上 下
56 / 57
第五章 大きな彼。後編

演じてた時が、一番普通だったんだ【彼視点】

しおりを挟む





 なんでそこまで優しくしてくれるのかはわからないがそれでも、あの眼がただ俺だけを俺の姿だけを映してくれているその時間だけが本当に幸せだった。
 俺の勝手で、葉を危険な目に遭わせかけたっていうのに彼奴はそれでも俺の行動を拒絶しない。しないっていう約束を、誓いを守ってくれていて。
 
「君となら、共倒れもいいかもしれないね」
 
 なんて言って笑ったところで俺が泣いてしまった。
 慈しみに溢れる、とろけたような笑顔で俺の手を取ってくれるその優しさが理解できなかった。俺のせいで、ただ傷つくだけじゃない、その命を奪うところだった。
 結局あの時からそう遠くない未来にあいつは倒れて死の宣告を受けることになったわけだが。
 
「俺と死んで、いいことなんてないだろ」

 泣きながら、足を止めてそういえば漣は少し驚いた様子で振り返ってきた。
 だがすぐにも彼女は笑みを浮かべて手を伸ばしてきたので少しだけ屈んでみれば彼女はそのまま涙を拭ってくれた。
 柔らかいのに細い指先が頬を撫でるその感触さえ、心地が良かった。

「君は面白いなぁ。
 僕は君の可愛い番犬だろ?ご主人様のやることに文句は言うもんじゃないぞ~」
 
 あっけらかんと笑った漣は普段と特に変わりのなくて思わず俺が驚いてしまった。いつもと変わらない様子で漣は俺よりちいさいのに、どうしてこうも……、なんて考えたところで漣はまたにっこりと笑顔を貼り付けた。
 
「月花さんは、あれ……どうするつもりだと思う?」

 何を思った質問なのかは解らない。けど、やることは一つだと思う。

「……いつも通り。湖に捨てる、と思う」
 
 足はつかなくなるし。と言いながら涙を自分で拭おうとすれば漣は俺の手を掴んで「目が赤くなっちゃう」と笑った。俺よりも一回り以上も小さいっていうのにしっかりと感じる温もりが、本当に漣が生きていたことを教えてくれた。
 きっと今でも人が死ぬ感触も、人が死んでいく匂いも、あの光景も。全て慣れないし、俺は嫌いだ。
 けど、それでもあいつがそれを望むなら。あいつがそれを俺に頼むのなら俺は躊躇なく命を絶つし、恐怖も感じない。

「そっか。そうだね」

 俺の質問の答えが、欲しかったものかなんて今考えても解らない。
 でも、それ以上何も言わないのは
 
 だってそれが葉の願いだから。
 普通の女子のはずだった。本当に、普通の高校生なのに狂った葉の感性が好きだった。狂っているくせに、普通を演じているあいつが好きだから。
 だから月花さんも竜騎も、他の奴らも漣のそばにいるんだよ。

しおりを挟む

処理中です...