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番外編 ~波乱な日々~
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「折角ジーナ嬢といたのにまさか眠ってしまうとは思わなかったな」
だが心地よい微睡みから目を覚ました瞬間、ジーナが側にいたことで胸が詰まるような幸せな気分になれた。
「ジーナ嬢に伝えなくて良いのですか?」
フレッドの言い分も尤もだが、ローレンツは首を横に振った。
「ようやく平穏を取り戻した彼女に余計な負担を与えたくないんだ」
学園での一件はジーナが考えるよりもずっと貴族社会に波紋を落としていた。平民と貴族の関係性を崩しかねないと危惧するのは少々行き過ぎだと思うが、それだけジーナの行動と結果は衝撃的だったのだろう。その一因は王弟である自分が関与したせいでもあるので少々後ろめたい。
だからこそジーナを護るのは当然のことであり、ローレンツはジーナに黙って護衛を付けていた。
隠密活動が得意な護衛達によって危険人物は即座に排除されている。しっかりしているようで周囲への関心が希薄なせいか、今のところジーナに気づかれた様子はない。
(だが、今回の嫌がらせはこれよりと訳が違う)
昨晩ジーナの家に暴漢が押し入りかけたのだ。未然に防ぐことが出来たものの、ジーナが事件を知ればその原因に気づくことは間違いない。そうなれば彼女はすぐさま隣国へ移住を決意するだろう。
それはローレンツにとって喜ばしいことではなかった。
「首謀者はミネッテ侯爵家の遠縁に当たる男爵家ということだが、そう簡単に尻尾は掴ませてくれないようだね」
既に実行犯と共に捕縛済みだが、ミネッテ侯爵に繋がる証言は引き出せていない。何とか足がかりが掴めないかと粘ったせいで聴取は長引き、おかげで一睡もできないまま朝を迎えることになった。
それでもこれはローレンツがすべき仕事であったし、他にも対処しておきたい問題は残っている。
仮眠を取るよう進言するフレッドに、ローレンツは首を振って微笑んだ。
「他の仕事ならいざ知らず、大切な女性を護るのを人任せにするわけにはいかないよ」
ジーナに危害を加えたところで、ミネッテ侯爵令嬢の評判が元通りになるわけでもない。それはミネッテ侯爵とて百も承知のことで、要はローレンツを交渉の席に引きずりだすためのメッセージ兼嫌がらせのつもりなのだろう。
ローレンツとしてもそろそろ落としどころを付ける必要を感じていたので、否やはないがそんなことでジーナを傷付けようとしたことは許せそうにない。
当たり障りのない挨拶や上辺だけ取り繕った言葉の中に、嫌味や遠回しな皮肉を散りばめて招待状をしたためる。
護衛の調整や不穏な動きを見せる貴族たちへの対応などを終えて、ようやく眠りへとついた。
翌朝目を覚ますと昼に近い時間だった。ジーナは昼休みに研究室に姿を現すこともあるので急ぎ支度をして学園へと向かう。
目が行き届かないのは、むしろ部外者の立ち入りが難しい学園のほうかもしれない。
ジーナが来るまで研究の続きでもしようかと手を伸ばし、フレッドとともに学舎内へと足を向けた。
時折姿を見せておくことで牽制になるし、反応を見ておきたい者たちもいる。甥であるヴィルヘルムとラトルテ侯爵令息はその筆頭だ。
ジーナの話では、ヴィルヘルムはすれ違っても視界に映っていないかのように振舞うし、ラトルテ侯爵令息はジーナを見るなり背中を向けて逃げ出していくらしい。
よほどローレンツが怖いのだろうと悪戯っぽく笑いながら話していたが、そんな態度を取るぐらいなのだから、まだジーナに思うところがあるのだろう。
(それが好意なのか、別の感情なのかは測りかねるけど……)
何かと多感な時期であるし、学園のような同年代が多い場所では互いに影響を与えて感情的になりがちだろう。好意と悪意、どちらにも傾かずにいて欲しいが人の心は得てしてままならないものだ。
昼休みになったばかりではあったが、食堂にジーナの姿を見つけることは出来なかった。ならば図書館だろうと見当をつけ、向かった先で見たのはジーナと見つめ合う男子生徒の姿だ。
真剣な表情だが目元を僅かに染めていて、熱のこもった様子でジーナに語り掛けている。一方のジーナは笑みこそ浮かべていないが、相手に向ける眼差しは柔らかく興味深そうに耳を傾けているではないか。
