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対策
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「お側を離れたばかりに申し訳ございません」
「ジョナスが側にいなければロッティ子爵令嬢も危害を加えられた可能性がある。上手く切り抜けられたのはお前のおかげだし、むしろ今回のことは僕の落ち度だ。……それよりもトーカの様子はどうだった?あの時は落ち着いているように見えたけど……」
弁解もなくただ頭を下げ続けるジョナスにそう尋ねれば、ジョナスはようやく顔を上げた。張り詰めた表情は己の失態を恥じているのだろう。
ここ最近の変化に懸念を示したジョナスがロッティ子爵令嬢を職場まで送り届けようとしたところ、数人の貴族令息たちに絡まれたらしい。本人たちは無関係だと主張しているものの、ナナカたちの邪魔をさせないように足止めをしていたことは状況からも明らかだ。
配置している騎士たちも、ただ会いに来ただけだと言われれば御子であるナナカの命令を拒絶できずに通してしまった。上位の者からの命令に従った騎士たちを処罰するわけにはいかず、国王権限で新たに命じて今後の対策を講じたばかりだ。
「無理をされているご様子はありませんでした。ただミレーは少しお寂しそうだと申しておりました。今日は就寝までお側に控えているそうです」
ミレーが常に側にいると聞いて少しだけ不安が和らぐ。男爵家の出身とは言え、フィルの乳母を務めていたミレーを見下す者はいない。だがナナカはそれを考慮することなく、不敬だと断じて罰を与えようとしたのだ。
(トーカが庇わなかったらどうなっていたことか……)
剣に手を掛けていたとジョナスから聞いた時には耳を疑ってしまった。主人の身を守るためではなく、ただ職務を果たそうとした侍女にどれほど重い罰を与えるつもりだったのか。ましてやすぐ側には同等の敬意を払うべきトーカがいたのだ。
じわじわと浸食するように広がっていく噂とナナカの態度は、確実に周囲に影響を与えている。
(今回は大事に至らなかった。だが次もそうだという保証はない)
知らせを受けた時にはヒヤリとしたが、駆け付けて見ればトーカは冷静に対応しているようだった。ナナカは被害者を装っていたものの、不自然な格好とその言い分からトーカに暴力を働こうとしたのはナナカの方だろう。
初めて会った時から息を吐くようにトーカを貶め、優位性を保持しようとする姿勢に嫌悪感しかなかったが、立場を得て更に拍車が掛かったようだ。
御子と認めて以来、何かと理由をつけて呼び出されるのはトーカに会わせないようにしているのだとすぐに分かった。気分は良くないがトーカに被害が及ばないならと耐えていたのだ。それなのに父上との面談している隙にトーカの下に押しかける暴挙に溜息しか出ない。
「御子は必ずしも清廉な人格ばかりではないそうだが、あれは本当に御子なのか……?」
フィルがそう疑ってしまうのは、ナナカの性格だけでなく力が発動したタイミングのせいでもあった。トーカが魔力を発動させている際に断りもなく触れたその翌日に御子の力が確認され、トーカは体調を崩した。
さらには一晩休んでも回復しないほどに魔力が弱まっているのだ。他人の魔力を奪う方法など聞いたこともないが、そう考えると辻褄が合うと思うのは穿ち過ぎだろうか。
フィルの言葉にジョナスも硬い表情のまま同意を示した。
「ナナカ様が御子の力を発動されたのは一度きりです。もしもそれがトーカ様の魔力であれば、ナナカ様は今後もトーカ様に接触しようとするでしょう。ナナカ様とトーカ様を物理的に引き離してお互いの魔力に影響があれば、それを証明することができるかと思います」
フィルの仮定が正しいとして、ナナカは意図的にトーカの魔力を奪っているとは思えない。そうであれば懐柔するなり脅すなりして常に自分の側に置こうとするだろう。
「メリル・ネイワースの言葉がここまで影響を持つようになるとは……」
二人目の御子という異例な事態に、ナナカこそが本物の御子ではないかという声が囁かれている。
己の立場を当然のように受け入れているナナカは堂々としており、早々に御子の力を発動させたのだ。
また一度トーカを軽んじた者たちが、もう一人の御子であるナナカに取り入ることで立場や名誉を回復させようと動いていることも頭の痛い問題だった。
フィルの動きを誰かがナナカたちに伝えなければ、トーカの下に向かうことは難しかっただろう。
「セルリシアの泉にお連れしてはいかがでしょうか?」
女神の恩寵を授かることができると伝えられている奇跡の泉は、御子にとっても縁のある場所だ。過去にその泉が枯れかけたことがあったが、御子がその場を訪れた途端に地中から滔々と水が湧き出て泉を満たしたという。
「御子が訪れることで影響を与える場所であれば、理由としては申し分ない。ただ、僕が同行しない訳にはいかないだろうな」
我儘で傲慢であっても愚かではない。王城から移動するとなれば警戒するだろうし、こちらの狙いを悟られずにナナカを城から連れ出さなければならない。
トーカを安全な場所へと避難させることも考えたが、そうすればナナカの立場を強くする危険性があった。ましてやこの状況でトーカがハウゼンヒルト神聖国内からいなくなれば偽者としての疑いを煽りかねない。
トーカの側を離れたくはないが、あちらの対処が優先だろう。
