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反省会
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薄々感じていたが、御子は周囲から虐待を受けていたようだ。
(あんなに美しい瞳を気持ち悪いなどとよく言えたものだ)
恐らくは嫉妬と偏見によるものだが、御子がこれまでずっとそのような悪意に晒されていたのだと思うとやるせない気持ちで一杯になる。
初めて会った時の怯えた声を思い出せば、どれほど辛い境遇にいたのかと考えずにはいられない。
頑なに入浴の手伝いを固辞された時には、傷痕が残るような暴力を受けていたのではないかと危惧していたが、着替えの際にミレーがそれとなく確かめたことでその懸念は解消された。
それでもいつも不安そうな御子が労しくて、何も出来ない自分がもどかしい。
「もっと力になれれば良いのだが……。心安らかに過ごしていただくにはどうしたらいいんだろうか」
「だからと言って初対面で下僕にして欲しいと言われたら、普通は引きますよ」
呆れた口調で遠慮なく告げるジョナスに、フィルは追加の書類を机に積んでいく。
確かに言葉選びがまずかったと後で反省したものの、ジョナスに言われたくはない。じっとりと物言いたげな視線を送られたが、これも処罰の一環である。
「トーカ様からお許しいただいても僕はまだ許していないからな。あんな風に怯えるお姿を見てお前は何とも思わないのか」
結果的には御子の抱える不安が判明したとはいえ、不敬罪を適用されても仕方がない行為だ。
「フィル様が過保護なのでは?もちろん非礼は承知の上でしたが、御子であるかどうかはご本人も気にされていたのですから、早々に確認したほうが御子様のためだと判断しました」
悪びれることなく返答するジョナスに、フィルは渋面を作った。ジョナスは研究者気質なのか、真面目で優秀だが感情の機微に疎いところがある。
御子の性格を考えると相性が良くないかもしれない。
「トーカ様にあまり負担をかけるような言動は慎め。御子が心身ともに健やかでなければ、御力にも影響する。本当ならもう少し養生していただきたいのだが……」
顔合わせだけのつもりだったが、御子だと断定されたことで思うところがあったらしい。
どうやったら御子の力を使うことができるのかと問われ、まずは知識を身に付けることだとジョナスが答えたことで、勉強をしたいと言われた。
御子の要望であり、国としても望ましいことではあるのだが、フィル個人としてはまだ早いと思っている。
「御子様のご様子から推察するに、何もしていない状態のほうがご負担なのではありませんか?働きもせず衣食住を受け取るのは抵抗があるという気持ちは俺にも分かりますよ」
働かざる者食うべからずという格言があるが、ある程度余裕のある中流階級以上の子女であれば成人するまではその必要がない。
孤児院育ちのジョナスは十歳の頃には、その魔力量と頭の良さを見込まれて神官見習いとして働いていたのだからその辺りは共感できるのだろう。
初対面の際に飾り気のない会話を交わして気が合ったことから友人となり、その後は将来の側近候補として教育されたジョナスは、今では周囲から一目置かれる存在になっていた。
元孤児の平民ということで差別や偏見に晒されることもあったが、それを跳ね返すためにジョナスがどれだけ努力を積み重ねたのか知っている。
フィルよりも御子の気持ちに寄り添える立場ではあるが、ジョナスは自分にも他人にも厳しいのだ。
「ジョナスが教育係なのは順当な人選だとは思うけど、心配しかない」
「どうせその場にいらっしゃるのでしょう?今から心配しても無駄ですよ。それよりも念願の御子様にお会いして浮足立っているフィル様のほうが心配です」
淡々とした口調だが、書類から顔を上げてこちらを案じるような気配がある。
「……そうだな。トーカ様の不安を軽減することも出来ずに不甲斐ない――」
「いえ、そちらではありません」
自分の不甲斐なさを吐露しかけたところで、ばっさりと中断させられた。仕事から離れれば友人なのでさらに遠慮のない対応になる。
「フィル様は昔から御子という存在に特別な感情を抱いておられましたので、実際にお会いしたことで……戸惑われることはありませんか?」
「いや、己の至らなさを痛感するばかりだ。お辛い境遇におられたトーカ様をしっかりお護りできるように精進しないといけないな」
ジョナスの質問の意図を図りかねたが、フィルは正直に自分の気持ちを伝えた。
「……あくまでも保護対象としてなのですね」
「当然だろう?」
訝しげな視線を送ると、ジョナスは少し決まりが悪そうな表情を浮かべた。
「御子様のドレスがフィル様の瞳のお色でしたので、余計な気を回すところでした」
「馬鹿なことを言うな。トーカ様に懸想するなど畏れ多い」
ドレスを選んだのは御子だと聞いた時は、正直嬉しかった。相手の持つ色と同じ色の衣装や装飾品を纏うことは特別な意味を持つことを御子は知らないはずだが、少しは親近感を感じてくれるのではないかという気がしたからだ。
時折確かめるようにドレスの端に触れていると、雰囲気が和らいでいるようだったので気に入った証拠だろう。
(新しいことや楽しいことを体験して辛い過去を払拭して差し上げたいな)
