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番外編 ~平穏な日々~
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ようやく平穏な日常が戻ってきた。
そう実感できるようになったものの、ジーナの一日は割と忙しい。
朝一番にすることは父の仕事の手伝いである。
もちろん不器用なジーナが直接作業に関わるわけではないが、貴族への依頼に応じた工芸品のスケジュール管理や帳簿付け、リクエストへの回答などはジーナの仕事なのだ。
最初のきっかけは本が欲しいというジーナの願望から生まれており、対応をしくじると後々面倒なこともあって、貴族関連の仕事は全て引き受けている。
家業の手伝いは平民であれば当然であるし、やりがいもあるので苦ではない。
一仕事終えたあとは、母の用意してくれた朝食を摂り学園へと向かう。
トラブルがなければ早くもなく遅くもない時間に教室に着き、授業の準備をするか図書館で借りた本を読む。
昼休みは大抵図書館で過ごし、放課後を告げるチャイムの音と同時に席を立ってローレンツのいる研究室へと向かう。
すぐに帰ってもよいが、必ず毎日立ち寄るように言われているのだ。
(助手として指名されているから、行かないとサボっていると思われて文句を付けて来る人達がいるものね)
尤もローレンツとの会話も研究室で過ごす時間も心地が良いため、用事がない時以外は遅くまで残ることも少なくない。
そんな時ローレンツはわざわざ馬車で送ってくれるのだ。最初は固辞していたが、それならば徒歩で送ろうと言われてからは馬車一択だった。
王弟を徒歩で連れまわしているなんて悪評を立てられたら堪ったものではない。
「こんにちは、ジーナ嬢」
「……ローレンツ様、また徹夜されたのでは?」
無言で優雅な微笑みを浮かべるローレンツは見惚れてしまうほどの美しさだが、ジーナは目を細め同じように無言の圧力を掛ける。
「降参だ、約束を破って悪かったよ。ジーナ嬢も最近フレッドに似てきたね」
苦笑するローレンツに対し、ジーナは護衛兼従者であるフレッドと視線を交わし頷き合う。
最初は警戒するような気配はあったが、顔を合わせるうちに徐々に打ち解けていき、今ではローレンツの生活改善へと動く同志のような存在である。
根っからの研究者気質であるローレンツは、興味があることに没頭しやすく寝食を忘れてのめり込むことも多い。
フレッドがいくら注意を促しても空返事しか返ってこないこともしばしばで、とはいえ主人であり王族であるローレンツに対し、強硬手段を取ることが出来ずにいたらしい。
だがジーナは食事と睡眠の欠如がいかに脳に悪影響や非効率に繋がるかを懇々と説明すると、ようやく腑に落ちたのか不規則な生活がかなり改善されたらしく、ジーナはフレッドから感謝されたほどだ。
「ごめんね。昨晩はどうしても後回しに出来ないことがあったんだ」
その言い回しで研究ではなく、王族としての仕事なのだと察した。これが研究に関することであればローレンツは雄弁に語り、ジーナに意見を求めてくるからだ。
そんなことに気づけるぐらいローレンツとは近しい間柄になってしまった。
(ずっと一緒にいられるわけでもないのに、何だかな……)
ローレンツが王族でなければ関わりを持つこともなかったのだが、もう少し身分が低ければ友人のような関係でいられたかもしれない。感傷的になりかけている自分に気づいて、ジーナはポイっとそれを放り捨てる。自分のことよりも今はローレンツの体調が優先だ。
「……それなら仕方ないですね。今日はもうお休みになってはいかがですか?」
「ジーナ嬢が来てくれたからもう大丈夫だよ。……うん、誤魔化しているつもりはないから怒らないで」
ジーナの前では好奇心旺盛な研究者らしい言動が多いが、王族としてのローレンツは穏やかで飄々としている半面、あまり人に弱みを見せない性格なのだと思っている。たとえ体調が悪くても学園の研究室まで足を運ぶのは、ジーナを庇護するためなのだろう。
(ローレンツ様が離れれば私を軽んじる者が出て来るから)
申し訳ないと思うもののローレンツは謝罪する必要などどこにもないのだと微笑むだけだ。だからこそローレンツの体調管理ぐらいはさせて欲しい。
「じゃあ馬車で送るから、帰るまで少しお喋りをしよう」
そう言ったのに馬車の揺れに眠気を誘われたのか、ローレンツはすぐに瞳を閉じてしまった。
この後の予定は分からないが、休める時に休んでいてほしい。
そう思ったジーナはそっと鞄から本を取り出したが、数ページも捲らないうちに左肩に重さを感じた。
そのまま読書を続けようとするものの、じわじわと伝わってくる温もりや微かに聞こえる寝息が気になって集中できない。
顔を横に向ければ端麗な顔が至近距離にあり、寝ているせいかいつもより無防備に見えて、見てはいけないものを見てしまったような感覚に陥ってしまった。
(人前で眠ったり、隙を見せないような人だと思っていたけど……)
少しは信用してくれているのだろうか。
