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第五章 大きな彼。後編
一緒なら、死さえも厭わない【彼視点】
しおりを挟む漣に誘われたその日、俺はずっとアイツの隣にいた。
「無理はしなくていいと思うんだ」
そう言われた時、胸を締め付けられて殺されるんじゃないかと錯覚した。だが漣はそんな俺の気持ちはつゆ知らず、ただ本当に心の底から俺を心配してくれていた。
優しいのか無情なのかわからない。それでも、漣の生暖かい其れで濡れた手のひらが頬に触れた時に思わずその小さな手を掴んだ。
俺よりも一回りも小さくて、握れば潰してしまうんじゃないかというその小ささに思わず怖くなった。
漣も、結局は人間だったから。
濡れて、汚れて、穢れても。
でもそれでも優しさを見せてくれる漣は、本当に残酷だったんだと思う。俺の嫌いな世界に俺のことを閉じ込めてしまうのだから。
嫌いだったその匂いのする手のひらをそのまま俺の着ていた服で拭って綺麗にした。俺の服が汚れるのをすごく嫌がる漣を無視して綺麗になった白い手を、両手で掴んだ。
どこかで漣の名前を呼ぶ声が聞こえるけどそれでも俺はその時は……
いや、その時以外も漣を他に行って欲しくなかった。だから俺はその時はあいつを離してやれなかった。
どこにそんな力があったのか。
地面に倒れていた大城春樹が、それを振り上げたのが視界の端に見えた時に、俺は漣となら死んでもいいと思った。
漣も、同じことを考えていたのか。みたことのない穏やかな表情で笑っていた。だから俺はこのままでいいやって思った。
だが、次の瞬間にはあの男は横に飛んでいた。地面を濡らして、息絶えたそれをみながら俺は大城がいたはずの場所に目を向けた。
「……道連れに、するな」
月花さんが立っていた。
まるで仇を見るような眼差しに思わず恐怖が勝ってしまいそうになったが、漣の手の温もりに彼を睨み返した。
「いやだ。俺が連れて行きたかった」
「黙れ。他妈的孩子」
普段寡黙な男が、よく喋ると。
本当にその時はそんなことを考えていたがなんとなく、漣に視線を向けた。
漣はどこかつまらなさそうに倒れていた大城を眺めてからそのまま、その冷たい視線を月花さんに向けた。その顔を見て、俺はハッとした。
やらかした。
冷や汗がぶわりと溢れ出すような、血の気が引く感覚に胃の奥から湧き上がる気持ち悪い感触が込み上がってくる。
「あれ、どうするの」
漣の冷たい声に思わず月花さんでさえ顔を引き攣らせていた。
「葉」
「僕聞いてるんだけど」
「葉、」
「ちゃんと血も処理してね。
ここで殺したなんてバレたら多分一発で見つかる。そっちの処理は君らに任せてるんだから、中途半端なことはしないでね」
名前を呼ばれても、淡々とした。
抑揚の、感情のない冷たい声色のまま会話を続ける漣に背筋が凍りつく。その声のまま、もしも拒絶させられたら。なんて考えれば、翡翠の瞳がこちらを向いた。
「鹹蛋、葉を連れていけ。今すぐ」
少し焦った様子でそう言葉を漏らす月花さんの言葉に思わず頷きかけたが漣が先に立ち上がってしまった。
「勝手なこと言わないでくれる、月花さん。
別に頼んでないだろ。車で帰るからアクセルと片付けして」
月花さんの方を見ることもせずに冷たく言い放つ漣は、優しい顔をしたまま俺の手を掴んでくれていた。
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