微笑ましい光景を思い出しながら、フィルは小さく笑みを漏らした。
(あんなに美しい瞳を気持ち悪いなどとよく言えたものだ)
恐らくは嫉妬と偏見によるものだが、御子がこれまでずっとそのような悪意に晒されていたのだと思うとやるせない気持ちで一杯になる。
初めて会った時の怯えた声を思い出せば、どれほど辛い境遇にいたのかと考えずにはいられない。
頑なに入浴の手伝いを固辞された時には、傷痕が残るような暴力を受けていたのではないかと危惧していたが、着替えの際にミレーがそれとなく確かめたことでその懸念は解消された。
それでもいつも不安そうな御子が労しくて、何も出来ない自分がもどかしい。
「もっと力になれれば良いのだが……。心安らかに過ごしていただくにはどうしたらいいんだろうか」
「だからと言って初対面で下僕にして欲しいと言われたら、普通は引きますよ」
呆れた口調で遠慮なく告げるジョナスに、フィルは追加の書類を机に積んでいく。
確かに言葉選びがまずかったと後で反省したものの、ジョナスに言われたくはない。じっとりと物言いたげな視線を送られたが、これも処罰の一環である。
「トーカ様からお許しいただいても僕はまだ許していないからな。あんな風に怯えるお姿を見てお前は何とも思わないのか」
結果的には御子の抱える不安が判明したとはいえ、不敬罪を適用されても仕方がない行為だ。
「フィル様が過保護なのでは?もちろん非礼は承知の上でしたが、御子であるかどうかはご本人も気にされていたのですから、早々に確認したほうが御子様のためだと判断しました」
悪びれることなく返答するジョナスに、フィルは渋面を作った。ジョナスは研究者気質なのか、真面目で優秀だが感情の機微に疎いところがある。
御子の性格を考えると相性が良くないかもしれない。
「トーカ様にあまり負担をかけるような言動は慎め。御子が心身ともに健やかでなければ、御力にも影響する。本当ならもう少し養生していただきたいのだが……」
顔合わせだけのつもりだったが、御子だと断定されたことで思うところがあったらしい。
どうやったら御子の力を使うことができるのかと問われ、まずは知識を身に付けることだとジョナスが答えたことで、勉強をしたいと言われた。
御子の要望であり、国としても望ましいことではあるのだが、フィル個人としてはまだ早いと思っている。
「御子様のご様子から推察するに、何もしていない状態のほうがご負担なのではありませんか?働きもせず衣食住を受け取るのは抵抗があるという気持ちは俺にも分かりますよ」
働かざる者食うべからずという格言があるが、ある程度余裕のある中流階級以上の子女であれば成人するまではその必要がない。
孤児院育ちのジョナスは十歳の頃には、その魔力量と頭の良さを見込まれて神官見習いとして働いていたのだからその辺りは共感できるのだろう。
初対面の際に飾り気のない会話を交わして気が合ったことから友人となり、その後は将来の側近候補として教育されたジョナスは、今では周囲から一目置かれる存在になっていた。
元孤児の平民ということで差別や偏見に晒されることもあったが、それを跳ね返すためにジョナスがどれだけ努力を積み重ねたのか知っている。
フィルよりも御子の気持ちに寄り添える立場ではあるが、ジョナスは自分にも他人にも厳しいのだ。
「ジョナスが教育係なのは順当な人選だとは思うけど、心配しかない」
「どうせその場にいらっしゃるのでしょう?今から心配しても無駄ですよ。それよりも念願の御子様にお会いして浮足立っているフィル様のほうが心配です」
淡々とした口調だが、書類から顔を上げてこちらを案じるような気配がある。
「……そうだな。トーカ様の不安を軽減することも出来ずに不甲斐ない――」
「いえ、そちらではありません」
自分の不甲斐なさを吐露しかけたところで、ばっさりと中断させられた。仕事から離れれば友人なのでさらに遠慮のない対応になる。
「フィル様は昔から御子という存在に特別な感情を抱いておられましたので、実際にお会いしたことで……戸惑われることはありませんか?」
「いや、己の至らなさを痛感するばかりだ。お辛い境遇におられたトーカ様をしっかりお護りできるように精進しないといけないな」
ジョナスの質問の意図を図りかねたが、フィルは正直に自分の気持ちを伝えた。
「……あくまでも保護対象としてなのですね」
「当然だろう?」
訝しげな視線を送ると、ジョナスは少し決まりが悪そうな表情を浮かべた。
「御子様のドレスがフィル様の瞳のお色でしたので、余計な気を回すところでした」
「馬鹿なことを言うな。トーカ様に懸想するなど畏れ多い」
ドレスを選んだのは御子だと聞いた時は、正直嬉しかった。相手の持つ色と同じ色の衣装や装飾品を纏うことは特別な意味を持つことを御子は知らないはずだが、少しは親近感を感じてくれるのではないかという気がしたからだ。
時折確かめるようにドレスの端に触れていると、雰囲気が和らいでいるようだったので気に入った証拠だろう。
(新しいことや楽しいことを体験して辛い過去を払拭して差し上げたいな)
微笑ましい光景を思い出しながら、フィルは小さく笑みを漏らした。
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