上 下
6 / 17

6

しおりを挟む
犯人と決めつけられることはなかったが、生徒会に呼び出されたこともあって根拠のない噂を囁かれるようになり、ジーナはますます周囲から距離を置かれるようになった。それまでも触らぬ神に祟りなしと高位貴族に目を付けられることを恐れて、ジーナに話しかけるような同級生もいなかったので、あまり変化はない。

ちなみにジーナに物置の掃除を言いつけた男爵令嬢は、事件当日から実家の都合により休暇届けが出ていたそうだ。生徒会室でその日いるはずのない令嬢の名前を出したところでジーナがますます不利になるだけだったと知り、危ういところを免れたようだとほっとした。

生徒会がどれだけ内密に調査を進められるのか分からないが、考えても仕方がないことである。目障りなのは分かるが、大人しくしているのだから関わらないで欲しいと願うジーナだったが、そんな願いも空しくジーナを絶望に叩き落とす事件が起きてしまった。


「ジーナ嬢、至急学長室に来るように」

担任教師よりそう声を掛けられて、教室内にざわめきが起こる。授業中での呼び出しにジーナも驚いたが、黙って教師のあとに続く。

「君が図書室の本を破損したという報告があった。心当たりはあるかね?」

(誰が、こんなことを……!!)

テーブルの上に置かれた本は無残な有様だった。重厚感のある堅表紙には刃物で乱暴に切り裂かれた跡が縦横無尽に走っており、中のページも引きちぎられ汚水で汚された形跡があるのが本を開かなくても見て取れる。まるで死骸のように横たわる本に、悲しみで胸が詰まるようだった。

「……私ではありません」

引きつれそうになる喉を振り絞って、否定をするが教師たちの顔は険しいままだ。

「一人ではなく複数の証言がある。学園としても彼らの声を無視できないが、物証がない以上君を犯人と断定するわけにもいかない。当面図書室には入室禁止とする」

王立図書館に通うようになったとはいえ、ジーナは昼休みなどの時間を使って図書室を利用していた。何かと煩雑で気づまりな学園生活の中で、図書室にいる時間はジーナにとって癒しのひとだったのだ。

「ジーナ嬢」

担任教師の声に促されて、ジーナはショックも冷めやらぬままに学長室を出ていく。
その日の授業は一日中頭に入らなかった。特待生なのだからと何度も集中しようとしたが、脳裏にボロボロになった本が浮かび、そのたびに胸が締め付けられた。

たかが本、そう思うものが大半だろうがジーナにとってはどんな本であれ、辛い時も悲しい時も寄り添ってくれる大切な宝物に等しい。


「ああ、悪いけど今日から君は利用禁止だ。学園の蔵書を破損したと報告が入ったからね。ここには稀覯本も多いし、本を粗雑に扱うような人物は利用できないようになっている」

いつもよりも切実な気持ちで王立図書館に行けば、入口の職員からそんな言葉を聞かされた。
がつんと頭を殴られたような衝撃に、ジーナは立っているのが精一杯だ。濡れ衣なのだとここで主張しても、信じてもらえるような証拠も術もない。

昨日まで過ごしていた居心地の良い空間をこんなにあっさりと失ってしまった。
受け入れない現実から未練がましく視線を送っていると、見知った顔が視界に入った。確かに目が合ったはずなのに、シストは視線を逸らすと書架の奥へと消えていく。

(まさか、図書館に報告したのはラトルテ侯爵令息様……?)

職員の咳ばらいにジーナは我に返った。このまま残っていれば警備員に追い出されることになるだろう。ジーナは重い足取りで家へと向かいかけたが、別の方向へと歩みを変えた。


突然の訪問にスカルバ男爵家の執事は眉を上げたが、何も言わずにジーナを応接室へと通してくれた。
幸い帰宅していたスカルバ男爵は時間を取ってくれ、ジーナはこれまでの経緯を説明した。事情がどうあれ、後見人に迷惑を掛ける可能性がある以上報告する義務がある。

「それで、ジーナはどうするつもりだい?」
「学園での立場を覆すのは難しいでしょう。ですが容疑だけは晴らさなければ、スカルバ男爵の名に傷を付けたままになります」
「王立図書館への入場も禁止されたままだろうね」

ジーナが言葉にしなかった本音をあっさり口にして、スカルバ男爵は小さく微笑む。平民のジーナと賭けをしたり、意見を取り入れたりと彼は貴族の中でも随分変わり者なのだと思う。

「ただ疑いを晴らすためには、犯人を挙げなければなりません。仮に男爵家よりも爵位の高い貴族子女が相手であれば、不利益に働く可能性もあります。誰が犯人かにもよりますが、私が動いてもよろしいのでしょうか?」

躊躇う理由はただ一つ、スカルバ男爵への恩を仇で返すことになるかもしれないからだ。

「そこは勿論、調整してもらわなくてはね。ジーナ、君は一人で何でもやろうとするが、この場合は人の助けを借りることも視野に入れたほうがいい。君自身が身分の差を超えることは出来ないけど、君の協力者がその身分を持っていればいいだけの話だ」
「……かしこまりました」

その晩、帰宅するなり部屋に閉じこもったジーナは深夜まで机に向かっていた。これまでの事件やジーナの周辺に起こった出来事など、事細かに書き連ね推論と考察を重ねていく。