学園へは勉強と本を読むためだけと言い切るジーナは、友人の必要性も感じていないようだった。ジーナがそれを望むなら邪魔をするつもりはないが、異性の友人であれば別だ。そもそも彼がジーナを懐柔しようと近づいたのではないと否定できる証拠もない。
「ジーナ、ここにいたんだね」
声を掛けると小さく微笑んだ顔にほっとしながら、ジーナの隣に移動する。ローレンツの存在に目を丸くした少年から目を逸らさずにいると、動揺したように視線を彷徨わせるではないか。
(うん、怪しい。決して主観ではなく客観的に見ても絶対クロだよね)
わざとらしく口の端を上げて見せると、泣き出しそうな表情に変わる。
「……やっぱり噂は本当だったんだ」
小さく呟いて一礼すると、逃げるようにその場を後にする。その一言でローレンツは自分が随分と大人げないことをしたと分かったが、不思議そうに首を傾げるジーナの手前、素知らぬ顔をすることに決めた。
「友人との会話を邪魔してしまったかな?」
「いえ、初めて会う方だったので大丈夫です。ローレンツ様のことや研究室のことを熱心に話されていましたので、ご本人に会えて感激したのかもしれませんね」
思わず吹き出しそうになったが、勘違いしているジーナの手前ぐっと堪えた。先ほどの少年がそんな質問をしたのは、ジーナがローレンツに恋心を抱いているか確認するためだろう。
恋仲だと言う噂はあるが、それにしてはジーナが淡々とし過ぎているので最近は疑問視する声も上がっている。
少年には悪いが、噂の信憑性を増す良い機会となった。
「ところで、ローレンツ様は何故こちらに?お約束はしていなかったと思うのですが」
「うん、見回りみたいなものかな。顔を見せないと忘れられちゃうからね」
「ローレンツ様が忘れられることなんて、あり得ませんよね」
それはどうだろう、とローレンツは内心苦笑する。
忘れられることはなくても、顔を合わせる機会が減ればジーナがローレンツに抱いている関心は薄れてしまうに違いない。
(結局のところ牽制だとか警戒なんかよりも、ただジーナ嬢といる時間を増やしたいだけなんだろうね)
遅い初恋に振り回されている自分が滑稽だったが、それが嫌だとは思わなかった。ローレンツは愛しい女性に心からの笑みを浮かべながら、他愛ない会話を楽しむのだった。
だが心地よい微睡みから目を覚ました瞬間、ジーナが側にいたことで胸が詰まるような幸せな気分になれた。
「ジーナ嬢に伝えなくて良いのですか?」
フレッドの言い分も尤もだが、ローレンツは首を横に振った。
「ようやく平穏を取り戻した彼女に余計な負担を与えたくないんだ」
学園での一件はジーナが考えるよりもずっと貴族社会に波紋を落としていた。平民と貴族の関係性を崩しかねないと危惧するのは少々行き過ぎだと思うが、それだけジーナの行動と結果は衝撃的だったのだろう。その一因は王弟である自分が関与したせいでもあるので少々後ろめたい。
だからこそジーナを護るのは当然のことであり、ローレンツはジーナに黙って護衛を付けていた。
隠密活動が得意な護衛達によって危険人物は即座に排除されている。しっかりしているようで周囲への関心が希薄なせいか、今のところジーナに気づかれた様子はない。
(だが、今回の嫌がらせはこれよりと訳が違う)
昨晩ジーナの家に暴漢が押し入りかけたのだ。未然に防ぐことが出来たものの、ジーナが事件を知ればその原因に気づくことは間違いない。そうなれば彼女はすぐさま隣国へ移住を決意するだろう。
それはローレンツにとって喜ばしいことではなかった。
「首謀者はミネッテ侯爵家の遠縁に当たる男爵家ということだが、そう簡単に尻尾は掴ませてくれないようだね」
既に実行犯と共に捕縛済みだが、ミネッテ侯爵に繋がる証言は引き出せていない。何とか足がかりが掴めないかと粘ったせいで聴取は長引き、おかげで一睡もできないまま朝を迎えることになった。
それでもこれはローレンツがすべき仕事であったし、他にも対処しておきたい問題は残っている。
仮眠を取るよう進言するフレッドに、ローレンツは首を振って微笑んだ。
「他の仕事ならいざ知らず、大切な女性を護るのを人任せにするわけにはいかないよ」
ジーナに危害を加えたところで、ミネッテ侯爵令嬢の評判が元通りになるわけでもない。それはミネッテ侯爵とて百も承知のことで、要はローレンツを交渉の席に引きずりだすためのメッセージ兼嫌がらせのつもりなのだろう。
