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今年の特待生についてヴィルヘルムは僅かに興味を抱いていた。
男爵家が後見しているものの、特に裕福でもない一般家庭で育った平民の少女なのだと言う。知識を得るにはある程度の収入を必要とするし、市井では女児にそれほどの教育を施すことなど滅多にない。

(スカルバ男爵の隠し子なのだろうか……?)

奥方の手前、娘として受け入れることが出来ない代わりに援助をしているのだろうか。そう考えてみたが割に合わないし、何より令嬢として育てるつもりがなければ学園に入学させないだろう。

それならば援助をしたいと思うほど、特筆すべき才能を持った少女なのかもしれない。
単調な日々に少しばかり変わったことがあれば面白いだろう、そんな軽い気持ちだった。

「平民風情が学年一位など取れるはずがないだろう。教師を誑かして不正でも働いたか」

学園内では同じ学生として平等を謳っており、平民蔑視は品のない行為だというのに、毎年こういう人間は後を絶たない。どこの令息かと思えば、スカルバ男爵令息だった。自分の父親が後見人である少女に随分な物言いだと呆れてしまう。

(いや、だからこそ認めたくないのかもしれないな)

自分よりも優秀で父親のお気に入りとなれば、嫉妬してもおかしくはない。随分子供じみてはいるが、暴言を気に留める様子もない酷く冷めた瞳をした少女よりも分かりやすかった。
王子である自分に何の感情も見せずに静かに立ち去った少女は、大人びているという言葉では表現できない、どこか歪ささえ感じるほどだ。

ただの特待生ではなく、ジーナという少女に興味を持った瞬間だった。

ジーナが毎日図書室に通いつめていると知り、顔を出してみるとほんの僅かに眉が寄り嫌そうな顔をされる。
だが読書に没頭する彼女の瞳は活き活きと輝き、時折小さな微笑みさえ浮かべるのだ。子供のような無邪気さは普段とのギャップも相まって目が離せなくなる。立場上好ましくないと思いつつも頻繁に会いに行くようになった。

それから少ししてジーナが不在の日々が続き、避けられているのだと気づいた。
どこかの令嬢たちから注意されたのかもしれない。自分のせいで嫌な思いをさせたのなら一言謝らなければと、違う時間帯に訪れてみればジーナの側にはシストの姿があった。

王子である自分より侯爵令息を選んだのか。
そんな屈辱的な感情が込み上げて二人の側に近づけば、シストが一方的に話しかけ、ジーナは面倒臭そうに短く言葉を返しているだけのようだ。彼もまたジーナにとって特別な存在でないと分かりヴィルヘルムは安堵した。

シストとは特別に仲が良いわけでもなく、顔見知り程度の間柄だが女性嫌いだったと記憶している。
そんなシストがジーナに惹かれたのだと思うと落ち着かず、ヴィルヘルムは謝罪のことなど忘れてジーナとの時間を取るようになった。

思えばそれが運命の分かれ目だったのだ。

それからまたジーナと思うように会えない日々が続き、ヴィルヘルムはジーナを呼び出すことにした。避けるのであればそれなりの理由を示すべきだと考えていたのは、傲慢さに他ならない。

より多くの蔵書を抱える王立図書館に興味が向いたのだと知りほっとしたのも束の間、図書室にも顔を出すよう伝えれば、あっさりと辞退されたことに動揺することになった。
王族からの提案を断ることなどあり得ない。

「いくら素養のない平民とはいえ、不敬が過ぎるのではないでしょうか」

憤懣やるかたない様子の従者を宥めつつ、ヴィルヘルムも同じような苛立ちを感じていた。

(こんなに思い通りにならないことなどこれまでに一度もなかったというのに……)

バルバート王国は現在王位継承権を持つ者は少なく、継承権第二位である歳の近い叔父は政治にはまったく関心がなく研究に没頭するような変わり者だ。
そしてヴィルヘルムには妹しかおらず、唯一の王子として大切に育てられることになる。幸いなことに幼い頃から優秀で、周囲の期待に応えるように完璧な王子として成長したが、何かを得られないという経験をしたことがなかったのだ。

(見くびられているのだろうか……)

王族が平民に軽んじられるなどあってはならないことだ。

好意に傾いていた天秤が反対側に揺らいだのは、そんな考えからだった。
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