ナナカをトーカから引き離すことがトーカの安全に繋がるのだと自分に言い聞かせながら、フィルは今後の対策について、ジョナスと綿密な打ち合わせを行ったのだった。
「ジョナスが側にいなければロッティ子爵令嬢も危害を加えられた可能性がある。上手く切り抜けられたのはお前のおかげだし、むしろ今回のことは僕の落ち度だ。……それよりもトーカの様子はどうだった?あの時は落ち着いているように見えたけど……」
弁解もなくただ頭を下げ続けるジョナスにそう尋ねれば、ジョナスはようやく顔を上げた。張り詰めた表情は己の失態を恥じているのだろう。
ここ最近の変化に懸念を示したジョナスがロッティ子爵令嬢を職場まで送り届けようとしたところ、数人の貴族令息たちに絡まれたらしい。本人たちは無関係だと主張しているものの、ナナカたちの邪魔をさせないように足止めをしていたことは状況からも明らかだ。
配置している騎士たちも、ただ会いに来ただけだと言われれば御子であるナナカの命令を拒絶できずに通してしまった。上位の者からの命令に従った騎士たちを処罰するわけにはいかず、国王権限で新たに命じて今後の対策を講じたばかりだ。
「無理をされているご様子はありませんでした。ただミレーは少しお寂しそうだと申しておりました。今日は就寝までお側に控えているそうです」
ミレーが常に側にいると聞いて少しだけ不安が和らぐ。男爵家の出身とは言え、フィルの乳母を務めていたミレーを見下す者はいない。だがナナカはそれを考慮することなく、不敬だと断じて罰を与えようとしたのだ。
(トーカが庇わなかったらどうなっていたことか……)
剣に手を掛けていたとジョナスから聞いた時には耳を疑ってしまった。主人の身を守るためではなく、ただ職務を果たそうとした侍女にどれほど重い罰を与えるつもりだったのか。ましてやすぐ側には同等の敬意を払うべきトーカがいたのだ。
じわじわと浸食するように広がっていく噂とナナカの態度は、確実に周囲に影響を与えている。
(今回は大事に至らなかった。だが次もそうだという保証はない)
知らせを受けた時にはヒヤリとしたが、駆け付けて見ればトーカは冷静に対応しているようだった。ナナカは被害者を装っていたものの、不自然な格好とその言い分からトーカに暴力を働こうとしたのはナナカの方だろう。
初めて会った時から息を吐くようにトーカを貶め、優位性を保持しようとする姿勢に嫌悪感しかなかったが、立場を得て更に拍車が掛かったようだ。
御子と認めて以来、何かと理由をつけて呼び出されるのはトーカに会わせないようにしているのだとすぐに分かった。気分は良くないがトーカに被害が及ばないならと耐えていたのだ。それなのに父上との面談している隙にトーカの下に押しかける暴挙に溜息しか出ない。
「御子は必ずしも清廉な人格ばかりではないそうだが、あれは本当に御子なのか……?」
フィルがそう疑ってしまうのは、ナナカの性格だけでなく力が発動したタイミングのせいでもあった。トーカが魔力を発動させている際に断りもなく触れたその翌日に御子の力が確認され、トーカは体調を崩した。
さらには一晩休んでも回復しないほどに魔力が弱まっているのだ。他人の魔力を奪う方法など聞いたこともないが、そう考えると辻褄が合うと思うのは穿ち過ぎだろうか。
フィルの言葉にジョナスも硬い表情のまま同意を示した。
「ナナカ様が御子の力を発動されたのは一度きりです。もしもそれがトーカ様の魔力であれば、ナナカ様は今後もトーカ様に接触しようとするでしょう。ナナカ様とトーカ様を物理的に引き離してお互いの魔力に影響があれば、それを証明することができるかと思います」
フィルの仮定が正しいとして、ナナカは意図的にトーカの魔力を奪っているとは思えない。そうであれば懐柔するなり脅すなりして常に自分の側に置こうとするだろう。
「メリル・ネイワースの言葉がここまで影響を持つようになるとは……」
二人目の御子という異例な事態に、ナナカこそが本物の御子ではないかという声が囁かれている。
己の立場を当然のように受け入れているナナカは堂々としており、早々に御子の力を発動させたのだ。
また一度トーカを軽んじた者たちが、もう一人の御子であるナナカに取り入ることで立場や名誉を回復させようと動いていることも頭の痛い問題だった。
フィルの動きを誰かがナナカたちに伝えなければ、トーカの下に向かうことは難しかっただろう。
「セルリシアの泉にお連れしてはいかがでしょうか?」
女神の恩寵を授かることができると伝えられている奇跡の泉は、御子にとっても縁のある場所だ。過去にその泉が枯れかけたことがあったが、御子がその場を訪れた途端に地中から滔々と水が湧き出て泉を満たしたという。
「御子が訪れることで影響を与える場所であれば、理由としては申し分ない。ただ、僕が同行しない訳にはいかないだろうな」
我儘で傲慢であっても愚かではない。王城から移動するとなれば警戒するだろうし、こちらの狙いを悟られずにナナカを城から連れ出さなければならない。
トーカを安全な場所へと避難させることも考えたが、そうすればナナカの立場を強くする危険性があった。ましてやこの状況でトーカがハウゼンヒルト神聖国内からいなくなれば偽者としての疑いを煽りかねない。
トーカの側を離れたくはないが、あちらの対処が優先だろう。
ナナカをトーカから引き離すことがトーカの安全に繋がるのだと自分に言い聞かせながら、フィルは今後の対策について、ジョナスと綿密な打ち合わせを行ったのだった。
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