そうしているうちにジーナの中に芽生えたのは怒りだった。ショックの多い一日だったが、落ち着いて考えているうちに何とも言えない理不尽さに、大声で叫びたくなるほどの衝動を覚えたのだ。
ノートの最後には容疑者の名前がある。誰が犯人か分からないし確証はないけれど、無関係などあり得ないだろう。

(誰のせいかと言えばあの人たち全員のせいだわ。私の大切なものを奪うなら、絶対に許さないから……)

暗い眼差しで名前を見つめるジーナは彼らへ報復することを誓ったのだった。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

酷い扱いを受けていたと気付いたので黙って家を出たら、家族が大変なことになったみたいです

柚木ゆず
恋愛
 ――わたしは、家族に尽くすために生まれてきた存在――。  子爵家の次女ベネディクトは幼い頃から家族にそう思い込まされていて、父と母と姉の幸せのために身を削る日々を送っていました。  ですがひょんなことからベネディクトは『思い込まれている』と気付き、こんな場所に居てはいけないとコッソリお屋敷を去りました。  それによって、ベネディクトは幸せな人生を歩み始めることになり――反対に3人は、不幸に満ちた人生を歩み始めることとなるのでした。

天才手芸家としての功績を嘘吐きな公爵令嬢に奪われました

サイコちゃん
恋愛
ビルンナ小国には、幸運を運ぶ手芸品を作る<謎の天才手芸家>が存在する。公爵令嬢モニカは自分が天才手芸家だと嘘の申し出をして、ビルンナ国王に認められた。しかし天才手芸家の正体は伯爵ヴィオラだったのだ。 「嘘吐きモニカ様も、それを認める国王陛下も、大嫌いです。私は隣国へ渡り、今度は素性を隠さずに手芸家として活動します。さようなら」 やがてヴィオラは仕事で大成功する。美貌の王子エヴァンから愛され、自作の手芸品には小国が買えるほどの値段が付いた。それを知ったビルンナ国王とモニカは隣国を訪れ、ヴィオラに雑な謝罪と最低最悪なプレゼントをする。その行為が破滅を呼ぶとも知らずに――

【完結】公爵子息は私のことをずっと好いていたようです

果実果音
恋愛
私はしがない伯爵令嬢だけれど、両親同士が仲が良いということもあって、公爵子息であるラディネリアン・コールズ様と婚約関係にある。 幸い、小さい頃から話があったので、意地悪な元婚約者がいるわけでもなく、普通に婚約関係を続けている。それに、ラディネリアン様の両親はどちらも私を可愛がってくださっているし、幸せな方であると思う。 ただ、どうも好かれているということは無さそうだ。 月に数回ある顔合わせの時でさえ、仏頂面だ。 パーティではなんの関係もない令嬢にだって笑顔を作るのに.....。 これでは、結婚した後は別居かしら。 お父様とお母様はとても仲が良くて、憧れていた。もちろん、ラディネリアン様の両親も。 だから、ちょっと、別居になるのは悲しいかな。なんて、私のわがままかしらね。

【完結】巻き戻したのだから何がなんでも幸せになる! 姉弟、母のために頑張ります!

金峯蓮華
恋愛
 愛する人と引き離され、政略結婚で好きでもない人と結婚した。  夫になった男に人としての尊厳を踏みじにられても愛する子供達の為に頑張った。  なのに私は夫に殺された。  神様、こんど生まれ変わったら愛するあの人と結婚させて下さい。  子供達もあの人との子供として生まれてきてほしい。  あの人と結婚できず、幸せになれないのならもう生まれ変わらなくていいわ。  またこんな人生なら生きる意味がないものね。  時間が巻き戻ったブランシュのやり直しの物語。 ブランシュが幸せになるように導くのは娘と息子。  この物語は息子の視点とブランシュの視点が交差します。  おかしなところがあるかもしれませんが、独自の世界の物語なのでおおらかに見守っていただけるとうれしいです。  ご都合主義の緩いお話です。  よろしくお願いします。

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

うちの王族が詰んでると思うので、婚約を解消するか、白い結婚。そうじゃなければ、愛人を認めてくれるかしら?

月白ヤトヒコ
恋愛
「婚約を解消するか、白い結婚。そうじゃなければ、愛人を認めてくれるかしら?」 わたしは、婚約者にそう切り出した。 「どうして、と聞いても?」 「……うちの王族って、詰んでると思うのよねぇ」 わたしは、重い口を開いた。 愛だけでは、どうにもならない問題があるの。お願いだから、わかってちょうだい。 設定はふわっと。

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

私も処刑されたことですし、どうか皆さま地獄へ落ちてくださいね。

火野村志紀
恋愛
あなた方が訪れるその時をお待ちしております。 王宮医官長のエステルは、流行り病の特効薬を第四王子に服用させた。すると王子は高熱で苦しみ出し、エステルを含めた王宮医官たちは罪人として投獄されてしまう。 そしてエステルの婚約者であり大臣の息子のブノワは、エステルを口汚く罵り婚約破棄をすると、王女ナデージュとの婚約を果たす。ブノワにとって、優秀すぎるエステルは以前から邪魔な存在だったのだ。 エステルは貴族や平民からも悪女、魔女と罵られながら処刑された。 それがこの国の終わりの始まりだった。

処理中です...