たちがいなくなると、シャーロットは質問を口にした。主導権は既にアイリーンにあり、先に口を開いたところで優位になるわけではなかったがこのまま相手のペースに流されるわけにはいかない。
ゆっくりと紅茶を口に含んだアイリーンは、どこか面白そうな瞳でシャーロットを見返した。
「マナー違反だと分かっているけど、このような機会はそうないもの。あ、先に断っておくと、私は陛下に恋愛感情を抱いていないわ」
二人きりになった途端にアイリーンは砕けた口調に変えた。それが親しみを込めてのものなのか、シャーロットを見下しての態度なのか判別がつかない。
自分がどういう態度を取るべきか迷っていると、アイリーンは何気ない口調で驚くべきことを告げた。
「単刀直入に言うと、シャーロット様は側妃になる気はないかしら?」
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