ローレンツとしてもそろそろ落としどころを付ける必要を感じていたので、否やはないがそんなことでジーナを傷付けようとしたことは許せそうにない。
当たり障りのない挨拶や上辺だけ取り繕った言葉の中に、嫌味や遠回しな皮肉を散りばめて招待状をしたためる。
護衛の調整や不穏な動きを見せる貴族たちへの対応などを終えて、ようやく眠りへとついた。
翌朝目を覚ますと昼に近い時間だった。ジーナは昼休みに研究室に姿を現すこともあるので急ぎ支度をして学園へと向かう。
目が行き届かないのは、むしろ部外者の立ち入りが難しい学園のほうかもしれない。
ジーナが来るまで研究の続きでもしようかと手を伸ばし、フレッドとともに学舎内へと足を向けた。
時折姿を見せておくことで牽制になるし、反応を見ておきたい者たちもいる。甥であるヴィルヘルムとラトルテ侯爵令息はその筆頭だ。
ジーナの話では、ヴィルヘルムはすれ違っても視界に映っていないかのように振舞うし、ラトルテ侯爵令息はジーナを見るなり背中を向けて逃げ出していくらしい。
よほどローレンツが怖いのだろうと悪戯っぽく笑いながら話していたが、そんな態度を取るぐらいなのだから、まだジーナに思うところがあるのだろう。
(それが好意なのか、別の感情なのかは測りかねるけど……)
何かと多感な時期であるし、学園のような同年代が多い場所では互いに影響を与えて感情的になりがちだろう。好意と悪意、どちらにも傾かずにいて欲しいが人の心は得てしてままならないものだ。
昼休みになったばかりではあったが、食堂にジーナの姿を見つけることは出来なかった。ならば図書館だろうと見当をつけ、向かった先で見たのはジーナと見つめ合う男子生徒の姿だ。
真剣な表情だが目元を僅かに染めていて、熱のこもった様子でジーナに語り掛けている。一方のジーナは笑みこそ浮かべていないが、相手に向ける眼差しは柔らかく興味深そうに耳を傾けているではないか。
学園へは勉強と本を読むためだけと言い切るジーナは、友人の必要性も感じていないようだった。ジーナがそれを望むなら邪魔をするつもりはないが、異性の友人であれば別だ。そもそも彼がジーナを懐柔しようと近づいたのではないと否定できる証拠もない。
「ジーナ、ここにいたんだね」
声を掛けると小さく微笑んだ顔にほっとしながら、ジーナの隣に移動する。ローレンツの存在に目を丸くした少年から目を逸らさずにいると、動揺したように視線を彷徨わせるではないか。
(うん、怪しい。決して主観ではなく客観的に見ても絶対クロだよね)
わざとらしく口の端を上げて見せると、泣き出しそうな表情に変わる。
「……やっぱり噂は本当だったんだ」
小さく呟いて一礼すると、逃げるようにその場を後にする。その一言でローレンツは自分が随分と大人げないことをしたと分かったが、不思議そうに首を傾げるジーナの手前、素知らぬ顔をすることに決めた。
「友人との会話を邪魔してしまったかな?」
「いえ、初めて会う方だったので大丈夫です。ローレンツ様のことや研究室のことを熱心に話されていましたので、ご本人に会えて感激したのかもしれませんね」
思わず吹き出しそうになったが、勘違いしているジーナの手前ぐっと堪えた。先ほどの少年がそんな質問をしたのは、ジーナがローレンツに恋心を抱いているか確認するためだろう。
恋仲だと言う噂はあるが、それにしてはジーナが淡々とし過ぎているので最近は疑問視する声も上がっている。
少年には悪いが、噂の信憑性を増す良い機会となった。
「ところで、ローレンツ様は何故こちらに?お約束はしていなかったと思うのですが」
「うん、見回りみたいなものかな。顔を見せないと忘れられちゃうからね」
「ローレンツ様が忘れられることなんて、あり得ませんよね」
それはどうだろう、とローレンツは内心苦笑する。
忘れられることはなくても、顔を合わせる機会が減ればジーナがローレンツに抱いている関心は薄れてしまうに違いない。
(結局のところ牽制だとか警戒なんかよりも、ただジーナ嬢といる時間を増やしたいだけなんだろうね)
遅い初恋に振り回されている自分が滑稽だったが、それが嫌だとは思わなかった。ローレンツは愛しい女性に心からの笑みを浮かべながら、他愛ない会話を楽しむのだった。
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感想ありがとうございます😊
楽しく読んで頂けて嬉しいです╰(*´︶`*)╯♡