そう思うと嬉しいようなくすぐったいような温かい気持ちが湧いて、ジーナは家に到着するまでローレンツの寝顔を見ていたのだった。
そう実感できるようになったものの、ジーナの一日は割と忙しい。
朝一番にすることは父の仕事の手伝いである。
もちろん不器用なジーナが直接作業に関わるわけではないが、貴族への依頼に応じた工芸品のスケジュール管理や帳簿付け、リクエストへの回答などはジーナの仕事なのだ。
最初のきっかけは本が欲しいというジーナの願望から生まれており、対応をしくじると後々面倒なこともあって、貴族関連の仕事は全て引き受けている。
家業の手伝いは平民であれば当然であるし、やりがいもあるので苦ではない。
一仕事終えたあとは、母の用意してくれた朝食を摂り学園へと向かう。
トラブルがなければ早くもなく遅くもない時間に教室に着き、授業の準備をするか図書館で借りた本を読む。
昼休みは大抵図書館で過ごし、放課後を告げるチャイムの音と同時に席を立ってローレンツのいる研究室へと向かう。
すぐに帰ってもよいが、必ず毎日立ち寄るように言われているのだ。
(助手として指名されているから、行かないとサボっていると思われて文句を付けて来る人達がいるものね)
尤もローレンツとの会話も研究室で過ごす時間も心地が良いため、用事がない時以外は遅くまで残ることも少なくない。
そんな時ローレンツはわざわざ馬車で送ってくれるのだ。最初は固辞していたが、それならば徒歩で送ろうと言われてからは馬車一択だった。
王弟を徒歩で連れまわしているなんて悪評を立てられたら堪ったものではない。
「こんにちは、ジーナ嬢」
「……ローレンツ様、また徹夜されたのでは?」
無言で優雅な微笑みを浮かべるローレンツは見惚れてしまうほどの美しさだが、ジーナは目を細め同じように無言の圧力を掛ける。
「降参だ、約束を破って悪かったよ。ジーナ嬢も最近フレッドに似てきたね」
苦笑するローレンツに対し、ジーナは護衛兼従者であるフレッドと視線を交わし頷き合う。
最初は警戒するような気配はあったが、顔を合わせるうちに徐々に打ち解けていき、今ではローレンツの生活改善へと動く同志のような存在である。
根っからの研究者気質であるローレンツは、興味があることに没頭しやすく寝食を忘れてのめり込むことも多い。
フレッドがいくら注意を促しても空返事しか返ってこないこともしばしばで、とはいえ主人であり王族であるローレンツに対し、強硬手段を取ることが出来ずにいたらしい。
だがジーナは食事と睡眠の欠如がいかに脳に悪影響や非効率に繋がるかを懇々と説明すると、ようやく腑に落ちたのか不規則な生活がかなり改善されたらしく、ジーナはフレッドから感謝されたほどだ。
「ごめんね。昨晩はどうしても後回しに出来ないことがあったんだ」
その言い回しで研究ではなく、王族としての仕事なのだと察した。これが研究に関することであればローレンツは雄弁に語り、ジーナに意見を求めてくるからだ。
そんなことに気づけるぐらいローレンツとは近しい間柄になってしまった。
(ずっと一緒にいられるわけでもないのに、何だかな……)
ローレンツが王族でなければ関わりを持つこともなかったのだが、もう少し身分が低ければ友人のような関係でいられたかもしれない。感傷的になりかけている自分に気づいて、ジーナはポイっとそれを放り捨てる。自分のことよりも今はローレンツの体調が優先だ。
「……それなら仕方ないですね。今日はもうお休みになってはいかがですか?」
「ジーナ嬢が来てくれたからもう大丈夫だよ。……うん、誤魔化しているつもりはないから怒らないで」
ジーナの前では好奇心旺盛な研究者らしい言動が多いが、王族としてのローレンツは穏やかで飄々としている半面、あまり人に弱みを見せない性格なのだと思っている。たとえ体調が悪くても学園の研究室まで足を運ぶのは、ジーナを庇護するためなのだろう。
(ローレンツ様が離れれば私を軽んじる者が出て来るから)
申し訳ないと思うもののローレンツは謝罪する必要などどこにもないのだと微笑むだけだ。だからこそローレンツの体調管理ぐらいはさせて欲しい。
「じゃあ馬車で送るから、帰るまで少しお喋りをしよう」
そう言ったのに馬車の揺れに眠気を誘われたのか、ローレンツはすぐに瞳を閉じてしまった。
この後の予定は分からないが、休める時に休んでいてほしい。
そう思ったジーナはそっと鞄から本を取り出したが、数ページも捲らないうちに左肩に重さを感じた。
そのまま読書を続けようとするものの、じわじわと伝わってくる温もりや微かに聞こえる寝息が気になって集中できない。
顔を横に向ければ端麗な顔が至近距離にあり、寝ているせいかいつもより無防備に見えて、見てはいけないものを見てしまったような感覚に陥ってしまった。
(人前で眠ったり、隙を見せないような人だと思っていたけど……)
少しは信用してくれているのだろうか。
そう思うと嬉しいようなくすぐったいような温かい気持ちが湧いて、ジーナは家に到着するまでローレンツの寝顔を見ていたのだった。
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