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互いの色

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それからお披露目パーティーまではあっという間だった。
元々貴族でないことや御子の立場を加味しても、弁えない者はどこにでもいる。そんな人たちにつけ込む隙を与えまいと王妃殿下の指導のもと、透花は懸命に学んだ。
その甲斐あって何とか外面だけは整えられるようになったものの、性格を急に変えることはできない。

基本的には挨拶だけで、会話を続ける必要はないので堂々としていればよいと言われたのがせめてもの救いだ。
貴族社会において、特に女性は他家との繋がりを重要視する者だが、御子である透花が社交に励むと逆に力関係の均衡を崩しかねない。

「トーカはただ僕の側にいればいいからね」

それもなかなか針の筵なのではと思わないでもなかったが、フィルが付いていてくれるなら安心だ。

午後からは侍女を増員して身支度に取り掛かる。今日ばかりはお風呂でのマッサージからしっかりと磨かれて、準備を終えた頃には既に疲労困憊の状態だったが、鏡の中の自分を透花は呆けたように見入ってしまった。

(すごい……お姫様みたいだわ)

ハーフアップにした髪はゆるく巻かれたためふわふわしていて、耳元を飾る小さなホワイトトパーズがよく映える。
夜明けを思わせる群青から青褐色と美しい夜空に変わるドレスは、ところどころに散りばめられた星空のような輝きがあり、派手ではないが目を引くような美しさがあった。

(好きな夜の色だけど……)

フィルの瞳の色にも似ていると気づいて、少しどきどきしてしまう。選んだ時は気が付かなかったし、誰からも指摘をされなかったが少し気恥ずかしい。
その想いはフィルの姿を見てますます強くなった。

「お迎えに上がりました、トーカ様」

黒を基調にした装いの中に差し色のように琥珀色が使われていて、まるで互いの色を纏っているように見える。
婚約者同士なら問題ないが、御子と王子の関係でしかないのにこれでは邪推されてしまうのではないだろうか。

「あの、フィル様……」
「トーカ様、さながら夜の妖精のように可憐で美しいですね。貴女の隣に立てることを光栄に思います」

懸念を伝えようとした透花より先に慇懃な態度で告げたフィルは、手の甲に口づけまで落としてくれる。非常に王子様らしい優雅な仕草はフィルによく似合っていたが、それを受けた透花は動揺を表に出さないようにするのが精一杯だ。

「っ、フィル様もとても素敵です」

いつもは深みのある青系統の装いが多いが、漆黒の盛装姿は涼やかな凛々しさを感じさせ、その美貌を引き立てている。
フィルのような比喩は使えないものの、かろうじて言葉を返すと嬉しそうな笑みが浮かぶ。

「ありがとうございます。実は以前冷淡に見えると言われたことがあるので迷いましたが、トーカ様に褒めていただいて嬉しいです」

そんな風に言われてしまえば、互いの色を纏っていることにについて言及しづらい。

(誰にも指摘されなかったし、多分大丈夫だよね……)

今更言っても遅いのだと透花は思い悩むのをやめると、今度は緊張が高まってきた。国王陛下への挨拶や質問への返し方、言葉遣いなど王妃殿下に習った内容を頭の中で反芻するが、いざその時になれば真っ白になってしまいそうで怖い。

「大丈夫だよ。トーカの頑張りは僕たちがよく知っているから」

耳元で囁くフィルの声に顔を上げれば、いつもの穏やかな瞳にふっと心が軽くなる。

「……うん、ありがとう」

この扉を開ければたくさんの人から注目を浴びることになる。嫌悪や好奇の滲む瞳が脳裏によぎり、深呼吸して背筋を伸ばす。以前はそれが当たり前だったと思っていたが、今は透花の瞳を褒めてくれる人もたくさんいるのだ。

「さあ、行こうか」

フィルの合図に透花はこつりと床を鳴らして踏み出した。

部屋の一番奥には国王陛下と王妃殿下の姿があり、王妃殿下が微笑みかけてくれた。集まった貴族たちは両端に分かれて深く頭を下げているが、透花が通り過ぎると背中に視線を感じる。

緊張からフィルの腕に添えた手に思わず力が入ったが、すかさずフィルが身体の位置を僅かにずらし歩きやすいように調整してくれた。
まだ入場したばかりなのに、ここで躓くわけにはいかないと顔を上げて歩けばフィルが微笑む気配がした。一人ではないのだという安心感から、震えそうな足にようやく力が戻ったようだ。

玉座の前に到着すると、立ち上がった国王陛下が胸に手を当てて頭を下げた。透花もカーテシーで返礼して、国王の隣に立つ。

予想はしていたものの、圧倒的な視線に晒されて透花は意識的に呼吸をしようとした。国王陛下の言葉も上手く頭に入ってこず、嫌な汗が流れる。

(国王陛下に名前を呼ばれたら……一歩前に出てカーテシーをするだけ……)

動揺が見透かされているのではないかと思うと、自分に注がれている視線が怖い。期待外れの御子だと思われたらと思うと、鼓動がますます早くなる。

「トーカ」

幻聴だろうかと思うほど微かな声が聞こえて、背中をとんとんと小さく叩かれた。国王陛下が話している中で褒められた行為ではないが、強張った背中に気づいて緊張を和らげようとしてくれているのだ。

(大丈夫、たくさん練習したしフィルが傍にいてくれるから)

弱気な自分を振り払うと国王陛下の声が明瞭に聞こえるようになった。
見守っていてくれるフィルの視線を感じながら、透花は微笑みを浮かべて精一杯優雅に見えるようにカーテシーを行ったのだった。
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